部屋は惨憺たる有様
「ただいま」
書記を連れて家にたどり着いた俺は、そう声をかけるとまずは自分の部屋に向かった。
今の時間帯ならリビングに母がいるだろうが、放置しておけば特に問題はない。
母は極度の心配性だが、同時に物事に対してかなり鈍いという側面も持ち合わせている。下手な話、幽霊がいるアパートに住んでいたとしても、ポルターガイストなどをすべて家の建付けの問題だと考えてスルーしてしまえるぐらいには鈍い。
要するに、昼に本来帰ってくるはずのない俺が帰ってきたとしても、こちらからあえて何も言わなければそういう日なのだと考えて、特にリアクションは取らないということだ。
そんなわけで無事に自室へ帰還。が、自室は残念ながら無事ではなかった。
俺の部屋にあるものすべてが無秩序にまき散らされていた。足の踏み場もない、などというレベルではなく、部屋の中を嵐が吹き抜けたていったと言ってもいいほどひどいことになっている。俺が普段から愛用しているベッドにいたっては、なぜか部屋の中央で片足立ちのような格好で天井に向かって屹立していた。
自分の部屋の荒れように言葉もなく俺がたたずんでいると、これが普段の俺の部屋だと勘違いしたのか、ぼそりと書記が呟いた。
「随分芸術的な部屋に住んでいるのね」
「…………たぶん悪魔がやったんだな」
変人扱いされるのを覚悟しつつ、そう呟き返す。
書記は俺の言葉が聞こえなかったのか、特に何も言わずに魔境(俺の部屋)へと足を踏み入れる。
俺でさえ入るのをためらうような部屋を、一見なにも気にした様子もなく、床に落ちている俺の私物を堂々と踏みつけながら進んでいく。部屋の端っこに転がっていた椅子のもとまでたどり着くと、それを立て直し、ちょこんとその上に座った。
「それで、あなたのお姉さんは今この家にいるのですか?」
この異常としか言えない部屋のありさまに顔色一つ変えることなく、淡々と話を進めだす。
正直俺の方はそれどころではないというのが本音だが、書記に文句を言うわけにもいかず、部屋の外に立ったまましぶしぶ答える。
「ああ。基本年中引き籠ってるから、今日も隣の部屋にいるはずだ」
「そうですか。では少し休憩したらさっそく話を聞きに行きましょう」
この部屋で休憩するの? と俺の心の中では大きく疑問が膨らむ。
黙ってしまった書記に対して、さすがに戸惑いを隠しきれずに問いかける。
「なあ、この部屋を見てもっと何か言うこととないのか? その、普通じゃないだろ、この部屋のあり様」
「悪魔がやったのでしょう。だったらこの程度のこと不思議ではありません」
真顔で堂々と言い切る書記さん。どうやら俺の呟きは聞こえていたらしい。
それに、よくよく考えてみたら、老婆の話に超能力の可能性を示唆してくるほどのスピリチュアルな人物だ。案外こうしたことには慣れているのかもしれない。
その後、俺が部屋の外で立ち尽くし、書記が椅子に座って黙り込んでいるという状況が十分ほど続いたところで、
「そろそろ行きましょうか」
と書記が言い、奇妙な休憩時間は終わりを告げたのだった。




