妹ときどき魔王
約五時間、ただ立ち尽くして姉と書記の話を聞き過ごす時間は、妹の出現によって終わりを告げた。
俺が口をはさむことも憚られた変人同士の会話に、何ら臆することなく妹は入っていった。
「ねぇお姉ちゃん。お兄ちゃんが半分魂抜けた状態で立ち尽くしてるのはどうしてなの? お兄ちゃんに変な黒魔術かけたりしてないよね?」
さわやかな笑顔を姉に向けながら、どす黒いオーラを出して姉に質問する妹。
姉は一瞬ひるんだかのように体を震わせたが、すぐに体勢を立て直し真顔で言い返す。
「別に何もしてないわよ。ただ少し存在を忘れて語り続けてただけで……」
訂正。やっぱり妹に対して怯えているらしく、話し口調が黒魔術師モードではなく普通の姉モードに戻っている。というか、妹の気迫に気圧されて、最後はほとんど消え入るような声になっていた。
ちなみに書記は、妹が割り込んできた瞬間からピタリと口を閉じ、この部屋の置き人形へと変身している。
何はともあれ、変人二人の議論は妹の出現により無事収まってくれた。
俺が感謝の念を込めて頭を下げようとすると、なぜか妹が濁った目で俺を見つめてきた。
「お兄ちゃん、最近は随分と学校の女の子たちと仲良くしてるよねぇ。ちょっと前までは誰ともほとんど話さなかったのに、一体どうしちゃったのかなぁ? 今日も学校を途中で早退して、女の子を家まで誘うなんて、一体、何を、考えて、いる、の、かな?」
突然妹が片言で喋り始めた。どうしてか全身に鳥肌が立つほど怖い。
妹の妙な気迫に完全に委縮してしまった俺は、黙って下を向いてやり過ごそうとする。
そんな俺の姿を見つめながら、妹は甘ったるい声を出しながら、優しく俺に声をかける。
「もしお兄ちゃんが困ってることがあるんだったら、前にも言ったけど私に相談してね。どんな問題だってきちんと片付けてあげるから。お兄ちゃんが無理して私以外の別の女の子に声をかける必要なんて、何もないんだよ? 私に頼んでさえくれれば、お兄ちゃんが知りたいことは全部調べてあげるんだから」
怖い。とにかく怖い。俺の妹ってこんなに怖かったっだろうか……。
今までもだいぶ変なやつだとは思っていたし、最近はストーカー行動にも磨きがかかっていて、ますますやばくなっているとは思っていたが、まさかここまでとは……。
口答えした瞬間に殺されそうな雰囲気を醸し出している。
俺は一縷の希望を求めて姉を見るが、姉も完全に怯えきっているらしく、ガタガタと震えながら部屋の隅に退避していた。
この状況でも書記ならば平然と対処できるのではないかと思い、今度は書記の方を向く。だが、相変わらず書記は人形のように微動だにせず、無表情のまま部屋の中に突っ立ているだけだ。
ふと、さすがに動きが無さすぎると気付き、よく目を凝らして書記を見てみた。すると、彼女の全身に細いワイヤーのようなものが絡みついているのが確認できた。
どうやらそのワイヤーが彼女の動きを完全に封じているらしい。さらに、首元にまでワイヤーがかかっており、喋らないのではなく喋れない状態になっているようだ。
当然ワイヤーの先端は妹の手に収束している。
ついさっきまで超能力と黒魔術の対談が行われていた姉貴の部屋は、一転して、妹が支配する魔界へと移り変わったのだった。




