右耳から左耳へ
俺は考える。本当に興味のない話というのは、どんなに聞こえていても全く記憶に残らないものであると。
一般的に自分の好きな話や、逆に自分の嫌いな話というのはよく耳に入ってきやすいし、案外後々まで覚えているものである。だが、興味のない話というのは、聞こえていたはずなのに数秒後にはすっかりその内容を忘れていたりする。
人間の防衛本能的なものが働いて、無駄なメモリは早めに削除するようにできているのだろうか。
俺は目の前で繰り広げられる、二人の変人の論戦をぼんやりと聞きながらそんなことを考えていた。
「超能力というと、透視をしたり念力を使ったりテレパシーを送ったりする、あの超能力のことですか?」
「はい。その超能力のことです」
「そうですか。それでこの黒魔術の伝道者たるこの我に、超能力を信じるかどうかを聞いていると」
「ええ」
「ふふ、実に面白い。ズバリ言わせてもらえるならば、超能力は存在すると言えるだろう。ただし誤解してもらっては困るのは、超能力というのは一種の黒魔術であるという点だ」
「超能力が黒魔術の一種ですか。それは興味深いことを言いますね」
「なに、少し考えればわかることだ。超能力でできることのほとんどは、そもそも悪魔が持ち合わせている力そのものではないか! 悪魔は時に我々の頭に対して直接喋りかけ、人を堕落させるように突き動かす。この時使われる力こそ、まさにテレパシーと呼ばれるもの。また、悪魔は我々人が隠していることをいとも簡単に暴く力がある。これはいわば透視の元ともいえる能力。また念力などは、悪魔が起こすポルターガイストを単に言い換えたものである。これらのことからわかるように、超能力とは悪魔が人間に自分の能力の一部を貸し与えたものなのだ」
「では超能力者というものは、皆悪魔と何かしらの契約を交わした者たちということですか?」
「チッチッチ。まだまだトマト君は悪魔についての理解が足りていないようだね。いいかい? 悪魔の行動原理は面白いかどうかただそれだけなのだよ。わざわざ契約なんてことをしなくても、突然ただの一般人に自分の力を分け与えるなんてことはよくある話だ。不意に力を持った人間が一体どんな行動をとるのか、実に面白そうだからね。それにトマト君は超能力について興味があるみたいだから、超能力の再現性の低さについても知っているよね」
「はい。超能力がいわゆる超心理学に分類され、昔から知れ渡ってるにも拘らず科学の仲間入りをできない理由ですね。ある特定の環境下でないと超能力が行えなかったり、同じ環境下であるにもかかわらず、近くで人が見ているという事象が加わっただけで突然超能力が使えなくなったりする現象です。万が一、透視がどんな状況下でも百発百中で当たることができたならば、今超能力がここまでのけ者にされていることもなかったでしょう」
「うん、まさにその通り。超能力はいつでも好きな時に使えるわけじゃない。本人のちょっとした体調の変化や、一見しては何も変わらない周りの気の乱れなどで、簡単に超能力というものは使用不可になったりする。しかしね、これは何も不思議なことじゃあないんだよ」
「悪魔がその都度、彼らから超能力の力を奪っていると」
「ふふふ、まさにその通り。悪魔は人が慌てふためいているさまを見るのが大好きだからね。いざって時には彼らからその力を取り去ってしまうのさ」
「確かに、とても興味深い話ですね。ですが悪魔というものはそこまで暇なものなのでしょうか」
「悪魔からしてみたら人間の一生なんてあっという間さ。彼らは悠久を生きる者たちだからね」
「そうですか。では…………」
二人の話はまだまだ終わる気配がない。姉は持論を思う存分に話せて大変ご満悦のようだし、書記さんも心なしか楽しげな表情を浮かべているように見える。
本来の目的である『老婆の死体の横に俺の名前が書かれていた件』には一切触れられず、妹が家に帰ってくるまでの約五時間、恐ろしいことに二人の論議は続けられた。
家に帰ってきて二人の会話を止めに入ってくれた妹を見たとき、俺は久しぶりに妹の大切さを知った。




