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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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101 王位継承争いの始まり

第四章の始まりです。また宜しくお付き合いください!

 シュバルツバルト王国の都ロゴス――

 いまジルは王宮へと帰還し、アルネラの私室を訪れていた。


 半月前、シュバルツバルト王国第二方面軍はリングガウの戦いで帝国軍に勝利し、アルスフェルトに進攻する直前で王の不予を知らせる一報に接した。アムネシアはすぐさま全軍をフリギアまで撤退させ、リングガウでの勝利が不意になる形となった。


 この王の不予により、シュバルツバルトの貴族、官僚、軍人は、いずれも多かれ少なかれこの王位継承争いに巻き込まれていくことになった。


 総司令官であり、子爵家の当主でもあるアムネシアは、態度を決めかねていた。長男ユリウス(23)、長女アルネラ(19)、次男ルヴィエ(14)のなかで、心情的には同じ女性であるアルネラにやや好意を持っているが、正直なところ政争には巻き込まれたくなかったのだ。


 彼女は一流の将軍であったが、政治には徒労感を覚えている。もちろん将軍として都市の統治を任されることはあるが、宮廷での政治は苦手にしていた。彼女は自らの頭脳を軍事にこそ使いたい。そのため出来ることなら、中立を守りたいのである。


 帝国の襲撃に備えるため、アムネシアはフリギアから動くことは出来ない。だが、放っておけば王都の政治によって自らの立場が危うくなることもある。そのためアムネシアはジルを情報収集のため王都へと派遣した。


 彼女がアルネラと親しいジルを選んだのは、中立を守れない場合はアルネラを支持する心づもりがあったからであろう。


 国王ギョーム6世が病に倒れてから約半月、病状はほとんど変わってなかった。すぐに亡くなるということはなかったが、容態が改善する兆候も見られなかった。その後に展開された貴族たちによる王位継承争いに、アルネラは心ならずも巻き込まれていった。


 問題の大半に責任があるのはギョーム6世である。彼の王としての評価は、これまで可もなく不可もなくというところだった。王位継承争いに勝利し、王に戴冠した際、その能力の片鱗を見せたのが最初にして最後。王に即位して以降は、取り立てて大きな失敗はなかったが、貴族政治に翻弄されがちだった。


 ギョーム6世は次代の王位継承についてもずっと煮え切らない態度を示し続けていた。一応長子のユリウスに譲る意思がうかがえたが、貴族たちの心は既にユリウスにはなく、そのため強く推すことも出来なかった。ゆえに、長年王位継承問題は棚上げされ、王国の喉に突き刺さった骨としてくすぶり続けていたのである。


「ジル、よく来てくれました。あなたが駆けつけてくれて心強いわ」


 久しぶりに会ったアルネラの顔は、大分やつれているように見えた。


「王女殿下、おひさしぶりにございます。陛下の病について、さぞかしご心痛のこととお察し申し上げます」


「ありがとう、ジル。父のこともありますが、私はその後のお兄さまや弟とのいさかいの方が辛いのです」


 ギョーム6世はすでに高齢、アルネラはいずれはこのような事があると覚悟もしていた。だが、兄弟との王位継承争いは予想以上に彼女を苦しめたのである。


 人の良いアルネラは、兄弟との仲は必ずしも悪くなかった。長男のユリウスはアルネラに対して通常の兄としての情は持ってくれていたし、王族としては珍しいことに、ルヴィエは幼い頃から彼女によくなついていた。小さな弟は、アルネラにとって王宮の中で安らぎを与えてくれる存在でもあったのだ。


 だが、王位継承問題は国中の貴族を巻き込む問題となり、すでに当人同士の意思や思惑とは異なるところで進んでいた。


 王位の継承は実質的にアルネラとルヴィエの争いとなっており、彼女は二番手であった。最有力であるルヴィエの後ろには、国内最大派閥の長ブライスデイル侯がおり、第三方面軍のサイクス=ノアイユもこれに属していた。


 ブライスデイル侯の孫娘エリーゼは、すでにルヴィエの妻となることが内々で決まっている。ブライスデイル侯としては外戚がいせきとして権力を振るうために、婿のルヴィエを強く支持しているのだ。そして彼が支持すれば、彼が押さえている大貴族たちも自動的にルヴィエを支持することになる。


 しかしルヴィエにも泣き所はある。まず兄弟順が一番下だということである。シュバルツバルトでも、王位の継承はできるだけ長幼の序を考慮する方が良いと考えられている。まだ14才のルヴィエは国王に相応しくないと考える者もいるだろう。


