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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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123 デビルの降臨

 レムオンの軍が帝国軍と接触したのは、ほぼ正午であった。この日、空は雨が振り出しそうに曇り、肌寒い風が吹いていた。レムオンの眼前には、帝国軍一万五千が立ちはだかっていた。


「確かにあれは双頭の鷲」


 偵察の報告にあったように、敵軍の軍旗はいわゆる「双頭の鷲」である。だとすれば、あの帝国軍の後衛には、皇帝ヴァルナードがいることになる。果たして、このような局地的な戦いに帝国の皇帝ともあろう者が親征してくるだろうか。レムオンはなにやら戦いの中で真実を知るのが楽しみになって来ていた。


「皇帝の軍と戦えるとは、武人のほまれと言うべきですかな」


 右側に控えるアレクセイが、彼には珍しく微笑を浮かべていた。彼はこの後、先頭部隊を率いて帝国軍に突撃することになっている。


「そうだな、私も長いこと軍にいるが、敵の君主が率いる軍とは戦ったことはない。あの旗が事実だとすれば、選りすぐりの精鋭と見るべきだろう」


「強い敵と戦うは武人としての本懐。ぜひそうあって欲しいものです」


 アレクセイは壮絶な笑みを浮かべていた。戦いを前にした武人は精神が高揚し、大言壮語を口にするものだ。彼の言も決して油断しているわけではなく、己の覚悟を示したということだろう。


「さて、それでは私は先頭へと参ります。レムオン様、どうぞお気をつけて。戦いが終わった後、ともに勝利の美酒を味わいましょうぞ」


「美酒か。義理の息子も出来たことだ。レニも酒を飲める歳になったことだし、あの二人と飲むのも良いかもしれんな」


 去りゆくアレクセイの背を見ながら、レムオンはつぶやいた。


 前衛の騎士団が、レムオンの号令を今か今かと待っていた。みな引き絞られた弓のように、戦いを欲していた。シュバルツバルト軍の士気はこれ以上ないほどに高まっていたのである。


 レムオンは過剰な装飾や動作を嫌うため、常にその指令は単純にして明快である。指揮台の上に立ち、静かに腕を突き上げ、そして振り下ろした。


「うぉおおおおおおお!! 進め!」


 対照的に、アレクセイは絶叫ともいうべき雄叫びをあげ、指揮する騎士団に命じた。その命に従い、騎士団がゆっくりと駆け始める。そして次第に速度を上げ、疾走状態に入った。


 前方からも帝国軍の騎士団が土煙を上げて向かってくる。こうして、後に「シュライヒャー領の戦い」と呼ばれる重要な戦いが始まったのである。



「アレクセイ殿の先頭部隊が帝国軍と接触。戦いは我軍が優勢に進んでいます」


「そうか……」


 部下の報告を聞いても、レムオンは表情一つ変えなかった。アレクセイが前線に立つ限り、レムオンは戦いの推移を心配したことはなかった。それが戦場で常勝無敗を誇るレムオン軍の常であった。


 実際に王国軍の前方部隊は帝国軍の前衛を突破し、中軍に突入しようとしていた。指揮台からそれを見ながら、しかしレムオンは引っかかるものを感じていた。皇帝自らが率いてきた軍にしては敵が脆すぎる。まして数においても、王国軍より多いのだ。レムオン軍が精強でアレクセイが優れた戦士だとしても、前衛を抜けるのはもう少し時間がかかるものではないだろうか。


「策略か? だが、そうだとして狙いはなんだ」


 わざと負けるのは良くある計略だが、下手をすれば勢いがついた敵を呼びこむことになり、全軍を崩壊させることになりかねない。皇帝の軍がそのような危険を犯すだろうか。レムオンは迷っていた。


**


「戦いは上手くいっているのだろうな?」


 皇帝ヴァルナードは、横に控える大魔導師ザービアックの方を振り返った。


「問題ありません。当初の計画通りに進んでいます」


「敵軍の将はレムオン=クリストバインだったな。シュバルツバルトの『英雄』か」


 ヴァルナードは簡易的な玉座に片肘をつきながら、前方で繰り広げられる戦いを眺めていた。


「それも今日までのこと。『英雄』は『過去の英雄』になるでしょう」


 ザービアックはまだ見ぬ英雄の顔を思い浮かべながら、嘲笑うかのような表情を浮かべていた。


「ふむ。それで、例の召喚を実践で使うのは初めてか?」


「はっ。しかし十分に訓練を積んでおります。失敗することはあり得ません」


「頼むぞ、我が大魔導師よ」


 ヴァルナードは、全幅の信頼を置くザービアックに一任した。彼はザービアックが計算を狂わせるのを見たことがなかった。今度もきっと作戦を成功させるだろうと、ヴァルナードは確信していた。


