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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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102 ヘルマン伯との会見

 王位継承争いにおいて中立派の重要人物には、「英雄」レムオン=クリストバイン、レント伯クリスティーヌ、アムネシア=ヴァロワなどがいた。ジルが見るところ、直接の上司であるアムネシアをアルネラ派に引き入れるのは不可能ではない。彼女がジルを王都に派遣したことからもそれは推し量ることができる。


 問題はレムオンとクリスティーヌであった。この二大重要人物をルヴィエ派、アルネラ派のどちらが引き入れるかで勝負は決まるだろう。しかも二人を引き入れることは、最有力であるルヴィエ派にとっては絶対条件ではないが、アルネラ派にとってはこの戦いに勝利するためのマストな条件である。


 二人を引き入れるためにも、まずはアムネシアをアルネラ派として確実にしておきたいところだが、彼女はまだ踏ん切りをつけることが出来ないようだった。



「最近のアムネシアの様子はどうだ?」

 

 ゼノビアはロゴスの酒場で酒を酌み交わして以来、アムネシアとは会っていない。親友とはいえ、互いの職務上、そう滅多に会えるものではないのだ。


「帝国との戦いが中断されてイライラされているようですね。アムネシア様は政治向きのことがお好きではないので」


 ジルの言葉を聞いてゼノビアは口元をほころばせた。第二方面軍の上級魔術師としてすっかり上手くやっているようで嬉しかったのだ。アムネシアの好みを把握していることからもそれがうかがえる。


「アムネシアの夢は将軍になって国のために戦うことだった。国のなかで権力争いをすることじゃない」


 いまだ付き合いが短いジルにとっては、初めて聞く話だった。そういえばアムネシアやバレスの身の上話など聞いたことがない。二人ともいい大人として、容易く自分の過去を話すような人間ではないのだ。


「しかし、我々としてはせめてアムネシア様を自派に引き入れたいところですよね?」


「それはそうだ。王位の継承では、貴族だけでなく軍の支持も大きな影響力がある。ブライスデイル侯には第三方面軍のサイクス=ノアイユがついている。バランスをとるためにも、アムネシアにはアルネラ様を支持してもらいたいのだが……」


 ゼノビアはそう言いつつ語尾を濁し、顔を曇らせている。


「その顔はすでにアムネシア様を勧誘して失敗したんですね?」


「そうだ、よく分かったな!?」


 今度はジルが顔をほころばせた。すぐに感情が顔に出るゼノビアは、そもそも謀臣などという立場は向いていない。彼女は類まれな武人であり、その実直な人柄から人望がある。アルネラ派の旗振り役として、その優れた資質を活かせば良いのだ。


「御自身で説得に行かれてはどうですか?」


 ゼノビアは少し考えた後に、首を横に降った。


「アムネシアは、ああ見えて真面目なところがあってな。親友という関係を利用して引き入れようとすれば、余計に態度を頑なにしてしまうかもしれん。せめて説得できる有力な材料が見つからない限り、意味が無いだろう」


 なるほど、そうかもしれないとジルは思った。ジルは彼女がアルネラ派に味方する状況について考えてみた。


 1 中立が許されない状況であること

 2 アルネラにも勝つ見込みがあると思わせること

 3 ルヴィエ、あるいはルヴィエ派の失点。


 1について。レムオンにも共通することだが、彼女たちは出来るだけ政治から距離を置きたいと考えている。その彼らが王位継承問題に関わるとすれば、事態が切迫し、もはや中立ではいられないような状況になった時だろう。例えば内乱の勃発や帝国の進攻などが考えられるだろうか。


 2は、ある意味当然だろう。アムネシアとて子爵家の当主として、負ける方に味方して古くから続く名家をつぶすわけにはいかない。貴族は未来へと自家を存続させることに異常な執念を燃やすものだ。必ず勝つとは言わないまでも、せめて勝てる展望を語れなければ難しい。


