111 王子ジルフォニア
王の述懐が終わった後、しばらく場を沈黙が支配していた。その沈黙はジルによって破られた。
「お話は分かりました。なぜ私が捨てられなければならなかったのかも。正直なところいまは頭が混乱していて父上、母上に何を言ったら良いか分かりません。とりあえず、私はこれからどうなるのでしょうか?」
王もシーリスもユベールも、ジルの心情に理解を示す。今までの自分の人生の根底が覆させるような事実が明かされたばかりなのだ、すぐに適応できないのは無理も無いだろう。
「殿下、あなたが王の御子であることを国中に発表します。殿下は王族として遇されます。ですが、正妃の御子ではないため残念ながら王位継承権はございません」
正妻の子以外の妾腹の子などは「庶子」、「落とし子」と呼ばれ、差別的な待遇を受けることが多い。社会的に卑しまれ、身分的に上昇することが難しく、母子ともに苦労するのが通常である。ただジルの場合は、王の子であり、イシス教の最高司祭の子であるため、いささか事情は異なってくる。公的に身分を保証してやらねば、それぞれの名に傷がつくことになるだろう。
「それと現在殿下は第二方面軍の上級魔術師をされておられますが、王族たる方を前線の、しかも司令官の部下として配属しておくわけにはいきません。その任を解消し、新たにあなたを魔導師に任じ、王宮に常駐していただきます」
王やユベールはジルの身分をどうするか苦心したようであった。前線の軍において、上級魔術師は決して低い身分ではないが、アムネシアの部下であることには変わりはない。王族が家臣の部下になるのは具合が悪いのである。
魔導師であれば、国政に参加することから基本的に王宮に務めることになり、王やユベールの目の届くところに置くことができるというわけである。
「あなたはフリギア解放において大きな武勲をたてられています。今また王子であることが明らかになった上は、さして過分な人事とは言えますまい」
正直なところ、このような形で昇進するのはジルの本意ではなかった。だが、もはやアムネシアに仕えることが難しいというのは理屈として分かるだけに受け入れないわけにはいかなかった。
いままで自分が築いてきた人間関係が今大きく変わろうとしている。友や同僚、上司はそれぞれどんな反応をするのだろうか。
ジルは王の子として認められることを決して喜んではいなかった。
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ジルはけじめをつけるためにも、アルネラの居室に向かっていた。ジルにとってアルネラは雲の上にいる存在でありながら「友達」であり、王として推戴しようとする尊敬すべき王位継承者であった。
しかし、その実腹違いの姉でもあったのだ。正直なところ、アルネラに対してどのような顔をして会えば良いのか分からないでいた。そして分からないまま、アルネラの部屋の前まで来てしまったのである。
「ジル! 大変でしたね……」
アルネラは部屋に入ってきたジルを目にするなり、その体を強く抱きしめた。
「アルネラ様……」
「今は多くを語る必要はありません。私を含め、王宮の主だった者にはすでに知らされています」
ジルは自分の目から熱いものが流れているのを感じていた。気持ちの整理がつかないまま、アルネラのもとまで来て、意外にも暖かく迎えてもらったのである。
本来アルネラはジルに対して負の感情を抱いてもおかしくはない。ジルは、王が自分の母親以外の女に生ませた子どもだからである。もちろんシーリスは王妃と寵を争ってなどいないが、腹違いの兄弟に対しては肉親の情を持つのは難しいものだろう。
アルネラに抱きしめられたまま、どれくらいの時間が流れただろうか。ジルは長く感じていたが、実際のところは5分ほどであったろう。二人とも気持ちが落ち着いたところで、ジルの方からアルネラを引き離した。
「これからは姉上とお呼びしないといけませんね」
ジルの言葉にアルネラは華やかなほほ笑みを返した。
「そうですね! 私にとっては『友達』であったジルが一層近い存在になってくれました。こんなに嬉しいことはありません」
なんと前向きな考え方をする人なのだろうかと、ジルはアルネラの顔を思わず見返した。アルネラの良さはその天性の善性であり、闇を照らすような明るさである。もちろん王宮で政治をとる以上それだけでは駄目だが、裏の汚い部分は他の者が引き受ければ良いのだ。
もし他に適任者がいなければ、及ばずながら自分がその任につこう、この時ジルは初めてそう決意した。いままではただの上級魔術師という身分であったが、これからは王子にして魔導師である。十分にアルネラを支える力になることが出来るだろう。
「今ちょうどヘルマン伯やゼノビアを呼びにいっているところです。ともに今後の事について話しましょう」
ジルとしても否やは無かった。早く今後の自分の立ち位置を定めておきたかったのである。




