望まないことほどよく叶う
Aさんとのデート(?)はそれなりにうまく過ごせていたと思う。
今日のプランは全てAさんが考えたものであり、俺を楽しませるというよりは自分が楽しみたいものをチョイスしていたらしく、Aさんは常にハイテンションで過ごしていた。
俺にとってもそれはありがたく、Aさんが興奮して話しかけてくるのに対し愛想笑いをしながら適当に相槌を打つだけで済んだ。
事態が急転したのは予想通りというべきなのか、夕飯の時間になったころからだ。
Aさんと俺は近くのファミレスに入り、それぞれ食べるものを注文して一息ついていた。
最初は今日の出来事に関して、いろいろと感想を言い合っていたのだが、突然、Aさんは雰囲気を変えて俺に切り出してきた。
「ところで少し話は変わるんだけどさ、この動画見てくれないかな」
「動画?」
Aさんはバッグからスマホを取り出すと、少し操作をしてある動画を見せてきた。
予想はしていたことであるが、それは俺が老婆を蹴り倒して逃げる一部始終が撮影された動画だった。
俺は頭が痛くなるのを抑えながら、できるだけ穏やかな声でAさんに話しかける。
「それを俺に見せるっていうのは、要するに何がしたいの? もしかして脅してるつもり?」
「うふふ、察しがよくて助かるわ」
Aさんは何やらどす黒い笑みを浮かべながら俺を見てくる。
女には二面性がある、と何かの本で読んだ気がするが、まあ随分とすごい変わりようだ。
さっきまで一緒に映画を見たりボーリングをしたりしていたのだが、その時とまるで雰囲気が異なっている。
別に全ての女に二面性があるわけじゃないだろうし、そもそも男にだって二面性がある奴はたくさんいると思うのだが、実物を目の前にするといろいろとショックが激しいものだ。女性不信に陥りそうである。
俺は内心の恐れを隠して、Aさんに笑いかける。
「いやいや、脅すなんてちょっとしたジョークだよね。さっきまで一緒に楽しく遊んでたんだし、突然こんなことを言い出す理由がよく分からないしさ」
「まあそう思いたいならそう思ってくれて構わないわよ。その時はこの動画を学校に提出するだけだから。適当に物語を脚色したうえでね」
もはや完全にさっきまでの仮面を外したAさんを見て、俺は愛想笑いを消し普段の無表情に戻った。
「それで、何がお望みだ?」
「望みねぇ……。そうね、××君には私の言うことに絶対服従の犬になってもらう、っていうのが望みかしら。私、以前から自分の言うことを何でも聞いてくれる奴隷がほしかったのよ。せっかくこんな素敵な動画が取れたから、その願いをかなえさせてもらおうかなあと思って」
「……高々その動画一つで俺が絶対服従なんてすると思うか?」
「さあ、それは分からないわ。でも、今日一緒に行動してて改めて分かったけど、××君って面倒ごとはとにかく嫌うタイプみたいだから、不祥事の発覚なんていう面倒な事態は避けたがるだろうなぁと思って。ふふ、安心して。あなたがこの動画を提出されることで起こる事態より面倒なことを頼むつもりはないから。締め付けを厳しくして、早々に逃げられたら本末転倒だからねぇ」
俺は考える。どうして嫌な予感ほど的中するのだろうかと。
老婆を蹴り飛ばして逃げた過去の自分をどんなに責めても責めきれない。
ただ、彼女の撮っていた動画は、俺にとって決して不利なだけのものではなかった。
まず一つ、そこには二人ほど、Aさん同様その現場を目撃していた生徒が映っていたこと。
そしてもう一つ、老婆の倒れている姿勢が死んでいるときとは明らかに違っていたことだ。その上、血もたいして出ていないようだったから、老婆が俺の蹴りを受けて即死したわけではないことは判明した。
加えて、彼女の話しぶりを聞いていると、どうやらAさんは老婆が死んだことを知らないようである。
俺はこれらの情報を頭で整理しつつ、Aさんに対して堂々と告げた。
「分かったよ。しばらくの間はAさんに絶対服従しようじゃないか」




