表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
121/144

119 聖女たるために

 国王からシュバルツバルトの全国民に向けて、王子ジルフォニアの存在と、ジルがシーリスとの間に生まれた子であることが発表された。世間は新たな王子の誕生に驚いたが、ジルを知るのは宮廷人や軍人の一部だけで、民衆からすれば所詮は馴染みのない人間であった。


 だが、その母親が「聖女」シーリスであったことは衆目を集めた。なにしろ「聖女」は神聖な存在として、長くシュバルツバルトの人々に敬愛され、シーリス自身が神のように崇拝さえされていたからである。


 なかでもイシス教会の関係者は混乱に陥っていた。表面的に神殿内部で慌ただしい様子があったわけではないが、聖職者たちがヒソヒソと立ち話をする光景が至る所で見られた。その異様な空気をシーリスも敏感に感じていた。


 いつもシーリスを取り囲んでいた崇拝者たちの中では動揺は少なかったが、「脱落者」が全く居ないわけではなかった。「聖女」に幻滅し、彼女の元を離れていく者もいたのである。


 イシス教の聖職者は、結婚が禁じられているわけではない。中には妻帯し、子をなす者もいる。だがシーリスの場合は、相手が王とはいえ正妻ではなく、さらにその子を捨てて長い間隠していたことが問題であった。何一つ落ち度などあってはならない「聖女」としては、倫理的に問題のある行動であった。


 シーリス自身、長い間罪の意識にさいなまれていた。ジルを殺せという王の命に背いてのこととはいえ、自分の子どもを神殿の前に捨ててしまったのだ。その行為の背景には、ほんの僅かだが、自分の地位を守りたいという邪念が存在していたことを彼女はよく知っていた。それゆえ、王から彼女の子であることを発表すると言われた時に、反対しなかったのである。


 シーリスは間違いなく敬虔で真面目な聖職者であった。その彼女からすれば、自らの母親としての罪をどうしても許すことができないでいた。そして、バルダニア王国を除く全イシス教団の頂点に立つ最高指導者として、彼女が自らの正しさに揺らぎを生じ、また司祭たちから疑念を持たれるようでは教団自体が動揺することになる。


 彼女はついに最高司祭の地位を辞すことを決意した。イシス教の最高司祭となってわずか三年であったが、それだけに今なら影響は少ないかもしれない。その後は、高司祭のなかから選挙によって新たな最高司祭が選ばれることになるだろう。シーリスは再び高司祭の一人として神殿に仕えることになるのだ。


**


 ジルがシーリスの件を聞いたのは、ちょうど大魔導師ユベールと今後のことについて話している時だった。敬虔な信者でもないジルにはそれほど大きな驚きはなかった。人として、また高い地位にある者として罪の意識を感じるべきだ、下世話な表現でいえば「ざまを見ろ」といった気持ちがあったことは否めない。


「シーリス様も思いきったことをなさりましたな」


 ユベールも口で言うほどに驚いた様子はなかった。


「あなたは母が辞任することを予期されていたのですか?」


「予期というほどではありませんが、私はシーリス様のことを良く存じています。母上のご気性と御立場を考えれば、辞任するのが良いだろうとは思っておりました」


 ジルのモノ問いたげな視線にユベールが答える。


「シーリス様が最高司祭にとどまっておられれば、近いうちに教団内部から『聖女』下ろしの動きがあったはずです。そのような目にあわれなくて実に良かった」


 大魔導師だけあって、ユベールはイシス教団内部のことも熟知しているようだ。教団も結局は人の集まりであり、神ならざる身であるからには、聖職者の間にも政治の世界と同じく嫉妬や出世欲が渦巻いている。「聖女」の存在こそが例外的なのであって、実際の聖職者というのは俗物も多いのである。


「まあシーリス様は最高司祭ではなくなられたとはいえ、大丈夫でしょう。『聖女』の威光はまだまだ強く人々の間に根付いています。これ以上に母上が教団から排除されることはありますまい」


 ユベールはジルの気持ちをおもんぱかってそう言った。シーリスのことが心配だという素振りは一度もしていないが、ユベールはジルの複雑な胸の内を理解していた。


「さて、話しを元に戻しましょう。あなたも王子となられたからには、王国から領地が与えられます。ロゴスからほど近いところに、最近断絶した男爵領がありますので、恐らくそこになるでしょう。ジルフォニア様も、小さいながらもご自分の家臣団を持たれる必要があります。もし人材に当てがないようでしたら、私の方で推薦させていただきますが、いかがですか?」


 領地を持ち高い地位につくからには、領地の経営や身を守るために最低限の家臣団を形成する必要がある。ユベールに言われて少し考えたが、ジルには何人か心当たりがあった。


「差し当たり、私にも当てがありますので自分でやっていくつもりです。後であなたに推薦していただくこともあるかもしれませんが」


「そう出来るのでしたら、それが良いでしょう。家臣には相性もありますし、何より信用出来る者が必要です」


 信用か。信用を問うならやはり学生時代から付き合いのある者が良いだろう、ジルはその者達の顔を思い浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