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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第五章 『リシアンの契約0』 ~アウト・ヒストリア編~
46/51

『 わたしの狼~ブラックメイデン・アフターロマンス~ 』

この物語は、喪失と奪還の物語、『リシアンの契約』の外伝、

『黒の騎士乙女<ブラックメイデン>編』の後日談、

『ブラックメイデン・アフターロマンス』の更に後の物語です。



まだ年若き青年であったころのセドウィグさんと、

はじめての戦で絶体絶命の危機に遭遇そうぐうした、

騎士王ならぬ<少女王>、メイサさんが登場します。


はじめての方でも、そのままご覧になれますが、

ある重大なネタバレを含むため、

<ブラックメイデン>編を先にご覧になってからのほうが、

より楽しんでいただける構成となっております。


(『リシアンの契約』本編とは独立しているため、

 そちらは読まなくても問題ありません)


ではでは、長々としたお話はここまで。

ちょっぴり愉快な女王の恋物語、

『わたしの狼』、どうぞお楽しみください!



「セドウィグは、一匹の狼に似ている。

 無数むすうの傷を負った、手負ておいの狼だ。

 悲しいことも辛いことも、たくさん経験して、

 だからこそ、誰より強くなり、

 誰をもまもろうとする、優しい獣だ。」



「そんな狼が、満足げにわたしを食べる姿は、心地ここちよい。

 (べ、別に変な意味ではないぞっ、けっしてな!!)

 この愛にえた腹ぺこが、わたしだけをみているというのは、

 たまらなく嬉しく、愛しく思う」



「願わくば、永久にわたしだけの獣でいて欲しいが、

 それは贅沢ぜいたくすぎるかな。

 

 それでも、まあいいか、と思ってしまうのは、

 彼の愛情があまりにも率直そっちょくで、

 ひたすらに雄大ゆうだいで、

 そしてちょっぴり偏執的へんしつてきだからだろうか。」



「そう、そんなわたしもやはり、獣なのだ。

 嘘はつけない。

 上手く生きることなど、ましてや愛するなど、

 とても器用にこなせる気がしない。

 ――だからこそ、彼の姿をみているだけで、無償むしょうに安心する」



「そう、わたし達はどこまでも、似たもの同士なのだ。

 ――だが、そのことを、とても嬉しく思う。

 

 まったく違うのに、どこか同じにおいをした二匹の獣が、

 傷つき、さ迷い、そのてに巡り会う。

 

 かれあい、恋に落ち、愛を知る。

 こんな奇跡があるなんて、どうして想像できたろう。

 今でも信じられない。

 この身を剣のみに捧げ、

 国の為に殉職じゅんしょくしようとしていたわたしが、である。」



「騎士団の継承式けいしょうしきでまみえたあの時がはじまりだと、

 ずっと信じこんでいた。

 だが、最初の戦で死にかけたわたしを救った、

 あの盗賊団のかしら

 あの灰青の瞳を忘れていたわたしが馬鹿だった」



難敵なんてきに四方をかこまれ、

 もう、自らの剣で胸を突くしかないと思ったその時、

 みすぼらしい、だが眼光がんこうするどい馬に乗った、狼が現れた。

 狼は、人間のなりをした戦場の獣神……。

 ――そう、“セド”そっくりだった。 」





「わたしは言った。

 “セド……いや、あなたは……”

 男は、その単語に反応したのか、ぴくりと眉を動かすと、

 ぼろい布で、ぐるぐるに巻かれた顔を、さりげなく隠した。

 

 そして、さして興味がない、といった冷めた目つきで、

 周りの敵軍のどよめきを一蹴いっしゅうすると、

 恐ろしく早い剣筋けんすじで、“死”をばらまいた。」




き散る鮮血せんけつが周囲をおどる様は、

 とても現実とは思えなかった。

 

 無造作むぞうさかつ、華麗なステージを一瞬で終わらせた彼は、

 ばかにしたように鼻を鳴らすと、

 携帯食料らしきものを乱暴に投げてよこし、

 そのまま一言もしゃべらず去っていった」



「とてもロマンチックとは言いがたい出会いだったが、

 ゆえに鮮烈なほど印象に残った。

 

