『 わたしの狼~ブラックメイデン・アフターロマンス~ 』
この物語は、喪失と奪還の物語、『リシアンの契約』の外伝、
『黒の騎士乙女<ブラックメイデン>編』の後日談、
『ブラックメイデン・アフターロマンス』の更に後の物語です。
まだ年若き青年であったころのセドウィグさんと、
はじめての戦で絶体絶命の危機に遭遇した、
騎士王ならぬ<少女王>、メイサさんが登場します。
はじめての方でも、そのままご覧になれますが、
ある重大なネタバレを含むため、
<ブラックメイデン>編を先にご覧になってからのほうが、
より楽しんでいただける構成となっております。
(『リシアンの契約』本編とは独立しているため、
そちらは読まなくても問題ありません)
ではでは、長々としたお話はここまで。
ちょっぴり愉快な女王の恋物語、
『わたしの狼』、どうぞお楽しみください!
「セドウィグは、一匹の狼に似ている。
無数の傷を負った、手負いの狼だ。
悲しいことも辛いことも、たくさん経験して、
だからこそ、誰より強くなり、
誰をも護ろうとする、優しい獣だ。」
「そんな狼が、満足げにわたしを食べる姿は、心地よい。
(べ、別に変な意味ではないぞっ、けっしてな!!)
この愛に飢えた腹ぺこが、わたしだけをみているというのは、
たまらなく嬉しく、愛しく思う」
「願わくば、永久にわたしだけの獣でいて欲しいが、
それは贅沢すぎるかな。
それでも、まあいいか、と思ってしまうのは、
彼の愛情があまりにも率直で、
ひたすらに雄大で、
そしてちょっぴり偏執的だからだろうか。」
「そう、そんなわたしもやはり、獣なのだ。
嘘はつけない。
上手く生きることなど、ましてや愛するなど、
とても器用にこなせる気がしない。
――だからこそ、彼の姿をみているだけで、無償に安心する」
「そう、わたし達はどこまでも、似たもの同士なのだ。
――だが、そのことを、とても嬉しく思う。
まったく違うのに、どこか同じにおいをした二匹の獣が、
傷つき、さ迷い、その果てに巡り会う。
惹かれあい、恋に落ち、愛を知る。
こんな奇跡があるなんて、どうして想像できたろう。
今でも信じられない。
この身を剣のみに捧げ、
国の為に殉職しようとしていたわたしが、である。」
「騎士団の継承式でまみえたあの時がはじまりだと、
ずっと信じこんでいた。
だが、最初の戦で死にかけたわたしを救った、
あの盗賊団の頭、
あの灰青の瞳を忘れていたわたしが馬鹿だった」
「難敵に四方を囲まれ、
もう、自らの剣で胸を突くしかないと思ったその時、
みすぼらしい、だが眼光するどい馬に乗った、狼が現れた。
狼は、人間のなりをした戦場の獣神……。
――そう、“セド”そっくりだった。 」
「わたしは言った。
“セド……いや、あなたは……”
男は、その単語に反応したのか、ぴくりと眉を動かすと、
ぼろい布で、ぐるぐるに巻かれた顔を、さりげなく隠した。
そして、さして興味がない、といった冷めた目つきで、
周りの敵軍のどよめきを一蹴すると、
恐ろしく早い剣筋で、“死”をばらまいた。」
「撒き散る鮮血が周囲を躍る様は、
とても現実とは思えなかった。
無造作かつ、華麗なステージを一瞬で終わらせた彼は、
ばかにしたように鼻を鳴らすと、
携帯食料らしきものを乱暴に投げてよこし、
そのまま一言もしゃべらず去っていった」
「とてもロマンチックとは言い難い出会いだったが、
ゆえに鮮烈なほど印象に残った。
数年たったあの継承式の日に、
文字通り、見違えるほど、立派な身なりをしていなかったら、
さすがに一目でわかったろう」
「黒の神と契約したわたしの心眼……、
――つまり、超常の審美眼が通用しなかったのも、
神から与えられし、すべての祝福を棄却するという、
灰の国に生まれたものの、特性によるものだったのだ」
「たった数年かそこらで、よそ者の彼が、
軍曹、やがては軍師までのし上がったのも、
その神がかった戦の腕前と、
幾たびの不毛な戦争のなし得た奇跡だった」
「……今から思えば、白の国との凄惨な戦いが、
彼を通し、わたしを救ったのだ。
ただ奪い奪われるばかりに思えた日々も、
無駄ではなかった、と断言できる」
「わたしの民は無駄死にではない。
わたしという、若く未熟な王の誕生は、
国のために命がけで戦った兵士たち、
そして罪無き市民の血で贖われ、
そうして今の平和は紡がれたのだ」
「そしてそれを導いたのは、
飢えた眼をした一匹の狼だった、と重ねて言おう。
彼がいなければわたしの命はなく、この国の未来もなかった。」
「“セド”とは、神話に登場する、王を導く軍神であり、
王位更新のための重要な祭り、セド祭と同じ意味を持つ。
極めつけは、その姿が、
死者の魂を導く狼とされていることだ。」
「“ウィグ”と“ダーク”は、
それぞれ、“戦争”“導くもの”を意味する、
とっさにとってつけた名前だったのかもしれないが、
締めの“バルド”は、“王に神の加護を”という意味だ。」
「“セドウィグ・ダークバルド”。
その名を背負うことは彼なりの神への……、
もしかしたらわたしへの誓いであったのかもしれない。
――いや、不器用だが真摯な彼のことだ、
きっとそれ以外に理由はない」
「何もかも捨てて、それでも、たったひとつの、
至上の宝を手にしたような、表情を浮かべる彼の物語は、
伴侶であるわたしにすら、想像することしかできない。
だが、それは同時に、とてもしあわせなことでもある」
「わたしの知らない物語を彼は知っている。
そして、時折思わせぶりに謎めいたことを言っては、
わたしを惑わせ、楽しませてくれるのだ。
――きっと、彼は一生、過去を語らない。
その過ぎ去りし記憶もまた、彼の宝であり、
そして、とっておきの秘密なのだ」
「いいや、わたしとしたことが、長々と 語りすぎてしまった。
あまりに興奮しすぎて、なにを言ったかすら曖昧だが、
結局言いたいことはひとつだ。
――“わたしの恋人は、最強の狼だ”。
――え、どういう意味かって? ……察してくれ!」
「わたしはとうに彼に夢中で、それがすべてなのだ。
過去を詮索するなんてもったいない……、
ではなく、野暮なことを、正妻はしないのだ。
愛人もいないことだし、わたしが唯一最強の妻で……(以下略)」
「(中略)……つまり、わたし達は黒の国最強の夫婦というわけなのだ。
――……ええと、本題……?
そんなものははじめからなかったのだ、こほん。
――というわけで録音師、
これを我が娘の、12才の誕生日に聴けるよう、写本してくれ。」
「-―え、長すぎるし、色々と無理?
なんだと、それは困る!
いちから言い直すから待ってくれ。
……ええと、そうだ。
わたしがはじめて剣を握ったのは2歳の時でだな……。」
『わたしの狼』~fin.~




