何も話すことがないのは幸せの証
我が家の夕飯は、家にいる人全員が同じ食卓で飯を食べる決まりである。引き籠りの姉も夕飯に限っては部屋から出てきて、一緒に食卓を囲む。
一般の家庭ではどうなっているのかは分からないが、まあ別に珍しい光景ではないと思う。とはいえ、それなりに成長した兄弟同士で話す共通の話題というものはあまりない。これはうちが変わっているからかもしれないが、ほとんど趣味のかぶっている相手はいないのだ。
ゆえに、夕飯時に行われる会話は母が一方的に俺たちに質問し、それに対してそれぞれ適当に返事をし返すというものだ。
母はいつものように、今日何があったのかを俺に聞いてきた。いつも通り「何もなかった」、と答えたいところではあったが、万が一この先警察がうちに来る可能性を考えると、何も話さないでいるのも心配だ。
母は何といっても極度の心配性。突如警察が家に押し寄せてきたりなどしたら、それだけで気絶する可能性がある。
そんなわけで、軽くだが警察が来るかもしれないということを、それとなく知らせておくことにした。
「そういえば今日、帰り道で倒れてるおばさんがいてさ、救急車で運ばれていったんだよね。周りの人が話してるのを聞いたんだけど、もしかしたら殺人かもしれないんだって。うちにも警察が話を聞きに来るかもしれないね」
あまり重くならないよう、笑いながら語りかける。
母は俺の態度を素直に受け止めたらしく、最近はどこも物騒ねぇ、などと笑いながらかえしてきた。一方、弟は俺の顔を真剣な目で見つめてくる。さっきの洗面所での話がいまだに引っ掛かっているのだろう。
俺はすぐに話をそらそうと、姉の話題にシフトした。
「そうだ、今日姉さん久しぶりに外に出たらしいよ。何でも占いに、外に出るといいことがあるってでたんだって。もし占いに働くべきだって出たら、姉さんも働くのかな?」
「我が黒魔術占いにはそんな平凡なお告げは出ない。いつだって神秘に満ち溢れたお告げが下されるのだ」
俺の話題に姉が食いついてくれたおかげで、思惑通り話はどんどん違うものへと流れていった。
俺はほっとしながら、その後は静かに夕飯を食べ進めた。
結局再び俺に話題が飛ぶようなことはなく、無事に夕飯は終了した。
自室に戻る途中、俺は考える。会話とはかくも面倒で頭を使うものなのかと。
自分の伝えたいことだけを伝え、聞かれたくないことは質問されないよううまくはぐらかしていかないといけない。常に周りのことを意識し、話題の方向性を予測しながら話す必要がある。
「……こんなことを考えてるから、弟に嫌われるんだろうなぁ」
先の展開を何も考えずにその場のことだけを考えて生きる。そんな生き方ができたらどんなに楽だろうか。
「でも、正しい生き方なんてないしな」
俺は頭を振って余計な考えを追い出し、自室の扉を開けた。




