表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第五章 『リシアンの契約0』 ~アウト・ヒストリア編~
50/51

~そして、彼(そ)の名を歌う~ “愛に染まる” ―後編―

リキアは泣いた。もうなにもいらない、と。


叶った。叶ってしまった。

ずっと欲しくて、ほしくてほしくてたまらなかった人が、今この身体を抱きしめている。


伝わった。やっと、つたわった。


泣きすぎて、世界はにじんで、頬は熱くて、もうどうしようもなく、胸が高鳴っていた。


どうしていいかわからなくて、ぎゅうっ、とリシアンを抱きしめかえす。

再び、強く抱きしめられて、とまどった。



リシアンはこんなに、力強かっただろうか。

こんなに、こんなにも、頼もしかっただろうか。


暴れだしたくなって、思わず口びるをかむと、リシアンは、そのくちびるに触れた。


呼吸が触れた。

気がつくと、リシアンのまぶたが、そこにあった。


距離が、ゼロになる。



ちゅ……っ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



柔らかな唇を離し、リキア、とぼくは思う。


ずっと、思っていた。助かりたいと。

誰かに、手を差し伸べて救って欲しかった。


あの夜の世界で、お義母さんに出会って、ぼくの願いは叶えられた。


本当の父さんや母さんに見捨てられたぼくは、その時初めて、ここにいていいのだと、生まれてきてよかったのだと思えた。


常闇の世界のお義母さんは、その後、ぼくを置いて死んでしまったけれど。


そして、グリシーヌに出会った。

みつけた、と思った。ぼくが、救うことのできる少女。



グリシーヌに惹かれていた。


ドキドキしていたし、笑った顔も、泣いた姿も可愛くて、愛しかった。


甘酸っぱい柑橘のにおい。もどかしくって、こそばゆい、胸の奥。


そう、ぼくは、グリシーヌが好きだった。

おつきあいをしてからの日々は、輝いていて、心地よかった。


いつも笑顔を、あげたかった。


鳥かごのなかで、息をつめている彼女に、優しい唄をあげたかった。

かなうなら、この背中からもいで、真っ白な翼だって、あげたかった。


本当はぼくにだって、自由の翼なんかは、なかったけれど。



それでも紫緒は、ぼくに祝福をくれた。


オラシオン<祈り>。その名の通り、彼は、ぼくの願いを叶えてくれた。

常闇という、ゆりかごの世界を、プレゼントしてくれた。


そう、ぼくの最初の友達、最初で最後の相棒と、ぼくはこうして、ここまで歩いて来たんだ。


ふたりの特別。

欲しい、と泣くばかりではなく、あげたいという感情を、ぼくはグリシーヌと紫緒に、教えてもらった。




なのに今ぼくは、暴れ出す心臓を押さえつけて、リキアを強く強く抱きしめている。


自分だけのものにしたい。リキアを閉じ込めたい。


口が悪くて、態度も大きい、言葉遣いだって少年みたいで、がさつで、女の子らしくない。

最初はぼくを憎んで、殺そうとだってしてきた。


なのに、ぼくは、リキアを嫌うことができなかった。


救ってあげたい。

それは、グリシーヌの時の、淡い苦しさとはまるで違う、鮮烈な感情だった。



昼の世界で再開したときのリキアをみて、心がはねた。


そのはじけるような、無邪気な笑顔に、鼓動が高鳴った。


いつしか、ぼくはリキアを、目で追うようになった。

そしてぼくがみつめていると、必ず彼女はすぐに気づいて、微笑むのだ。


悪戯っぽく。


そして、たまらなく……嬉しそうに。



(お前は、僕のことが好きなんだろう?  ――お見通しだ!)



そう言われている気がして、ドキドキした。

その頃には、すべてが手遅れだった。


そう、ぼくの心は、とっくにリキアに奪われていた。



グリシーヌに対して感じる、淡く心地よい穏やかな感情は、リキアを欲しいと叫ぶ、激しい感情の荒波に呑まれて、消えていった。


こんなに激しく、喜ばしく、どうにもならない。


これが「愛」だと、気づいたのは、たった今。


ぼくは、リキアが欲しい。他の誰でもない、彼女が。

彼女の、すべてが欲しい。



「リシアン……」


濡れた瞳に、ぼくのなかの何かが泡立つ。


「リキア」


「うん」


「ぼくの彼女に、なってください」


「……ああ……!」


嬉しそうに瞳を潤ませ、リキアは頷いた。



「いいの? ほんとうに?」


急に胸がぎゅっとなって、思わず問いかける。


「……ああ……当たり前だろ……!」



――だって僕は、そのために、生まれてきたんだからな……っ!



