109 出生の秘密
「私にはそれについて良い案がある。私、レムオン=クリストバインをアルネラ派に引き入れることだ。そうすれば、後はクリスティーヌ殿が加わればルヴィエ派に勝てる算段も湧いてこよう」
ジルはレムオンが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
「な、なにを仰っておられるのですか? それは伯が我らの味方になってくださるということでしょうか?」
「ある条件を満たせばな」
意外過ぎるレムオンの言葉であった。こんなにも容易くレムオンを説得できるとは思っていなかった。
だが――
「条件とは何でしょう?」
「条件」というのが気になった。レムオンが味方となってくれる代わりの条件だ。並大抵のものではないかもしれない。
「……」
「レムオン様?」
ジルの呼びかけにレムオンは微かに笑みを浮かべた。
「君が、我が娘レニを妻とすることだ」
「レニを!? 私がですか!?」
なぜいまレニと自分の話が出てくるのか。レムオンの話は一々突飛すぎて、理解が追いついていない。
「私、レムオン=クリストバインをアルネラ派に加えたければ、レニを妻に迎えたまえ。それが条件だ」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。ジルはレムオンの真意を疑った。
「なぜ伯は私のような者とレニを結婚させたいとお望みなのですか? 以前は私が出世しない限り、結婚させぬと仰ったはず」
ジルがルーンカレッジの学生だった頃、レニの故郷へ遊びに行ったことがあった。その時、レムオンと初めて会うことになったのだが、レニと結婚したいならば少なくとも魔導師クラスになるように言われたのだ。
「そして私は、その時こうも言ったはずだ。君の出生の秘密を調べておこうと」
「それがいま一体何の関係が!?」
レムオンは突然立ち上がると、ジルの前に片膝をついた。
ジルはレムオンの突然の行動にあっけにとられていた。
「ジル。いえ、ジルフォニア殿下。あなたはシュバルツバルト王家の血を引いておられる」
「!?」
「あなたの本当の父親は、ギョーム6世陛下。あなたはこの国の王子なのです」
ジルは呆然としていた。レムオンの語った事実は、ジルにとって全く現実感のない言葉だった。自分が王子? 父が国王?
「いったい何を……」
レムオンは元の表情に戻り、説明を始めた。
「あれから私は君の出生について調べたのだ。腹心の部下を使ってな。君から聞いた情報に基き、義父ロデリック=アンブローズが君を神殿の前で拾った日、その赤子を捨てたのが誰なのか。最初にそれを調べた。なにしろ10年以上前の話だ、目撃者などそうは見つからない。かなり苦労したよ」
「……」
「そして見つけた。真相もな。あの日、君を神殿の前に捨てたのは君の母上の侍女だった」
「は、母とは一体誰なのです!?」
「イシス教の最高司祭シーリス殿だ」
「聖女が!?」
ジルは思わず「聖女様」と敬称をつけるのを忘れていた。それほどの衝撃だったのだ。国王が父親で、しかも聖女が母?
いままで宮廷魔術師として、また下級貴族の子として生きてきたのだ。現実感のないことこの上ない。
「ほどなく、王宮から君を迎えに来るだろう」
「なんのために!?」
「もちろん陛下と面会するためだ。あの通り陛下はご病気ゆえ、いつまで話が出来るか分かるまい」
「それは私のことを陛下はすでに知っておられるということですか?」
ジルの疑問にレムオンは笑みを浮かべた。
「君の出生の秘密が明らかになった時、私は陛下に使者を送りその事を告げたのだ。だが、陛下は事の始めから知っておられたのだよ。そう、君が初めて王宮へ行き、陛下と謁見した時から」
「まさか!?」
ジルは王に初めて謁見した時のことを思い出していた。
「もう少し近くに寄るが良い。ここでは諸君らの顔も見えんでな」
「その方、名を何というか? 代表して答えたそちじゃ」
「ふむ。父親は何をしておるか?」
「なに? 我が宮廷に仕えていたのか……。済まぬが覚えておらんわい」
「そうか、そちは我がシュヴァルツヴァルトに縁ある者だったのだな。なにやら見覚えがあったのもそのせいか……」
王はそう言葉をかけてくれた。そしてアルネラを助けた褒美として、仮の宮廷魔術師の地位を授けてくれたのだ。それは自分の子と知ってのことだったのだろうか。
「陛下は大魔導師ユベール殿を通して、アンブローズ家に毎年養育費を下賜していたのだ。自分のお子として、ずっと気にかけておられたのだ。思い出してみたまえ。陛下はいつも君に期待されていたはずだ」
「つまり、父やユベール様も始めから知っていたということですね?」
ジルの口調には怒りがこもっていた。真相が明らかになってくると、自分だけが真相を知らず、周囲の人間がみな秘密にしていたような気になってくる。もちろんそれは誤解で、少なくともレムオンは知らぬことだったのだが。
「それでなぜ私は捨てられたのです!?」
ジルはついに核心をつく質問に至った。いままであまりに理解を越えたことを教えられ、聞くべきことを思いつけなかったのだ。
「それは直接陛下に聞くと良い。私も大体のところは分かるが、当事者の気持ちなどは分からぬからな」
ジルは目眩に襲われ、足元がふらついていた。まさかレムオンの所を訪れて、このようなことが待っているとは思っても居なかったのだ。
「大丈夫ですかな、殿下?」
「殿下はやめてください」
ジルはレムオンの顔を見たが、皮肉を言っているわけではないようだ。
「それで先の話に戻るのだが、私をアルネラ派に引き入れようとするなら、レニをあなたの妻に迎えてもらいたい。庶子とはいえ、王族との結婚なら私も不満はない」
ようやくジルは納得がいった。なぜレムオンは自分とレニを結婚させようとしたのか。ジルは王族であり、しかもお飾りの存在というわけではない。いままで魔術師としてそれなりの実績をあげている。力を持つ王族との通婚は、クリストバイン家としても利がある。レムオンはあくまで現実主義者であったのだ。
「まだ若い二人ゆえ、いまは婚約だけで正式な結婚は先の話で良い。考えておいてくれたまえ」
ジルは別れの挨拶もそこそこに、逃げるようにレムオンの陣所を退出した。目的を果たすことは出来なかったが、いまはそのことを考える余裕はなかった。一人になって考える時間が欲しかったのだ。
ジルと王との初めての出会いのシーンについては、第18話「王への謁見」をご覧ください。




