code.x -トオヤ・クロニクル-
「お前がオンナだったら、口説いてたところだぜ!」
「いや、そのネタはもういいから……」
にかっと笑うトオヤ。 ふっと目をそらすぼく。
「ネタ扱い?!」
ぺしん、と額を打つトオヤ。
いいかげん芝居がかっている。
「最近お前冷たくないですかー?
最初は、“ト、トオヤくん……! あの、お弁当いっしょ……!”
……って、かみかみで、頬赤らめてたくせによー!」
「ば……っ! そんな事実ないから!!」
思わず、勢いよく振り返ってしまった。
「ぶっ!」
「あうっ!」
ぼくの額と、トオヤの顎が、火花を散らした。
「……いーっ、たた……。
あひぃー、つつ……ほんと勘弁な、カミさんの石頭……」
「いつの間にか結婚してる?!」
というか、トオヤほんとしつこい。
何度同じネタを繰り返すんだろう……。
高等部のグリシーヌにまで、
ヘンな噂伝わらないといいけど……。
実際に、校内(中等部)では、
トオヤの嫁扱いされているという事実は、今はもう考えたくない……。
そしてリキアがそれに対抗するかのように、
「これだから貧民共は!
ぼくとリシアンはとっくに婚約済みなんだ!
あんな男、ただの間男にすぎないんだからなっ!!」
なんて言って回っているらしい。
――というか、いつまでぼくって言っているんだろうか。
髪も伸びたし、服装もぐっと女の子らしくなったのに、もったいない。
女の子らしくしろなんてぼくにはとても言えないけれど。
(そんな権利はない。本人の自由だ)
あちらの世界で大司教として、長く過ごしすぎたせいかもしれない。
聞けば、白の国は徹底した男尊女卑で、
女は、まともな仕事さえろくにないという。
女は家庭。男は仕事。まるで昔の日本だ。
青の国に生まれなおしたリキアだけれど、
白の国で暮らした記憶が本人にも鮮烈すぎたせいか、
どうもいまだに、大司教時代の振る舞いが抜けていないみたいだ。
最近、ちょっと可愛いけど。
特にぼくに対して向けられる、花が咲いたような無邪気な笑みは、
ギャップがありすぎて、ちょっとしたテロだ。
(いや、ぼくはグリシーヌと付き合ってるんだよ!
リキアはぜんぜん関係なかった!!)
ぶるぶると首を振っていると、
いきなりトオヤのくりくりとした目が飛び込んできた。
光を抱いたような黄みの強いエメラルド。
黄の機械王、リクさんなみに大きい瞳は、わずかにつり目。
猫の目のように、ゴールドの縦線が入っていて、
とてもきれいだ。
つんつんはねた髪とあいまって、人というより獣っぽい。
まあ、それはいいんだけど……。
「……近いんだけど」
「……あっ、わりぃわりぃ! うっかり見とれてたわ!」
「――え?」
今、すごく気持ち悪い単語を聞いた気がする。
「え、じゃねぇよ。
だってお前の目、小鳥みたいでキレイだろ?
なんか、オオルリとかルリビタキみたいな。
それに、その黒髪やばいだろ?
いつも濡れてるみたいにキューテイクルぱないし、
光を浴びるとなんか雨に濡れたカラスみてーに青紫になンだろ?
まじやべーって。そこらの黒髪美女なんて及びじゃねぇーよ。
なんでお前オンナじゃねぇーのー?」
そう言って、髪を触ろうとしてきたので、ばしんと振り払う。
「余計なお世話だよ」
結構気にしているのだ。
だって、この前グリシーヌにも言われたばかりなのだ。
(女顔で悪かったな……!)
無神経すぎるトオヤをにらみつけるも、ちょっと目が潤んだ。
なにが悲しくて、自分の彼女に、
「あんたってほんと綺麗よね……」
とか、ため息をつかれないといけないのか。
理不尽にもほどがある。
まあ、最近のぼくはめっきり平和ボケしているということは、
これでばれてしまった。
白の国対黒の国の熾烈な戦いも終わり、
実質上の平和協定が結ばれたのが、ついこの前。
噂では、もともと大国の黒の国が、
中立国である緑の国と同盟を結んだのが原因らしい。
財力と頭数だよりの白の国だけでは、誉れ高き騎士の国、
並びに堅牢なる守りの竜の国のタッグにはかなわない。
血気盛んな赤の国の次期女王は、
リキアの代わりに白の王となった、
誰彼さんを嫌っているらしいし、
それもいた仕方ないことかもしれない。
合わせて、緑の国の援助を受けて、
黒の国の再建は予想以上に進んでいるらしい。
メイサさんとセドウィグさんがおおやけに結婚できる未来も、
もしかしたら、そう遠くはないかもしれない。
「……よし」
そこまで綴ると、ぱたんと本を閉じる。
まだ薄い日記帳。
だけど、これは未来へと続く道しるべだ。
過去を記すことで、ぼくのなかにたゆたう思考が、
カタチとなり、そしてまっすぐに、一片を示す。
ふいに、かすかに木蓮の香りがした。
「わかってるよ」
ぼくは、シオンをなでながら言う。
「ぼくは、いつか、12の国全部を旅する。
そして、決める。青の王になるべきか。
誰かが、じゃない。ぼく自身がそうしたいか。
そのためなら、たくさんの代償も我慢できるか。
決して、青の神の子どもの生まれかわりだから、だけじゃない。
きみの失った、ふたりの<涙花>みたいにならないって証明するまでは、
ぼくは青の王にはならない。そして、誰の犠牲にもならない」
ぼくだけが、ぼくの王だ。
きみに、王を背負わせたりなんかしない。
紫緒が、ぼくを王にしたくないのと一緒だ。
ぼくだって、もう紫緒のことを、最高神だとか、青の神だとか、
そんな風にみたりしない。
紫緒は、紫緒だ。
ただの使い魔で、ただの子猫だ。
――だから、安心して。
ぼくはもう、紫緒の手の届かないところに行ったりしない。
ぼくが、二度と紫緒を失いたくないように。
銀色の絆を、携えていこう。
ゆりかごの世界は、そのためにある。
ぼくたちの、涙をぬぐうために。
そして、前へと続く道を指し示すために。
夢の世界は、いつかは覚める。
だとしても、ぼくは、けっして忘れたりしない。
ぼくは、リシアンサス・バレンタインだ。
その名の意味を、ぼくはもう知っているのだから。




