- code.0 “その名を識れと彼らが囁く” ‐
( リシアン )
( ( リシアン ) )
“ぼく”を呼ぶ声だ、とぼくは思う。
静かに反響する声。
ああ、ここは海だ、とおぼろげに思う。
ぼくの口から、こぽこぽ、と泡がもれる。
苦しくはない。
むしろ、心地よい。
その深海は、羊水のようで、
その水底は、ぼくを抱く腕だ。
柔らかで静かな気配が、やがて近くに降り立った。
『リシアンサス』
彼女は微笑った。
ぼくは、ようやく目を開ける。
見なくても、視ていた。
身なくても、魅ていた。
“きみ、は。”
とぼくは言う。
声はなく、泡のみが目の前を飾った。
『我は、×××じゃ』
と彼女は言った。
彼女の顔は、泡に隠れている。
その身体は、幻のようにたゆたっている。
泡が消える。
ぼくは視る。
いや、魅る。
彼女は美しかった。
でも、その姿はなぜか、塗りつぶされたように見えない。
見ることも、観ることも。
有ることも、在ることもできない。
これは、そういう罰なのだと、第6番目の扉は囁いた。
これは、ぼくの罪なの? とぼくは尋ねた。
いいや、違う、と彼女は言った。
『これは、我の罰なのだよ』
“あなたの、つみ?”
とぼくは問う。
“罪ではないよ。罰なのだ”
と彼女は軽やかに言った。
彼女の姿は、まだみえない。
でも、その姿はどこか懐かしかった。
ぼくは、彼女の名を、まだ識らない。




