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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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122 帝国の進攻

 レント伯クリスティーヌがアルネラ派についた、その噂はすぐに王国中を駆け巡った。ブライスデイル侯は噂を聞いた時一笑に付したが、すぐに真実だと分かり驚愕したものである。


 ルヴィエ派はあまりに有利であったことから、いささか余裕を持ちすぎていたのだ。ブライスデイル侯が多少の不利益と自尊心が傷つくのをかえりみず、クリスティーヌやレムオンに好条件を提示していれば、事態は大きく変わっていたかもしれない。だが、そこがブライスデイル侯の大貴族としての気質による限界なのかもしれない。


 今や両派の戦力差は大きく変わり、わずかながらアルネラ派が優勢になっていた。


 もっとも、ルヴィエ派にとって、幾つかのやむを得ない要因もあった。一つには、国王がいまだ存命で直ぐには戦を始められないことである。いくらルヴィエ派が圧倒的に有利だとしても、国王が生きている間は、本格的な戦いを始めるわけにはいかない。仮にそのようなことをすれば、ルヴィエは不義、不忠の子として支持を失うことになるだろう。


 二つ目は、アルネラ派が予想を越えて、短時間で効果的な手を打ってきたことである。ブライスデイル侯は、アルネラ派のジルフォニアという青年が、これほど政治的なセンスを持っているとは思っていなかったのだ。魔術師としてはともかく、ジルに政治的な経験がなかったことから、それも無理は無いことだろう。誰がこれほどの政治的手腕を発揮すると予想し得たであろうか。


 だが、ルヴィエ派はついになりふり構ってはいられなくなった。王が未だ存命であるにも関わらず、明らかに武器や糧食を買い集め、戦支度を始めたのである。これはアルネラ派に対する一種の示威行動でもあった。


 王位継承争いはついに内乱となる、そんな予感を王国中の人間が持つようになっていった。シュバルツバルト王国の行く先には暗雲が垂れ込めていたのである。


 **


 その日、レムオン=クリストバインは、朝から偵察の報告に接していた。男の態度や表情から、決まりきった形式的な連絡ではなく、緊急の用件であることがすぐに分かった。


「も、申し上げます! 帝国軍が我らの陣地へと向かってきております!」


 レムオンはその言葉を聞いても眉一つ動かさなかった。


「数は?」


「お、およそ1万5千と思われます」


「多いな。これは本格的な進攻か……」


 レムオンの第一方面軍は現在旧シュライヒャー領に駐留している。その数、約1万。帝国は王国軍の1.5倍の兵力を用意してきたことになる。だが、レムオンにとって数はそれほど問題ではなかった。問題はその数からして、帝国が本腰を上げて進攻してきたと考えられることである。


 シュバルツバルト王国が王位継承争いになっているこの時期に、帝国が今まで進攻してこなかったことこそ、むしろおかしなことだったのだ。レムオンは帝国軍の動きに不気味なものを感じていたのである。だが、それもこれで終わる。ついに帝国軍がシュバルツバルトの混乱に乗じて戦いを仕掛けてきたということだろう。


「それで、今どこにいる? 敵の掲げている軍旗は何だ?」


 軍の掲げる軍旗によって、率いる指揮官が誰かを類推することが出来る。例えばシュバルツバルト王国第一方面軍は「黄金の獅子」の軍旗を使用しているが、これは司令官レムオンのクリストバイン家が持つ紋章である。敵はこの軍旗によって、率いる指揮官がレムオンだと知ることができるのだ。


 むろんこれを逆手にとり、「黄金の獅子」の軍旗を掲げつつ、別の人間が軍を率いて司令官をいつわることもできる。だが、古き伝統を尊びそれを誇る帝国の気質や、彼らが自ら進攻してきたことを考えれば、そのような小手先の技をとるとも思えなかった。


「帝国軍はここからおよそ半日の位置まで来ております。敵軍の軍旗は『双頭の鷲』です」


「なにっ!? 確か!?」


 レムオンは思わず椅子から腰を浮かせた。彼が驚いたのは、「双頭の鷲」は帝国の皇帝が使う紋章だからである。つまり、これは帝国軍を皇帝自らが指揮していることを示すのだ。


 だが――


 皇帝が率いる軍にしては1万5千は少なすぎる、そうレムオンは疑問に思った。王国軍の1万よりは多いとしても、完全に勝てると確信出来るほどの戦力差ではない。ましてや王国軍を率いるのは「英雄」のレムオンなのだ。だとすれば、帝国軍の軍旗はやはり自分を騙すための策略なのか。レムオンはしばし考え込まざるを得なかった。


 だが、真実皇帝だとすればこれは絶好の機会である。敵国の君主が最前線までやってくるなど、普通ではあり得ないことだ。皇帝ヴァルナードを討つことが出来れば、帝国は大混乱に陥り、王位継承争いが起こることも期待できる。仮に策略であれば、それはその時に考えれば良いことだ。


「アレクセイっ! 全軍に出陣の支度をするよう告げよ!!」


 レムオンは裂帛れっぱくの気合を込めて、副官のアレクセイに命じた。側に控えていたアレクセイは、電撃に撃たれたような戦慄せんりつに見舞われていた。長くシュライヒャー領を守備していたレムオン軍は、いま決戦のために出陣しようとしていた。

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