憧れと好きは違う感情
「よし、話はまとまったようだし早速行こうじゃないか」
俺が書記の提案を呑んだのを見た瞬間、意気揚々と生徒会長が言葉を発した。
俺はげんなりとした表情で生徒会長を見つめる。
「生徒会長様も俺の家に来るつもりなんですか? 悪いですけどそれは絶対ダメです」
俺がそういうと、生徒会長は心底驚いた表情で聞いてくる。
「なぜだ? 書記ちゃんが行くなら僕も行くのが道理というものだろう」
「生徒会長様はご自分の立場を理解していないようですね」
俺は冷めきった口調で雪崩のごとく言い返す。
「いいですか? まず書記さんの提案では、今すぐ俺の家に行くということなんです。つまり、午後からの授業を早退するってことなんですよ。仮にも全校生徒の頂点に立つお方がそんなずる休みをしていいと思ってるんですか? それに俺個人の問題として、全校生徒の憧れであり、文武両道にして清廉潔白、眉目秀麗にして品行方正な生徒会長様を午後の授業をさぼらせて俺の家に招いたなんてことが知られれば、俺が後々どんな目に遭うかくらいわかりますよね? 生徒会長様もご存知の通りあなたには男女問わずにファンクラブがあるほどなんですよ。その人たちが俺に対して今後どんな対応をしてくるか想像がつきますか? そもそも俺は目立つのが非常に嫌いなんです。生徒会長様と一緒にいるというだけでどれだけ目立つことか。少しでも俺のことを思いやってくれる気持ちがあるならば、俺の家に来るなどとは言わずにきちんと授業を受けてください」
「あ、ああ、分かった」
俺の気迫に気おされたのか、少ししょんぼりしながら生徒会長が頷く。言いすぎたなという思いもあるが、全部本当のことであるので、取り消すつもりはない。
うつむき加減でやや怯えるかのようにしていた生徒会長が、小さな声で呟く。
「しかし、君も一つ勘違いしていることがあるな。僕は全校生徒の憧れなんかじゃないさ。僕にそこまでの魅力はない」
頼りなげな声でそう呟く生徒会長を見て、俺はあきれながら言う。
「何を言ってるんですか。この学校にいてあなたのことを憧れていない生徒なんて、例外なくいませんよ」
生徒会長は俺の様子を窺うように、上目づかいで俺のことを見つめてくる。
「……少なくとも、君が僕に対して憧れを抱いているようには見えない」
俺は大きくため息をつくと、ことさらに大きな声を出して言う。
「俺も生徒会長のことを憧れていますよ。でも憧れているからといって、あなたのようになりたいわけでもなければ、あなたのことが好きなわけでもない。自分ができないことをやれる人のことを、自分が持っていないものを持っている人のことを、俺のような凡人は憧れると同時に近寄りがたいと感じてしまうものなんです。生徒会長様が今回俺と話して反省することがあるとすれば、それは今のように気弱になっていることそれ自体です。あなたは俺よりもはるかに優れたお人なんですから、少しのことで弱気になる必要なんてありません」
ふと、何を説教じみたことを言っているんだと、自分で自分のことが嫌になる。
弱者のプライドほど迷惑で厄介なものはないと知っているはずなのに。
俺は気恥ずかしい気持ちを押し隠すようにして、最後に一言投げかける。
「散々偉そうなことを言っておいて何なんですけど、俺が早退するってこと、生徒会長の方から言っておいてくれませんか。その方が先生も納得してくれると思うので」
「ああ……分かった」
なぜかほほを赤く染めながら生徒会長が頷く。
一瞬変なフラグがたったのじゃないかと危惧したが、おそらく気のせいだと自分に言い聞かせ、今度は書記に呼び掛けた。
「それじゃあ、早い方がいいだろうし、さっさと行こうか」
「はい」
相変わらず感情のまったく浮かんでいない書記を連れ添って、俺は生徒会室から出て行った。




