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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
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099 アムネシアの戦い

 アムネシア=ヴァロワはシュバルツバルトの子爵家に生まれた。ヴァロワ家は、大陸がまだ帝国によって統一されていた頃から残る旧家である。


 父親はいかにも貴族然とした人間で、庭園造りの腕で貴族の間では著名な男だった。母親は伯爵家の三女、貴族として育ちが良く礼儀作法を心得てはいるがそれだけの女であった。要するに武人を輩出するような土壌はとくに無かったのである。


 二人の間には長男のリオンがおり、アムネシアは5歳下の長女として生まれた。両親は当然のことながらリオンを後継者とし、アムネシアは名家の跡取りと結婚させる心づもりだった。


 アムネシアは子爵家を継ぎたいとは思わなかったが、政略結婚で貴族の女として平凡な生き方をしたくはなかった。彼女には小さい頃から憧れていたものがあったのである。


 彼女の部屋の本棚にある一冊の本。タイトルは『将軍リシャール』。リシャールは、シュバルツバルトが帝国から独立する際に活躍した王国の名将である。


 王国の人間なら誰もが知る建国の英雄であり、アムネシアは幼い頃からこの本を読んでわくわくし、興奮し、そして涙を流した。リシャールの最期は決して幸せなものではなく、戦場で討ち取られたのだ。


 彼女はいつしか自分もリシャールのように、将軍となって国を守りたいと願うようになった。いや英雄に、といった方が良いだろうか。彼女は剣術と軍学を学ばせてくれるように両親にねだったが、両親の希望とはかけ離れていたため、なかなか許しを得ることは出来なかった。


 だが、アムネシアが8歳の時、兄のリオンが病気で倒れ、しかもそれが回復の見込みのない難病であることが分かった。リオンは一生ベッドから起き上がれなくなったのである。


 そこで両親はアムネシアに子爵家を継がせることにした。これまでアムネシアが希望してやまなかった剣術と軍学の家庭教師を招き、学ばせることにしたのである。


 アムネシアにとって軍学こそが最も学びたいものであったが、軍で出世するためには個人的武勇も不可欠である。彼女につけられた家庭教師も、まずは剣術に集中するようにアドバイスした。


 10歳になった時、すでに従士の少年と試合をしても負けないほどアムネシアの剣術の腕はあがっていた。彼女の剣術は確かに優れていたが、それは主に技術の面で、やはり剣の軽さは否めなかった。


 彼女は身近な者との試合で負けなかったことから得意になっていたが、このままでは必ずつまづくことを家庭教師は知っていた。そこで父親に勧め、新たに1流の魔術師を家庭教師として招くことにした。彼は王国の元大魔導師、これ以上の家庭教師はいないだろう。魔術師の名はデミトリオス、現ルーンカレッジ学園長である。


 アムネシアはデミトリオスの指導を受け、大きく魔法技術を向上させた。軍に入った後は魔法戦士として活躍し、すぐに部隊長から軍の指揮官へと出世していった。彼女を出世させたのは、個人的武勇よりも優れた戦術・戦略眼であった。彼女の力は地位が上がるほどに発揮され、現在のシュバルツバルトで最も若い方面軍司令官となったのである。


**


 アムネシアは鞘から剣を抜き、指揮台から飛び降りた。そしてジルたちに迫るアルフレートへ向かい一直線に走る。


「アムネシア様? なぜここへ!」


 ジルがアムネシアをとがめる。アルフレートの標的は常に影響力の強い者、彼女が現れればアルフレートは彼女を狙うに違いない。アムネシアが死ねば、シュバルツバルトは負けるのだ。


 アムネシアはジルを無視し、アルフレートの正面に立った。


「そこの戦士! これ以上自由にはさせないわよ」


 そう怒鳴るアムネシアは戦場に咲く花のようで凛々(りり)しかった。


「ほう、その真紅の鎧、見たことがある。王国の将帥アムネシア=バロワか?」

「いかにも。貴様は何者だ? 名乗るがいい」


 アムネシアの答えを聞いて、帝国騎士はうっすらと口元に笑みを浮かべた。


「私はアルフレート=イングラム。疾風のアルフレートと呼ばれることもある。まさか敵の大将自ら俺の前に出てくるとはな。その勇気に免じて、なるべく苦しまずに殺してやろう!」