 3については、アムネシアの武人としての性格に関わるものだ。彼女が宮廷政治を嫌っているのは、それが大なり小なり汚いやり取りを含んでいるからである。もしルヴィエ派が彼女が嫌うような手を使ったことが分かれば、有力な材料になるのではないか。


「さて、何から手をつけたら良いのか……」


 ジルとて宮廷政治の経験があるわけではないが、アルネラやゼノビアに任せていたら勝つことはできないだろう。ここは力不足を承知の上で、自分が何らかの働きをしなければならないと考えていた。


「とりあえず、我々の後ろ盾であるヘルマン伯を交えて話してみよう」


 考えこむジルに、ゼノビアがそう提案してきた。


(ヘルマン伯か……)


 ジルは一度だけヘルマン伯と話をしたことがあった。


 フランツ=ヘルマン伯爵は、アルネラの従兄弟いとこにあたる。アルネラやルヴィエの母、つまり現王妃はヘルマン伯の父の妹にあたる。ギョーム6世は王位継承を争っていた時、先代のヘルマン伯を味方につけるため政略婚姻を結んだのである。


 以来、現王との結びつきを強め、ブライスデイル侯と王が対立した際には、最大の国王派として王を支えてきた。したがって王ですらヘルマン伯にはある程度遠慮しなければならないほど、強い影響力を持っている。


 今回の王位継承問題でヘルマン伯はアルネラへの支持を明確にしていた。それは貴族勢力において対立するブライスデイル侯が、末子ルヴィエを擁立したからである。


 ヘルマン伯フランツは現在32歳、ブライスデイル侯より大分若い。ジルは晩餐会の席で一度話をしたことがあるが、その時の印象はつかみどころのない人物といったところだ。ブライスデイル侯は政治に意欲を燃やす典型的な貴族として分かりやすいが、ヘルマン伯はたたえた笑みの裏で何を考えているのか分からない人物だった。


 ジルはゼノビアに連れられて、王宮に用意されたヘルマン伯の私室を訪ねた。フランツは如何にも大貴族の当主然とした瀟洒しょうしゃな姿で、柔らかな笑みをたたえつつ、2人を部屋に招き入れた。


「やあ、ゼノビア殿。今日はどのような用件かな? おや、君は……」


 どうやらフランツは客がゼノビア一人だと思っていたようだ。


「伯、ご紹介いたします。以前お会いしたことがおありと存じますが、現在第二方面軍の上級魔術師に任じられているジルフォニア=アンブローズです」


 フランツは少しの間考えていたようだが、ようやく思い出したようだった。彼のような大貴族は一日に何人もの人物と会うため、有力貴族でもないジルを思い出せなくても仕方がない。


「おお、あの時の!! アルネラ様の命を救ってくれた勇者どのだな」


「はっ、ご尊顔を拝し光栄の極み」


 礼をとるジルに対し、フランツは親しみを込めてジルを抱き起こした。


「いやいや、そのような礼は不要。このような時に我らをよく訪ねてきてくれたな」


 ゼノビアがジルを伴って来たことで、フランツはおおよそのことを察したようだ。


「ジルフォニア殿、我々に味方してくれると思って良いのかな?」


「はい、及ばずながらアルネラ様には私も崇敬の念を抱いております。私で力になれるのであれば」


「おお、これは目出度い! いまは一人でも味方を増やさねばならぬ時。感謝するぞ!!」


 フランツはよほど嬉しかったのか、上機嫌でワインを3つ用意させた。


「さあ、それではささやかながらアルネラ様を王とする我らの結束を固めよう」


 ここまで喜ばれると、ジルはいまさらアルネラへの支持を引っ込めるわけにもいかなくなる。もちろんそのようなことは毛頭考えていないが、フランツの態度には、自分の退路を断つ狙いがあるのかもしれないとジルは考えていた。

*フランツと出会った晩餐会 第24、25話を御覧ください

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