騒ぎのあとに
書記もいなくなったことだし、とりあえず自室に戻ろうと歩き始めると、弟が声をかけてきた。
「兄さん。さっきの話は一体どういうことだったのかな? 老婆の死体の横に兄さんの名前が書いてあったって」
弟の猜疑心に満ちた視線を受け、俺はしどろもどろになりながら答える。
「ああ、それはだな、多分聞こえてたと思うけど姉貴のいたずらであって俺には特に関係ないことであってな」
「でも、兄さん以前俺に変な質問してきたよね。もし兄さんが人殺しだったらどうするか、っていう話」
「よく覚えてるな、そんなこと……」
「印象的な話だったしね、そうそう忘れたりしないよ。それで、兄さんがその話をしたのと、老婆が死んでいたことにはどんなつながりがあるのかな?」
弟の鋭い視線を受け、俺は諦めて小さくため息をついた。
別に隠すような話でもないのだが、弟にこれ以上自分の弱みを見せるのは兄としてのプライドに傷がつく気がする。
とりあえずこの不気味な姉の部屋から出たい俺は、何も言わずに部屋へと戻り始める。
当然のように弟も俺のあとをついてくる。
自室の扉の前に立ちドアを開けようとした途端、俺はふと思い出した。
(今って俺の部屋すっごくやばいことになってるんじゃなかったか)
この状況でさらにあの悲惨な部屋を見せたら弟が何というかしれないと思い、俺はドアを開ける手を制止させる。
そんな俺の様子を不審に思ったのか、弟がいぶかし気に声をかけてくる。
「兄さんどうしたの? なんでドアの前で立ち止まってるの?」
何かいい言い訳はないかと考えていると、俺の隙をついて弟が無理やり扉をあけ放った。
俺は目の前に現れるであろう悲惨な部屋の姿を想像し顔を背ける。おそらく弟からさらなる質問をされるだろうと身構えていたが、
「兄さん何してるの。自分の部屋なんだし入るのに遠慮なんていらないでしょ」
と予想外の声をかけられた。
俺が不思議に思って怖々と部屋の中を覗くと、いつもと変わらぬ殺風景な部屋がそこに存在した。
俺は唖然とした表情で自分の部屋の中に入っていく。
「相変わらず兄さんの部屋は片付いてるね。というか物がほとんどないね。見てると何だかわびしい気持ちになるよ」
隣で弟がそう言っているのを聞きながら、俺は考える。
確実に、ついさっきまで俺の部屋は悲惨としか言えないほど荒れた状態になっていた。それが今では全く元通りに片付いている。姉はずっと俺と同じで隣の部屋にいたわけだから元に戻すのは不可能。弟も妹も学校があったわけだから、あの荒れた部屋をここまで元の姿に戻すのは、やはり不可能。残るは母親唯一人なのだが、
「質問するのは怖いな……。もし違うって言われたら、俺は今度こそ悪魔の存在を……」
「さっきから何をぶつぶつ言ってるの。それより、兄さんが俺に隠してること、洗いざらい話してもらうからね」
俺はそれから夕飯が始まるまでの間、延々と最近俺の身に起こったことを弟に話し続けた。
弟は俺が思っていたほど取り乱す様子もなく、ただ一言「無理はしないでね」というだけで、特に厳しく責めてくるようなことはしなかった。
また、その日の夕飯の席において、俺の部屋を掃除(もとい復元)したかどうかを母に確認することは、結局しなかった。




