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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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117 密談

 婚約の儀に集った人々の中で、何人かの人間にとっては儀式自体は名目的なものであり、その後の協議こそが真に重要なことであった。儀式が終わった後、ジル、アルネラ、ヘルマン伯フランツ、レムオンは別室に集まった。


「レムオン殿、これで貴殿は我々の側についていただけると思って良いのですね?」


 こう切り出したのはフランツである。ジルから伝え聞いた話では、この条件はレムオンが言い出したことである。よもや違えることはないだろう。


「もちろんです。ジルフォニア殿下と婚を通じることが出来て、我らとしてもアルネラ様を支持しやすくなりました。何しろブライスデイル侯と親しい親族もおりますゆえ」


 名門貴族ともなれば、一族の中に多くの支族を抱えている。単にアルネラ派にくみすると言えば、多数派と敵対することになるため反対も出ただろうが、王家と婚姻することが前提であるならクリストバイン家にもメリットがある。レニが産む子は王の血が流れることになるのだ。


「安心しました。レムオン殿が味方になってくれれば、これほど頼もしい存在はおりません」


 アルネラがレムオンに頭を下げた。アルネラは王族であるが、現在はレムオンが政治的、軍事的に決定的な力を持っている


「ですが、まだ十分ではありません。私がアルネラ様についたとしても、まだ6対4くらいでルヴィエ派の方が有利です。やはり鍵はレント伯でしょう」


「そうですな……。ですが我々も再三にわたって説得しているのですが、上手くいっておりません。だが、あなたが我々についたことで、彼女も考えを改めるかもしれません」


 フランツがそうレムオンに答えた。だが、フランツ自身、そう上手くレント伯が味方につくとは思っていなかった。レムオンが味方になったことは確かに大きいが、それでも彼女を引き入れるのには十分でないかもしれない。


「クリスティーヌ殿も自分を最も高く売りつけようと考えているでしょう。成功するかは五分五分というところだと思いますが、さて……」


 レムオンも断言は出来なかった。


「私に一案があります」


 年長者の話を遮らないよう控えていたジルが、遠慮がちにそう提案した。三人の視線がジルの元に集まった。


「うかがおう」


 レムオンが先を促した。自分の見込んだこの青年がどのような提案をするのか、興味があるようだった。


「確かにレント伯を引き入れるには、現状まだ十分でないかもしれません。そこで、もう一人、この継承争いで鍵を握る人物を先に誘ってはどうでしょうか?」


「それは……ルヴィエ派を切り崩すということかな?」


 フランツはすでにそれに取り掛かっているが、はかばかしい成果を上げることは出来ていない。ジルの提案がそのことであれば、無理だぞと言いたげである。


「いえ、ユリウス殿下のことです」


 名前を聞いた瞬間、フランツの眉が釣り上がった。ユリウスは継承争いをしている当人ではないか、そう言いたいのかもしれない。


「なるほど……。ユリウス殿下は確かに継承争いの当人だが、すでに負けが確定しているようなもの。上手くすればアルネラ様の支持にまわるというのだな?」


 さすがにレムオンはジルの言いたいことを瞬時に理解していた。


「だが、ユリウス殿下についているアルトワ侯は偏屈で知られる変わり者だぞ」


 高位の貴族でありながらその価値観とは縁遠い生き方をするアルトワ侯は、宮廷の内部では変わり者として有名だった。最も貴族らしい貴族の一人であるフランツには理解できない存在であった。


「この間ユリウス殿下に挨拶に行ったのですが、その時お二人に会い親しく話す機会を得ました。確かにユリウス殿下は王に向かない方ですが、一種の天才だとお見受けしました。御自身の関心のあること以外は、まるで興味がなく何もする気がないような方なのです。それゆえ王位を継ぐことにも全く関心がないようです。恐らく支持する貴族や家臣の手前、この王位継承争いに加わらざるをえないのでしょう」


「天才? 何に才があるというのだ?」


 フランツが疑うような目線でジルを見つめた。ユリウスは自室に引きこもってばかりで、滅多に表に出てくることがない。それゆえ家臣や貴族たちもユリウスの為人ひととなりが分からず、忠誠心を持ちづらかったのだ。それがユリウスを王位継承争いで敗者にした要因の一つである。


