ストーカーは恐ろしい
俺がAさんに対しそう宣言した瞬間、
「ちょーっと待ったーーーーーー!」
突然謎の声が飛んできた。
俺とAさんが驚いて声のしたほうを見ると、黒いサングラスに黒いマスク、黒いニット帽をかぶったいかにも怪しい人物がこちらに向かって歩いてきているところだった。
唖然としている俺とAさんの横に立つと、その怪人はAさんを指さしながらファミレス中に響くような大声で糾弾し始めた。
「お兄ちゃんの弱みを握り、あろうことか絶対服従を迫るなんて羨ましすぎ――じゃなくてなんてひどい女なの! お兄ちゃん親衛隊(総員一名)としてあなたのような害虫は今すぐに駆除を」
「うるさい」
俺は怪人――もとい妹の頭をひっぱたくと、無理やり口を閉じさせた。
妹は涙目になって頭を抱え込みながら、口をとがらせて俺を見つめてくる。
「何するのお兄ちゃん。せっかくお兄ちゃんに寄生しようとした害虫を退治しようとしてたのに」
「TPOを弁えろ。他のお客さんに迷惑だろ」
妹は今更気づいたかのように、周りをきょろきょろと見ました。店中の全員がこちらを見ているのに気づくと、恥ずかしそうに体を縮こまらせて俺の横に座ってきた。
席についた途端、妹はさっきまでの勢いを復活させ、小声ながらもAさんを責め始めた。
「全く、いくらお兄ちゃんがちょろそうだからって脅して言うことを聞かせようとなんて最低の考えだと思わないの? しかもお兄ちゃんが押しに弱いのを分かってて、休日デートに誘うなんて。私だって最近はお兄ちゃんと一緒に遊んでないのに、映画館行ったりショッピングしたりほんと羨ましすぎるよ。あ、そうだ! 最近F市の遊園地に新しいアトラクションができたんだって、今度私と一緒に遊びに」
「話が変わってんだろ」
再び妹の頭をはたき、話を中断させる。
妹が痛そうに頭を抱えているのを尻目に、俺は考える。これはチャンスだと。
Aさんがいまだ事態を飲み込めていないのを確認すると、俺は妹に言った。
「今のタイミングで出てきたってことは、俺たちの話をどこかで盗聴してたんだろ。さっきまでの会話って録音とかしてたか?」
「うん。後でお兄ちゃんが話してるところだけを編集して、寝る前に聞こうと思ってたから」
兄としてはこいつ何考えてんだと頭を悩ませるところだが、今の俺に取っては僥倖。
俺はAさんのほうに向き直ると、やや勝ち誇った笑みを浮かべながら言った。
「アリアさん、今の話聞いてたかな? 俺の妹がたまたま今の話を録音していたらしくてね、アリアさんが俺を脅している証拠が残っちゃったみたいなんだよ。それで、どうするのかな? もしまだ俺を脅そうと思ってるなら、さっきの話が入った録音機を先生に渡そうと思うんだけど。必然的に俺が老婆を蹴った動画も先生に見せることになるだろうけど、まあアリアさんもただでは済まないだろうね。さて、どうする?」
Aさんは唖然とした表情から一転、悔しそうに顔をゆがませると、何も言わずに席を立ってファミレスを出て行った。
俺はその後姿を眺めながら、横に座ったままの妹を見て言った。
「そろそろ注文したものも出てくるだろうし、一緒に食べるか」
「うん!」
満面の笑みで妹はうなずいたのだった。




