105 ゼラーの密告
ゼラーは協力の見返りを確認するとついにアルネラ暗殺事件の真相について語り始めた。
「確かに、アルネラ様の暗殺を図ったのはブライスデイル侯の一派だ。侯御自身の意思かどうかは私のような下っ端には分からないが、少なくともリュッシモンはこの計画に積極的に関わっていた」
ジルは、ゼノビアが息を呑む音が聞こえたような気がした。彼女がずっと追っていた真実がいま明かされようとしているのだ。
「男爵にはルヴィエ様と対立するお姫様が邪魔だった。だから何者かによる誘拐事件が起こったのを見て、その者のせいに出来ると考えて暗殺計画を思いついたのだろうな」
舌が乾いたのか、ゼラーはペロリと舌をなめた。この男にとっても、それだけの大事をいま話しているのだ。
「ドラゴンヘッドに暗殺の依頼したのは私だ。どうやって接触したかは秘密だが、私が自分で組織の長に直接依頼した。あの日、詰所を訪れたのは警備の騎士に暗殺の実行者を見逃すよう話を通すためさ」
ゼラーはゼノビアの厳しい表情を見ると、最後に付け加えた。
「その『裏切り者』を君たちがどうするかはそちらの勝手だ。私にはもう関わりのないことだからな」
「分かった。話してくれて感謝する。いまのこの話、王宮で証言できるか?」
「おいおいおい、勘弁してもらいたいものだな。確かに協力は約束したが、自殺同意書にサインした覚えはない。そんなことをすれば、私がどうなるか君たちにも分かるだろう。証言はあくまで非公式のものに限らせてもらおう」
ゼノビアたちはがっかりした表情を見せたが、これは最初からある程度織り込み済みであった。そんな危険なことに協力してくれるほど、ゼラーという男が酔狂だとは始めから思っていない。
「では、非公式に、ある人物の前で証言して欲しい」
「そう何度も話すのはゴメンだぞ。私も危ない橋を渡っているんだ、早く身を隠したい」
ゼラーの言うことももっともである。そう遠くない日に、ゼラーの裏切りがブライスデイル陣営に伝わるだろう。彼にはのんびりとしている余裕はないはずだ。だが、ゼノビアやジルにとってもアムネシアの前で彼に証言させることは非常に重要だった。
「大丈夫だ。その一回だけで構わない。我々にとっては非常に大事なことなのだ」
ゼラーはついに首を縦に振った。ジルは何とか任務を果たすことができたことでホッと息をついた。
ジルたちはゼラーと再会の日時と場所を約して、一度別れることになった。彼は証言をするまでの間、表面上はこれまでと変わらずリュッシモンに仕え、カモフラージュしておかなければならないのだ。
ゼラーは、安堵した様子で去っていく2人の後ろ姿を見つつ、ほくそ笑んでいた。
「予想外に面白い事態になってきた。ザービアック様もさぞお喜びになるだろう」
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神聖グラン帝国の帝都ドルドレイ――
帝国の大魔導師ザービアックは、シュバルツバルトに潜伏させている部下から定期報告書を受け取っていた。書類を一枚づつめくっていき、最後のところで手が止まった。
ザービアックの高弟・魔導師のプイグは、師が珍しく報告書を読んで考え込んでいることを珍しく思った。師はいつもざっと流し読みするだけで全てを把握しているからである。
「何事か変わったことがございましたか?」
弟子の質問にザービアックは報告書をテーブルへ投げ捨て、椅子に腰掛けた。
「シュバルツバルトに潜入している部下から報告があってな、王位継承争いをより長引かせることができるというのだ」
「それは我らにとっては重畳ですが、どのようにして?」
帝国にとっては、シュバルツバルトの王位継承争いは国を立て直す絶好の機会であった。長引けば長引くほど、帝国を有利なものとする。
「ゼラーのもとにアルネラ派から接触があったそうだ。どうやらアルネラ派にも頭の切れる者が居るようだな。アルネラの暗殺騒ぎがルヴィエ派の仕業だと感づいているらしい。その情報をアルネラ派に与えてやれば、ブライスデイル侯が圧倒的に有利な状況を少しは変えることができるだろう」
「なるほど、我らの研究に必要な時間をかせぐことができるのですな」
ザービアックはプイグの言葉に反応を示さなかった。
「デビル(悪魔)ガスパールの召喚の準備はどの程度進んでいる?」
「現在八割というところです、師よ」
弟子の答えにザービアックは満足した。準備が整えばあとは自分の力次第。ザービアックは人類で初めてデビルを使役することになるのだ。彼はそのことに非常な喜びを感じていた。