「ユリウス殿下は新たな兵器の開発に熱を入れておられます。『火砲』というこれまでには全く無かった兵器で、もしこれが実用化されれば、戦いの在り方が大きく変わるような画期的なものです」


「ほう、それはどういう兵器なのかな?」


 軍人だけに、レムオンは新兵器と聞いて「火砲」に興味を持ったようだ。


「火薬という薬品で爆発を起こし、巨大な鉄の玉を飛ばすものです。投石器よりも遠くから城壁を攻撃することが可能になります」


「それが本当なら我が国の軍事力を大きく飛躍させるものだ」


「レムオン殿! 殿下も、いまはユリウス殿を味方に入れる方法について話しているのであって、その『火砲』とやらの話をしているのではないですぞ」


 一人会話に取り残された感のあるフランツが二人をたしなめた。ジルは苦笑しつつ、先を続けた。


「その時アルトワ侯とも話しましたが、私が受けた印象では、侯はユリウス殿下の御気性を承知の上で、なおユリウス殿下を支持しておられます。しかし、それは必ずしも王位を継がせるということではなく、ユリウス殿下が無事に生きていけるよう見守るというスタンスであるように思います。侯もユリウス殿下に勝ち目がないことは重々ご承知のはず。ゆえに重要なのはユリウス殿下が積極的に関心を持つような条件を提示すること、そしてアルトワ侯が納得するように殿下の身分を保証することです」


 アルネラ、フランツ、レムオンの三人は黙ってジルの言うことを聞いていた。三人はアルトワ侯があくまでユリウスの王位継承を願っているものと思っていたらしい。それだけにジルの説をにわかには信じられないようだった。


「ジル、それであなたが考える条件とはどのようなものなのですか?」


 三人を代表してアルネラがたずねた。最終的には、形式的にせよアルネラが承認しなければならない条件である。無関心ではいられない。


「ユリウス殿下とアルトワ侯をはじめとする貴族らがアルネラ様の王位継承を支持する代わりとして、第一にアルネラ様は王位についた後、ユリウス殿下の王族としての身分を生涯にわたって保証し、十分な生活ができるよう保証する。またユリウス派の貴族たちに対しても、一時的にアルネラ様に敵対したことを不問とすること」


 フランツとレムオンがうなづいた。味方として引き入れる以上、害を与えるわけにはいかない。ユリウスの身分と生活を保証することで、アルトワ侯も安心するだろう。


「第二に、ユリウス殿下は自身の研究に没頭する自由を認め、『火砲』が実用化されたあかつきには、『火砲隊』の隊長に任命すること」


 フランツとレムオンが驚愕の表情を浮かべた。あの変人のユリウス王子を戦場に出させるというのか? そう思い、喜劇的な想像図を思い浮かべたのである。


「戦場に出るなど、ユリウス殿下自身が望むわけがないだろう」


 フランツが信じられないという口調で否定した。確かに普通ならそう考えるだろう。だが、ジルにはある確信があった。


「ユリウス殿下は、必ず自分が開発した『火砲』が実際に使われるところをご覧になりたいと思うはずです。それが殿下のようなご気性の方にあり得べき特徴かと思います。したがってこれは殿下にとって非常に魅力的な条件になるかと思います」


 フランツやレムオンはジルの言うことが信じられない様子であった。とくにフランツは反対の意見を並べ立ててみせた。


「お二人とも、よろしいではないですか。仮にユリウス兄様が断ればそれはその時のこと、別の方策を考えるまでです。我々には何の痛手もないのですから。差し当たりジルの好きなようにさせてはどうでしょう?」


 アルネラがそう助け舟を出した。恐らく彼女自身自分の言うことを信じているわけではなく、献身的に仕えてくれるジルに心情的に味方したかったのだろう。


 結局はアルネラの意見が通り、その条件でジルがユリウス、アルトワ侯と交渉することに決まった。これはユリウスをはじめ、多くの人間の命運を決する重要な交渉になる、ジルはそう心を引き締めた。

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