「陛下、そろそろ敵の前衛が我が中軍に突入してきています。頃合いかと」


「よい、全てはそなたに一任しているのだ。始めるが良い」


 ザービアックはヴァルナードに恭しく一礼すると、自らの指揮する魔術師部隊のところへと向かっていった。


「準備は出来ているか?」


「はっ、すぐにでも始められるように準備できております」


 部下の報告に満足すると、ザービアックは魔法陣の中心へと立った。その魔法陣を取り囲むように、魔術師たちが五芒星の5つの頂点に列を作って座っている。


「これより、ガスパールの召喚に入る。各員呪文の詠唱態勢をとれ」


 ザザッと一斉にローブの擦れる音がして、部下の魔術師たちが詠唱準備に入ったことが分かる。いずれもザービアックが実力を認めた上級の魔術師たちだ。


 ザービアックは懐から書物を取り出すと、己の目の前に置いた。古びた時代を感じる書物である。この書物は帝国がフリギアを占領していた時に、ルーンカレッジの地下書庫から発見されたものだ。


「ガイス・ハルト・ツヴァイス・シルト…………」


 ザービアックは呪文の詠唱を始めた。ガスパールを召喚する儀式は、通常の魔法の詠唱ではなく、非常に長い詠唱を必要とする。この大陸で5本の指に入る魔術師の彼でも、一人では魔力が足りず儀式を成功させることはできない。そのため、彼は部下の魔術師たちを使って、詠唱に協力させている。呪文に同調させることで、彼らの魔力をも儀式に用いることが出来るのだ。


**


 レムオンは、戦場に異常な変化が起こっていることを感じ取っていた。前線から混乱による怒号が、本陣にまで伝わってきたのである。


「なにごとだ!!」


 レムオンの疑問の声と同時に、部下が駆け寄ってきた。


「も、申し上げます。我軍の前衛と中軍との間に、巨大な魔物が姿を現しました」


「なに? 魔物だと?」


「はっ。その魔物の怪しげな魔法攻撃により、我軍は甚大な被害を被っております!」


 報告を聞くまでもなく、そこには巨大な人型の化物が存在した。身長約7~8m、部下は魔物と呼んだが、人間のように衣服を身に着けている。知性がある存在なのだろう。


「なんだ、あれは……」


 レムオンは呆然とつぶやいた。


「あ、悪魔だぁあああ」


 レムオンと同じ「物」を見て、兵士たちが知識が無いにも関わらず化物を「悪魔」と呼んだ。


「悪魔か。まあ、分からなくもないが」


 レムオンはそれほど魔法に詳しいわけではないが、長く戦場で戦い、それなりの実践的な知識を身につけている。あの化物は召喚魔法で召喚される「デーモン」に雰囲気が似ているが、遥かに巨大な力を持っているようにみえる。


 人は自分が理解できない存在を神か悪魔と考えがちだ。その化物は禍々しいオーラを発しているため、どちらかと言えば悪魔なのかもしれない。「デビル」、それは「神」に対置する存在として人は考えているが、本当にそんなものが存在すると信じているものは少ない。ごく僅かな狂信的な悪魔崇拝者くらいのものだろう。


 あの化物の正体が何であれ、それが扱う魔法が死を撒き散らしていることに変わりわない。そして前衛のアレクセイと中軍の間に割り込んでいるため、シュバルツバルト軍は分断されてしまっている。


 どうにかしなければならないが、化物をこの眼で見た身としては、普通の攻撃が通じるのか甚だ疑問になってくる。


「魔術師隊にあの化物を攻撃させろ。持てる力の全てを使っても構わん」


 命令に応じ、魔術師たちがファイアーボールやライトニングボルトを化物に向けて放つ。だが全く効いているようには見えない。


小揺こゆるぎもしませんな」


「ああ。だが、物理攻撃はさらに効かないらしい」


 魔術師の攻撃とともに、近くにいる戦士たちも攻撃しているが、化物は霊体に近い存在らしく、物理攻撃は効果がない。武器での攻撃なら、魔法の武器でなければ傷つけられないだろう。


「とりあえず、あの化物を倒して前衛のアレクセイ様と合流しなければなりませんな」


「簡単に突破出来たのも敵の策略だったのだろうな。だとすれば、奴も苦労しているはず」


 レムオンの言う通り、アレクセイの方も苦戦を強いられていた。前衛は思ったより容易く突破できたが、中軍に差しかかった時に周囲を包囲されてしまった。こうなると彼も帝国軍の狙いに気づいていた。層が薄いと見られた帝国軍の前衛は、中軍の守備へと回っており、突破して皇帝へとたどり着くのは至難と思われた。


「これはレムオン様と早く合流しなければ……」


「アレクセイ様! 我らと本陣の間に巨大な化け物が!」


 アレクセイは慌てて後ろを振り返った。レムオンが見たのと同じ化物が、彼らの背後を遮っているのが見えた。本軍から魔法のものと思われる火線が走ったが、化物に効果的にダメージを与えているようには見えなかった。


 化物は自分たちは無視して、味方の本軍を集中的に攻撃していた。帝国はシュバルツバルト軍を分断し、明らかにレムオンの命を狙っているのだ。救援に向かわなければならないが、軍を返せば敵の本軍が後ろから襲いかかってくるのは目に見えていた。


「くっ」


「英雄」レムオンは、いまの王国において欠かすことのできない存在なのだ。彼の命に代えても救わなければならない。アレクセイはレムオンの身を案じ、焦燥感にかられていた。

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