平和に生きるにはこの世界は嘘が多すぎる
深夜の学校で狐面の男と会ったその日、普段通り学校に行った俺は、その放課後、かねてから待ち合わせしていた屋上にて自称霊能者と再会した。
相変わらず黒いマントで全身を覆った自称霊能者に対し、俺は黒いケースを引き渡した。
黒いケースを受け取った自称霊能者は、喜びを隠しきれなかったのか、高らかに笑いだした。
俺はその馬鹿笑いが収まるのを待ってから、静かに切り出す。
「そんなに覚醒剤ってもらってうれしいものなのか?」
俺の一言に、凍り付いたように男は固まった。
なかなか復活しない自称霊能者にしびれを切らし、俺はさらに言葉を続ける。
「しかしよくもまあこんな下らないことを考えたな。俺に老婆の霊が憑いていると偽り、覚醒剤の受け渡しの代理人をさせるなんて」
「な、何の話をしてるのかな……」
自称霊能者は声をかすらせながら、怯えた目で俺を見つめる。
「わざわざ説明してやる必要なんてないけどさ、あまりにお前の考えがお粗末だったから、警察に捕まる前に今後の反省として教えておいてやるよ」
俺は小さく息を吸い込むと、それを吐き出すように一息に語り始める。
「お前はたまたま、俺が老婆を蹴り倒して逃げたところを見たんだろ。加えてその老婆がその日のうちに亡くなったことも知った。以前から何度か覚醒剤の取引をしていたのか、それとも今回の取引が初めてだったのかは知らないが、お前はコペルニクス的転回(皮肉)によりあることを思いついた。覚醒剤の取引に自分から行くのはリスクが高いと考えてたお前は――まあ、今回が初めての取引なんだとしたらたんにビビってただけなんだろうが――自分の代わりに覚醒剤を受け取りに行く代理人を立てればいいと考えた。というか、俺という代理人にうってつけなやつを発見した、つもりになったんだな。俺が老婆を蹴り飛ばした場所で老婆が死んでいた。そのことを俺が気に病んでいるだろうと考えたお前は、老婆の霊の話をすれば、俺が正常に物事を考えられなくなるとでも思ったんだろ。その上で、それを除霊するという目的で清めの塩、もとい覚醒剤を取りに行かせることを考え付いた。多少巧妙(?)といえないこともないところは、あえてそんなバカみたいな恰好で、霊能者なんてあほみたいな役を演じたところかな。俺が老婆のことを気にしているかどうか、加えて正常な判断を下せる状態か否かを確認するためにそんなくだらない肩書を名乗ったんだろ。俺が明らかに不信感を前面に押し出して接してきたなら、深夜の取引のことを不審に思うだろうから今回の件は諦める。だが、もし霊能者のことをすんなりと信じるような奴なら、そんな心配はないと踏んだんだろ。そして俺はお前の期待通りの反応をした」
俺はいったん言葉を止める。話し疲れたのもあるし、そろそろ呆けてばかりの自称霊能者に何か話す機会を与えようと思ったからだ。
しばらく待っても、自称霊能者は口を半開きにしたまま黙ったままだったので、俺は話を続けることにした。
「お前にとって不運だったのは二つだな。一つ目は、俺が警察に関わりたくないはずだと、勘違いしていたことだな。俺が蹴った老婆が同じ日に同じ場所で死んでたんだ、俺が殺したのかもしれないとパニックになっていて、警察になんか絶対に関わりたくないだろうとでも考えてたんだろ。だが、俺は自分が老婆を殺していなことは確信していたからな、的外れな考えだったわけだ。二つ目は、もっと決定的な話でな。俺の父親は警察官なんだよ。唯の可能性の話だけでは普通警察を動かしたりはできないけどな、俺はそれなりに父さんに信頼されてるから、すぐに信じてくれたよ」
いまだに思考停止状態から戻れていない自称霊能者を見て、俺はため息をついた。
「最後に一つ言っとくが、自分の未来を決定づけるようなことを他人に任せるのは下策だぞ。特に犯罪なんてのは知っている奴が少ないに越したことはないんだ。今度やるときはもっと慎重にやれよ」
そう告げると、俺は男を放置したまま屋上から出て行った。
俺は考える。嘘をつくのもつかれるのも、どちらもあまり気分のいい話ではないと。