 そしてもう一つは、ブライスデイル侯には敵も多いということである。反ブライスデイル派の貴族たちが結集すれば、侮れない勢力になるかもしれない。


 一方、アルネラには叔父のヘルマン伯や国王派の貴族がついているが、数や力の面でルヴィエ派には遠く及ばない。そして統制のとれた「ブライスデイル派」に比べ、国王派はまとまりが弱い。また、過去に女王がいないわけではないが、やはり女子であるということが最大の弱みであり、国王派の中にもそれを懸念する者は多い。


 以上の点から、アルネラ派は不利な状況に置かれていると言って良いだろう。


「ルヴィエ様とは最近お会いになっていらっしゃますか?」


 ジルはアルネラの心情が痛いほど分かっていた。彼女はかつて兄弟に対する親愛の情を語ったことがあるのだ。


「この王宮の中ですから、会うことは会えるのですが、ほとんど話をすることが出来ません。いつも弟の周りには貴族たちがいますから」


 王が倒れて以来、ルヴィエの周囲には護衛も兼ねて常にブライスデイル侯に連なる貴族たちが取り囲んでいた。彼らはアルネラを敵視し、容易に近づけない雰囲気を漂わせていた。もっともそれは多かれ少なかれアルネラ自身にも言えることであった。こうして当人たちの意思とは無関係に、兄弟との関係が悪化していくことになる。


「残念ながら王位継承問題が終わらない限り、状況が変わることはないでしょう」


 側に控えていたゼノビアが話に加わった。彼女も実はいま難しい立場に置かれている。幼き時からアルネラを護衛していた彼女は、誰が見てもアルネラ派であったが、近衛騎士団は王室を守る職務ゆえ、特定の人間に肩入れするのは控えるべきではないか、そう批判されかねない地位にある。


 その場合、ゼノビアは現在の職を辞し、アルネラの私臣として彼女を支える気でいる。それが長年彼女の成長を見守ってきたゼノビアの矜持きょうじであった。


「この王都にいる間は、私も出来るだけアルネラ様の側にいるようにしますので、あまりお気を落とされないさいますよう」


「ありがとう、ジル。あなたが来てくれただけでも、今までとは大違いです」


 ゼノビアはアルネラの笑顔を久しぶりに見たような気がした。たとえそれが作り笑いであったとしても。



 アルネラの前を辞したジルは、場所を変えてゼノビアと話をしていた。王宮での近況を聞くためである。


「アルネラ様がおっしゃられていたが、ジル、お前が来てくれて本当に良かったよ。近頃のアルネラ様は本当に沈んでおられて、正直見ているのが辛いほどだった。アルネラ様のために力を貸してくれるか?」


「私でお役に立てるのでしたら、いくらでも」


 ゼノビアと話をするのも随分久しぶりであった。前線で戦いに身をおいていたジルは、アルネラやゼノビアと再会してなにやら懐かしい気持ちになっていた。彼女たちと初めて出会ったのも、そう遠い昔ではないはずなのだが。


 一方ゼノビアにとっても、ジルが来たことで心強い味方を得る思いであった。アルネラの側にいて、公私から彼女を支えることが出来る者は少ない。所詮アルネラに味方をしている貴族たちは、政治的な打算から一時的に彼女についているに過ぎないのだ。


 だか、それでも彼らを排除するようなことは出来ない。いや、それどころか王位継承争いに勝つためには、そのような取り巻きの貴族たちをいかに増やすかが勝利の鍵となるはずだった。


 正直なところ、ゼノビアは必ずしもアルネラが王位を継がなければならないとは思っているわけではない。アルネラが継ぎたくないといえば、それに反対はしないつもりであった。


 だが、誰が王に相応しいかと言えば、アルネラこそが王に相応しいとも確信していた。ルヴィエも才能や人格的に悪くはないが、彼が王となれば現在よりも一層ブライスデイル侯など貴族の専横を許すことになり、傀儡の王となるのは目に見えていた。それは彼女が理想とする王国の姿ではなかった。


「それで状況はどうですか?」


 ジルに質問されてゼノビアは現実に引き戻された。


「やはり支持する貴族が足りない。ブライスデイル侯は国内最大派閥、奴がルヴィエ殿下を支持するだけでそれに従う貴族は多い。現在のところ、ルヴィエ派の4に対して、我々は2程度だろうな」


「なるほど、4対2ですか。すると他の4は?」


「ユリウス殿下が1、中立派が3といったところだ。いまだ態度を決めかねている中立派をいかに味方に引き入れるかが鍵だ。もっともブライスデイル侯の方でもそう考えているだろうが」


 ゼノビアの説明でジルはおおよその現状を理解した。現在中立を守っている貴族たちを味方にしなければ、ルヴィエ派に対抗しようがない。その中立派にジルは何人か心当たりがあった。

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