リキアは、高らかに宣言すると、今度こそ破顔した。


弾む息が、交錯する。

胸と胸の距離が、ゼロになる。


僕たちは、夢中になって何度もキスをした。




雪が降っている。もうすぐ、桜が咲くだろう。

リキアは、きっとこれまで以上に、綺麗になる。


中学3年生の春、僕たちは、またひとつ大人になる。

未来はまだ未定だし、過去は塗り替えられない。


それでも、今この時、確かにぼくには聞こえていた。


見えないし、視えなかった彼女が……ぼくのほんとうのお母さんが、ぼくを再びみつけてくれて、再び抱きしめてくれたように。


お母さんに見捨てられたと思って、心を閉ざしたぼくを育ててくれて、たくさん愛してくれた、もうひとりのお母さんが。


重い病気と戦いながらも、生きて、生き抜いて、見守ってくれていたように。




――聞こえていた。<はじまりの鐘>が。

――新しい、未来への旋律が――。



ぼくらは歩み続ける。


紡ぎ続けて、悲しい終わりを、喜びのはじまりに繋いでゆく。

それは、果てしなく続く、永遠の旅路だ。


お母さん<御空之大神ミソラノオオカミ>とその双子のお姉さん、<篠姫之神シノヒメノカミ>の約束からはじまった物語。


お父さん<ザラスシュター>が形にして、紫緒<オラキオス>が叶え、管理神<問審官もんしんかん>が受諾し、常闇の世界を生んだ。


奇跡は、その時からはじまった。



すべての願いが満ちたその時、ぼくらは祝福の鐘を聴くだろう。


根拠はない。確証もない。

でも、ぼくの心が、魂が、その奥底が叫んでいる。


――それは、ぼくらの未来だ!


ぼくは、きっと叶えるだろう。

たとえ運命に、神様に阻まれても。


何度だって叫んで、戦い続けるだろう。


ぼくは生きてる。今この時、確かに生きている。


だから。



もうなにひとつ、取りこぼさない!

紫緒も、リキアも、お義母さんも、他ならぬ、ぼく自身だって。


そのためなら、ぼくは世界を背負おう。


青の王に。

世界のにえに、ぼくは、なる。



「――いま、悪いこと考えてるだろう」


リキアは、おもむろに言った。


腕の中でこちらを見上げる、その潤んだ瞳が、射るようにぼくの鼓動を凍らせる。


「……だめだからな」


思わず目をそらすぼくに、リキアは重ねて言う。



「僕の前からいなくなったら、許さないからな」


「……うん」


ぼくはぎゅっとリキアを抱きしめる。


「……いなくならない。――でも」


約束を、果たさなきゃ、とぼくは小声で言った。



紫緒がいなくならないように。

問審官<カミサマ>なんかに、奪わせないように。


息をつめて、ぼくは、こう続けた。


「ぼくが、なんとかする」


「だめだ」


リキアは間髪を入れず否定した。


「……なんで」


「お前は、僕のものだ。なんぴとたりとも、お前を傷つけることは、許さない。――たとえ、それが……お前自身だったとしてもだ」


リキアは、そう言って、ぼくの瞳に手を伸ばした。


おびえるように目を閉じるぼくの、そのまぶたの端に、リキアは触れた。


そっと、水滴がぬぐわれる。

優しくて、柔らかい手だった。


そうか、ぼくは、泣いていたんだ。

そう気づいて、唇をかみしめるぼくに、リキアは言った。



「お前は弱い。――だから、僕が、守ってやる」


「リキアは、女の子だよ」


「――ああ」


リキアはうなずいた。


「……そしてぼくは、男子だ」


「だからなんだ」


リキアがむっとした顔でいう。


「ぼくが、リキアを守るほ……」


「……馬鹿」



リキアは、ぼくの額をこづいた。

勝気なその唇と瞳が、緩んでいた。


その「馬鹿」は、まるで愛しい者を呼ぶような、抱きしめるようなそれだった。

再びこの瞳を、のぞきこんだリキアは、たしなめるように言った。


「この僕が、じきじきにそうしたいと言っているんだ。それとも、可愛くてけなげな、この僕のお願いを、お前は聞けないのか?」


できないことはするな、とリキアは、どこか嬉しそうに、くすぐったそうに言った。



「それって、……」


お願いというより、たちの悪いワガママか、命令だよね……。

心の声が伝わったらしく、リキアは偉そうに言った。


「なんでもいい」


――だから、おとなしく、僕に守られておけ――。



リキアはそう言うと、ぼくのまぶたに、軽く口づけた。

そうして、もう片方のまぶたにも口づけると、一拍おいて、額にもしめった唇を、ゆっくりと重ねた。


それは、白の国の誓約の儀式だった。

神前で身を清め、父なる神に、自分のすべてを捧げるという、誓いの接吻。


「――これが、僕の誓いだ」



「……リキア」


「黙っていろ。今、お前にしゃべられては敵わない」


「もしかして」


――照れてる……?


俯いたリキアの顔は、耳まで薄紅色に染まっていた。



「リキア」


「うるさいっ……、……黙れ……っっ」


顔を隠すように両腕をクロスするリキアに、ぼくはもう一度言った。



「――リキア。ぼくも……君を守るよ」


だってこんなに愛しく、力強く、この胸を叩いたのは……君しかいないから。


リキア。ぼくの、唯一無二の伴侶。

ぼくの、最後の恋人。



ぼくは、はじめて、心から思った。


捧げたい。

ぼくの身も魂も、この子に差し出したい。


リキア。ぼくは、君に、ぼくのすべてをあげたい。


だから、問審官。裁く神にして、試す神よ。

あなたに、もうぼくはやれない。


この身体のひとかけらだって、あげられない。


ぼくは、未来永劫、リキアのものだ。


ぼくは、戦う。

これまで、穢れを知らないまっしろな羊のごとく、誰をも敵に回さなかったぼくだけれど。


ぼくは、あなたの敵になる。

反逆者にだって、悪役にだってなる。


それが、ぼくにできる、最初で最後の革命だ――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