 自由奔放に走り回っていたアルフレートは初めて構えをとった。アムネシアを難敵とみたのであろう。一方アムネシアは両手で剣を構えながら、小声で呪文を唱えていた。


「ヘイスト!」

 アルフレートの速さに対抗するためには、自分もヘイストを使わざるを得ないと考えたのである。


「その鎧、いかにも重そうだぞ。果たして我と速さを競えるかな?」


 アルフレートはアムネシアに向けて走り寄ると同時に、その銅へ横薙ぎの一撃を放つ。彼女はそれをバックステップで交わしながら、剣を上段に構え、体重を乗せて振り下ろした。


 しかしアルフレートは横に移動し、軽々とそれをかわして逆に側面へと回る。防御の薄い側面からアルフレートは突きを繰り出す。アムネシアは間一髪それをしゃがんでやり過ごした。


 お互いに尋常ではない速さの攻防は、見る者の眼を驚かせた。ジルも思わず戦の手をとめて、見入ってしまう。


 だが全体としてやはりアルフレートが押し気味に勝負をすすめ、アムネシアは受けに回ってしまっている。


「ふふふ、流石はアムネシア=バロワ。戦の指揮だけではなく、剣の方もやるではないか」

 そう言いつつ、アルフレートにはまだ余裕があるようであった。自分が優勢である自覚があるのだろう。


「いくぞ!」

 アルフレートが再び踏み込んできた。彼としてもヘイストがいつまでもかかっているわけではない。効果時間を終わり呪文が消えれば、彼とて速さを維持することは出来ない。


 アムネシアは一歩も動かずにアルフレートを迎え撃つ。


「むっ?」

 彼女が回避にかかると思っていたアルフレートは、意外な感にうたれ、思わず普通の攻撃を放ってしまう。


 キィンンン!!


 2人の立会で初めて剣が重なりあった。その瞬間アムネシアが叫ぶ。


「ディスペル!!」

 あらゆる魔法の力を打ち消す磁場がアルフレートを包み、彼にかかっていたヘイストが解除された。


「なにっ!?」


 アルフレートは予想外のことに驚愕した。彼が指にはめている指輪は強力なマジックアイテムであり、かけられた悪意ある魔法に対して絶対的な抵抗力を与えてくれるものである。それゆえ自分にかけたヘイストを維持しつつ、敵からのスロウなどにはかからない。


 一方、アムネシアの持つ剣はヴァロワ子爵家に古くから伝わる秘宝級の剣である。ヴァロワ家は元を正せば、大陸を統一していた当時の帝国貴族からきている。その時代の当主が皇帝から下賜されたものだと伝わっている。


 剣自体に戦闘能力を向上させるような力はないが、戦士にとって最大の敵である魔法を完全に打ち消す力がある。ただし極めて近い距離でなければ発動できないため使いどころが難しい。アムネシアはアルフレートとわざと剣を交え、ゼロ距離で発動させたのだ。


 ヘイストが打ち消されたアルフレートは、バックステップでアムネシアから距離をとる。彼はすぐにこの場所から逃走するよう頭を切り替えた。


 常に危険な敵地に身をさらしているため、彼はこれまでまず生き残ることを考えてきたのだ。当然だが周囲には、シュバルツバルト軍の戦士が幾重にも自陣への道を塞いでいる。


 アルフレートは巧妙にも敵の兵士をむしろ壁として使い、アムネシアの攻撃から身を守る盾とした。アムネシアは追撃しようとするが、まさか味方ごと斬り倒すこともできない。次第に遠ざかるアルフレートを為すすべなく見守るしかなかった。


「ちっ、逃したか」


 アムネシアは悔しがったが、大した奴だった、と心の中でそうも思った。だがアルフレートは逃がしたものの、これで味方を悩ませていた脅威を排除することができたのだ。安心して戦の指揮をとることが出来るようになったのである。

次話で第三章が終わりになります!

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