100 転機
リングガウの戦いは、数は少なくともシュバルツバルト軍が優勢に進めていた。その要因はバレス率いるアタナトイの力、そして両国の魔術師隊の力の差にあった。もちろんアムネシアの指揮の影響も大きい。
すでに王国と帝国の兵数は逆転し、しかもその差は拡大しつつあった。前線ではアタナトイが敵の前衛を突破し、帝国軍を切り裂くように突破しつつあった。
バレスも死戦の中を彷徨っていた。斬り殺した敵の数は20まで数えていたが、それ以上は面倒で数えるのを止めた。数多くの死体を乗り越え、今ようやく敵の厚い前線を突破し、司令官のいる中軍にたどり着こうとしていた。
「敵の大将はどこにいる!? お前ら、雑魚に構うな。大将のヴァルター・ボルフルムを探せ。奴は公爵、必ずや良い鎧を着ているはずだ!」
バレスは部下に指示を下す。いまだ激戦を繰り広げている中、アタナトイの勇士たちが敵の司令官を求めて散っていく。バレスはさらに自分に打ち掛かる敵の騎士を5人打ち倒した。
「バレスさま!! こちらに敵の大将がおりますぞ!」
「いたか!」
バレスは敵を倒しつつ、現場へと向かう。見れば敵将ヴァルター・ボルフルムは、部下に守られながら敵陣奥へと逃れようとしている。
「その男を逃すな! 奴の首をとれば、我らの勝ちだ!!」
部下がボルフラムの退路を断つ。ここに至って、ボルフラムも無事に退却することを諦め、覚悟を決めてバレスに向き直る
「そなた何者だ? さぞ名のある戦士とみゆるが」
「俺はバレス=サバティエ。シュバルツバルト王国第二方面軍副司令官だ。ボルフルム卿、お命をいただく」
「おお、あの『狂戦士』か。我が敵とするに不足は無いわ!」
ヴァルター・ボルフルム公爵はもとより戦士型の騎士ではなかったが、一戦士としてもなかなかに勇敢だった。「狂戦士」バレスの剣を数度受け止めるなど、そんなことが出来る戦士はなかなかいない。だが、善戦もそこまでである。バレスの剣がボルフラムの右胸に突き刺さった。
「うぐっ」
うめき声をあげるボルフラムを前に、バレスは大剣を振りかぶりボルフラムの頭上に振り下ろした。
鉄のヘルムがひしゃげる音がして、敵将がバレスの前に崩れ落ちた。
「これも戦場の習い、お恨みめさるな」
バレスは死者の冥福を祈った。
「ヴァルター・ボルフルムを討ち取ったぞっ!!」
バレスが自己の勝利を高らかに宣言した。この事実はアムネシアの指示により、迅速に戦場のいたるところに伝えられた。帝国軍の士気は地に落ち、組織的な抵抗は無くなっていく。帝国軍は散り散りになって帝都方面へと逃亡した。
リングガウの戦いはこうしてシュバルツバルト王国第二方面軍の勝利で終わったのである。
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負傷兵の治療、死者や捕虜の収容など戦後処理を終えた後、第二方面軍は再び帝国領の奥深くへ進攻する準備をしていた。
「次はアルスフェルトね」
アムネシアはバレス、リュファス、ジルなどの側近とともに、作戦会議を開いていた。
「我らと足並みを揃えるレムオン殿の方はどうなっていますかな」
帝国領の地図を見ながら、リュファスが疑問を呈した。幸い第二方面軍は勝利することができたが、帝都へ迫るにはレムオン軍が同時に進軍する必要がある。彼らはいま副都リエージュを攻略中のはずだ。
「何か伝令は来ていないか?」
バレスが部下に確認をする。
「はっ、申し上げます! ただいまレムオン様の第一方面軍はリエージュを攻略中にございます。レムオン様の言伝をお伝えします。戦局は我軍有利、いま少しで占領できるものと思う。貴軍は予定にそって行動されたし、とのことです」
「ほぅ、それは重畳。では我らもアルスフェルト攻略に移るとしましょう」
アムネシアが一同に指示を下そうとしたその時――
衛兵が早馬の到着を知らせた。
「早馬だと? レムオン様が勝利したか?」
「王都からです」
「王都から? なにか変事でも起こったのか!?」
使者が彼らのいる天幕へと入ってきた。
「も、申し上げます! 昨日、国王陛下が病にお倒れなさいました」