 数年たったあの継承式の日に、

 文字通り、見違えるほど、立派な身なりをしていなかったら、

 さすがに一目でわかったろう」



「黒の神と契約したわたしの心眼しんがん……、

 ――つまり、超常の審美眼しんびがんが通用しなかったのも、

 神から与えられし、すべての祝福を棄却ききゃくするという、

 灰の国に生まれたものの、特性とくせいによるものだったのだ」

 

「たった数年かそこらで、よそ者の彼が、

 軍曹ぐんそう、やがては軍師ぐんしまでのし上がったのも、

 その神がかった戦の腕前と、

 いくたびの不毛ふもうな戦争のなし得た奇跡だった」




「……今から思えば、白の国との凄惨せいさんな戦いが、

 彼を通し、わたしを救ったのだ。

 ただうばい奪われるばかりに思えた日々も、

 無駄むだではなかった、と断言できる」




「わたしの民は無駄死にではない。

 わたしという、若く未熟な王の誕生は、

 国のために命がけで戦った兵士たち、

 そして罪無き市民の血であがなわれ、

 そうして今の平和は紡がれたのだ」



「そしてそれを導いたのは、

 飢えた眼をした一匹の狼だった、と重ねて言おう。

 彼がいなければわたしの命はなく、この国の未来もなかった。」




「“セド”とは、神話に登場する、王を導く軍神であり、

 王位更新のための重要な祭り、セド祭と同じ意味を持つ。

 きわめつけは、その姿が、

 死者の魂を導く狼とされていることだ。」



「“ウィグ”と“ダーク”は、

 それぞれ、“戦争”“導くもの”を意味する、

 とっさにとってつけた名前だったのかもしれないが、

 めの“バルド”は、“王に神の加護を”という意味だ。」



「“セドウィグ・ダークバルド”。

 その名を背負うことは彼なりの神への……、

 もしかしたらわたしへの誓いであったのかもしれない。

 

 ――いや、不器用だが真摯しんしな彼のことだ、

 きっとそれ以外に理由はない」



「何もかも捨てて、それでも、たったひとつの、

 至上しじょうの宝を手にしたような、表情を浮かべる彼の物語は、

 伴侶はんりょであるわたしにすら、想像することしかできない。

 だが、それは同時に、とてもしあわせなことでもある」




「わたしの知らない物語を彼は知っている。

 そして、時折ときおり思わせぶりに謎めいたことを言っては、

 わたしをまどわせ、楽しませてくれるのだ。

 

 ――きっと、彼は一生、過去を語らない。

 その過ぎ去りし記憶もまた、彼の宝であり、

 そして、とっておきの秘密なのだ」



「いいや、わたしとしたことが、長々と 語りすぎてしまった。

 

 あまりに興奮しすぎて、なにを言ったかすら曖昧あいまいだが、

 結局言いたいことはひとつだ。

 ――“わたしの恋人は、最強の狼だ”。

 

 ――え、どういう意味かって? ……さっしてくれ!」


「わたしはとうに彼に夢中で、それがすべてなのだ。

 過去を詮索せんさくするなんてもったいない……、

 ではなく、野暮やぼなことを、正妻せいさいはしないのだ。

 愛人もいないことだし、わたしが唯一最強の妻で……(以下略)」





「(中略)……つまり、わたし達は黒の国最強の夫婦というわけなのだ。

 ――……ええと、本題……?

 そんなものははじめからなかったのだ、こほん。

 

 ――というわけで録音師ろくおんし

 これを我が娘の、12才の誕生日に聴けるよう、写本してくれ。」




「-―え、長すぎるし、色々と無理?

 なんだと、それは困る!

 いちから言い直すから待ってくれ。

 ……ええと、そうだ。

 わたしがはじめて剣を握ったのは2歳の時でだな……。」





      『わたしの狼』~fin.~

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