関係無いなんて言ってられない
流れ出た鼻血をティッシュを詰めることで防いだ姉は、何事もなかったかのように話を軌道修正してきた。
「あ、でも、私が殺したわけじゃないよ。私が見つけたときにはその老婆はすでに死んでたから」
俺は返り血を近くにあった腐りかけのタオルで拭いてから、大げさに一度ため息をついた。
俺が何も言わないで黙っているのを見て、姉も口を開かずに沈黙を守った。もしかしたら瞑想という名の眠りについたのかもしれないが。
俺は考える。今回の出来事はこのまま放置しておいていいのだろうか?
姉の言い分が正しければ、あくまで思い付きであそこに俺の名前が書かれただけであり、老婆が俺のことを知っていてダイイングメッセージとして書かれたわけでは無いようだ。つまり、警察に俺と老婆の関係がばれることはない、というわけだ。
楽観的な考えだろうか? だが、そもそも俺は老婆を殺してはいないはずである。ゆえに、事故か故意かは分からないが、俺以外に老婆を死に至らしめた何者かが存在するはずだ。警察だって馬鹿ではないだろうし、老婆と一切つながりのない俺を、ダイイングメッセージが残されていたという一事だけで犯人扱いはしてこないだろう。とはいえ、老婆が具体的にいつ亡くなったのかは知っておきたいところだ。
俺は姉にいつ死んだ老婆を見つけたのか聞こうと口を開いた。が、俺よりも先に聞きなれた声が部屋の中を響き渡った。
「なるほどなるほど、お兄ちゃんが悩んでいたのはその話だったのかぁ。まったく水臭いなぁもう。その程度のことだったら私に相談してくれてよかったのに。私はもしお兄ちゃんが殺人鬼だったとしても、見捨てずに最後までついていく覚悟があるんだよ」
突如響き渡った声の主は、姉のベッドの下からぬめりと這い出してきた。
俺はベッドの下から這い出てきた妖怪を、再びベッドの下に封印しようと足で蹴りつける。
残念ながら俺の努力は報われず、妖怪は俺の足蹴りをぬめぬめと躱してベッドの下から完全な生還を果たした。
なぜベッドの下にいたのか俺が聞くよりも早く、妖怪――もとい妹が自分から話しだした。
「ふふ、甘いよお兄ちゃん。お兄ちゃんが何か悩んでるとしたら、その相談相手は絶対にうちの家族の誰か! なにせお兄ちゃんには友達がいないから。そして、わざわざ電話なんて手段を取らないであろうお兄ちゃんのめんどくさがりの性格を考えると、相談相手はお母さんかお姉ちゃんかの二択に絞られる。でもお母さんは心配性。下手に相談をして倒れられたら面倒だと考えるお兄ちゃんに残された相談相手はただ一人! ズバリ、変態お姉ちゃんということになる!」
探偵よろしく姉を指さす。
いい加減頭が痛くなる思いだが、とにかく聞かれてしまったものはしょうがないと、妹に向き直った途端、ビックリ発言が俺に降りかかってきた。
「そういえば、私今朝もお兄ちゃんのあとをつけてたんだけど、お兄ちゃんが見知らぬおばあちゃんを蹴っ飛ばして逃げたシーンなら見たよ。それと、私のほかにもお兄ちゃんと同じ制服を着た人が何人かそのシーンなら見てたと思うよ」
聞きたいことが、疑問がたくさん頭の中に湧いてくる。だが、それらを言葉に出す前に、俺はいい加減腹をくくった。
何も起こらない平穏な日々を送るには、この事件をさっさと解決する必要があるだろうと。