「なに!?」
一同は声をそろえて驚愕した。
「それでご容態はっ!?」
アムネシアが使者に急かすように質問する。
「医者の見立てでは、病篤く回復は難しいとのことです」
アムネシアたちはしばし呆然と立ち尽くした。
「状況が大きく変わりました。我々は矛を収め、フリギアに撤退せねばなりますまい」
「撤退だと?」
リュファスの言葉にバレスが鋭く反応した。
「ここまで帝国に攻め込み勝利しておいて、撤退すると言われるのか?」
「さよう、敵の態勢が整っていないいまなら、まだそれが可能でしょう」
リュファスは魔導師らしく冷静に現状を分析していた。納得していないバレスに、アムネシアが教え諭す。
「バレス、王が倒れたというのはただ陛下一人の問題ではない。通常なら王子・王女が代わりを務めるところだけど、我が国では王位継承問題が解決していない。王国では貴族たちが争い始めているところだろう。王位の問題の解決なくして、我々はこれ以上前進することは出来ないわ。最悪後ろから味方に撃たれる可能性もあるのだから」
バレスは状況を理解したものの、無念さを滲ませていた。この戦いでは敵将を倒すという一番の手柄を立てているのだ。
「ちっ、しかしこんな時に」
バレスはそう言いかけて、王への不敬に気づき口を閉じる。
「我々だけでなく、レムオン様もいま撤退を考えておいででしょう。帝国軍はまだこの事を知らないはずです。いまなら計略だと思わせて無事に撤退することができましょう」
これまで意見するのを控えていたジルが、遠慮がちにそう提案した。
「やむを得まい。ここはフリギアまで退却するしかないわね」
アムネシア自身残念であったが、判断が遅れれば致命的なことになりかねい。彼女はすぐに頭を切り替え、行動に移すことにした。これから誰に仕えることになるのか、彼女もその選択を迫られることになるだろう。ある意味、戦よりも面倒なことを目前にして彼女の心には暗雲が立ち込めていた。
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「撤退しただと!?」
帝都オルドラスで皇帝ヴァルナードが大声で聞き返した。
「はっ、リングガウで勝利したシュバルツバルト軍は、アルスフェルトを目の前にして、フリギアへ引き返しました」
「なぜだ!? それでは攻め込んだ意味がないではないか」
ヴァルナードは玉座に肘をついて考えこんだ。
「どう思う? ザービアック」
彼は信頼する大魔導師に意見を求めた。
「さよう、本国で何か変事が起こったか、そうでなければアルスフェルトの守備軍をおびき出す計略か」
神ならぬ身では、この時点で国王が倒れ王位継承問題が持ち上がったことなど知る由もなかった。
「我軍も先の敗戦でかなりの損失を出しております。追撃はお控えになった方が宜しいかと」
敵が引いてくれるのなら、それに越したことはない。もし計略であるとすれば、またアルスフェルトに押し寄せてくるだろう。その時対処しても遅くはないはずだ。
「そうだな。それよりこの間の時間をつかって、例の計画の準備を進めるべきだ。分かっているな?」
「現在私のところで取り掛かっているところです。進捗は五分といったところです」
ヴァルナードはザービアックの答えに満足した。彼らの計画が実現すれば、戦の様相は一変するだろう。彼らは強力な武器を手に入れることになるのである。
こうして勝利をおさめつつあったシュバルツバルト軍は、国王の不予によって進攻を止められることになった。彼らは誰のために戦うのか、それを決するために王位継承争いをしなければならなくなったのである。
第三章完
この第100話で第三章は完です。記念すべき100話目で一区切りつけることが出来ました。これからの第四章は「王位継承」編となります。またお時間をいただくことになりますが、これからもよろしくお願いいたします。
また、この作品と同じ世界を共有する「最強の装備は美少女だ!」の連載を始めました。こちらも合わせて読んでいただけると嬉しいです。それではまた第四章でお会いしましょう!




