第5話 ~ツァラトゥストラの眠り病~
「……――リシアン!」
「……リシアン、返事をするでやんす!!」
「……ん……ぅ……」
重いまぶたをこじあけ、みえたのは、
まるで手負いのキツネのように、目を激しくつり上げた紫尾だった――。
「しお……ど……したの……すごい顔だよ……」
「誰のせいだと思ってるでやんす……!!」
紫尾は珍しく、しゃくりあげるように喉をふるわせた。
「――おまえは今、全身の骨にひびがはいって、
打撲もしびれも、ひどい状態でやんす……!
母上の煎じ薬がなければ、
そのままショック死しても、おかしくなかったでやんすよ……!」
そのまま、ぼくの胸に倒れ込むように、紫尾は涙を落とした。
透明な雫が、硝子色の宝石になって、
きらきらとぼくの胸に散った。
「そっか……」
ぼくは帰ってきたんだ。この世界に……。
――ツァラストラの紡いだ夢の世界は、
まるで――あまいあまい、揺りかごのようだった。
そして、みんな、この揺りかごのなかで眠っているんだ――。
紫尾の“涙水晶<クリスタル>”が、ぼくの胸に吸い込まれ、
猛スピードでその構造式を書き換えてゆく。
ちぎれた神経が繋がれ、まるで最初からそうであったように、
筋肉と骨が再生されてゆくのがわかった。
「……これで、いいのかな……」
ぼくは、そのやさしい夢を叩き壊し、みんなを強引に救おうとしている。
ぼくは、その常闇を、あまねく子どもたちを永久の眠りにいざなう、
<ツァラストゥラの眠り病>のことを、
みんなを苦しめる、悪夢のようなものだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
その夢幻の世界では、すべてがやさしい色をして、
現実という、毒と、痛みと、孤独に満ちた世界から、
ぼくをすくいあげ、その心を、懐かしいぬくもりで満たしてくれた。
そのあまくやさしい揺りかごを、力ずくで打ち破るのが、
果たして正義で、正しいことなんだろうか……。
ぼくはほんとうに、そうすべきなの?
もし、もっと他の答えが、解決法が、あるとしたら――?
「……お母さん……」
祈るように、頭を垂れた。
“ぼくは、今、正しくあれていますか――……?”