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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第五章 『リシアンの契約0』 ~アウト・ヒストリア編~
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code.x -トオヤ・クロニクル-


「お前がオンナだったら、口説いてたところだぜ!」


「いや、そのネタはもういいから……」



にかっと笑うトオヤ。 ふっと目をそらすぼく。


「ネタ扱い?!」


ぺしん、とひたいを打つトオヤ。

いいかげん芝居しばいがかっている。


「最近お前冷たくないですかー?

 最初は、“ト、トオヤくん……! あの、お弁当いっしょ……!”

 ……って、かみかみで、頬赤らめてたくせによー!」


「ば……っ! そんな事実ないから!!」


思わず、勢いよく振り返ってしまった。


「ぶっ!」


「あうっ!」


ぼくのひたいと、トオヤのあごが、火花を散らした。


「……いーっ、たた……。

 あひぃー、つつ……ほんと勘弁かんべんな、カミさんの石頭……」



「いつの間にか結婚してる?!」


というか、トオヤほんとしつこい。

何度同じネタを繰り返すんだろう……。


高等部のグリシーヌにまで、

ヘンなうわさ伝わらないといいけど……。


実際に、校内(中等部)では、

トオヤの嫁扱いされているという事実は、今はもう考えたくない……。


そしてリキアがそれに対抗たいこうするかのように、


「これだから貧民共ひんみんどもは! 

 ぼくとリシアンはとっくに婚約済こんやくずみなんだ!

 あんな男、ただの間男まおとこにすぎないんだからなっ!!」


なんて言って回っているらしい。


――というか、いつまでぼくって言っているんだろうか。

髪も伸びたし、服装もぐっと女の子らしくなったのに、もったいない。


女の子らしくしろなんてぼくにはとても言えないけれど。

(そんな権利はない。本人の自由だ)

あちらの世界で大司教として、長く過ごしすぎたせいかもしれない。


聞けば、白の国は徹底てっていした男尊女卑だんそんじょひで、

女は、まともな仕事さえろくにないという。


女は家庭。男は仕事。まるで昔の日本だ。


青の国に生まれなおしたリキアだけれど、

白の国で暮らした記憶が本人にも鮮烈せんれつすぎたせいか、

どうもいまだに、大司教時代の振る舞いが抜けていないみたいだ。


最近、ちょっと可愛いけど。

特にぼくに対して向けられる、花が咲いたような無邪気な笑みは、

ギャップがありすぎて、ちょっとしたテロだ。


(いや、ぼくはグリシーヌと付き合ってるんだよ!

 リキアはぜんぜん関係なかった!!)


ぶるぶると首を振っていると、

いきなりトオヤのくりくりとした目が飛び込んできた。


光を抱いたような黄みの強いエメラルド。

黄の機械王、リクさんなみに大きい瞳は、わずかにつり目。

猫の目のように、ゴールドの縦線たてせんが入っていて、

とてもきれいだ。


つんつんはねた髪とあいまって、人というより獣っぽい。


まあ、それはいいんだけど……。


「……近いんだけど」


「……あっ、わりぃわりぃ! うっかり見とれてたわ!」


「――え?」


今、すごく気持ち悪い単語を聞いた気がする。


「え、じゃねぇよ。

 だってお前の目、小鳥みたいでキレイだろ?

 なんか、オオルリとかルリビタキみたいな。

 

 それに、その黒髪やばいだろ?

 いつも濡れてるみたいにキューテイクルぱないし、

 光を浴びるとなんか雨に濡れたカラスみてーに青紫になンだろ?

 

 まじやべーって。そこらの黒髪美女なんて及びじゃねぇーよ。

 なんでお前オンナじゃねぇーのー?」


そう言って、髪を触ろうとしてきたので、ばしんと振り払う。


余計よけいなお世話せわだよ」


結構気にしているのだ。

だって、この前グリシーヌにも言われたばかりなのだ。


(女顔で悪かったな……!)


無神経すぎるトオヤをにらみつけるも、ちょっと目がうるんだ。


なにが悲しくて、自分の彼女に、

「あんたってほんと綺麗よね……」

とか、ため息をつかれないといけないのか。


理不尽りふじんにもほどがある。


まあ、最近のぼくはめっきり平和ボケしているということは、

これでばれてしまった。


白の国対黒の国の熾烈しれつな戦いも終わり、

実質上の平和協定へいわきょうていが結ばれたのが、ついこの前。


うわさでは、もともと大国たいこくの黒の国が、

中立国である緑の国と同盟どうめいを結んだのが原因らしい。


財力と頭数だよりの白の国だけでは、ほまれ高き騎士の国、

並びに堅牢けんろうなる守りの竜の国のタッグにはかなわない。


血気盛けっきさかんな赤の国の次期女王は、

リキアの代わりに白の王となった、

誰彼だれかれさんを嫌っているらしいし、

それもいた仕方しかたないことかもしれない。


合わせて、緑の国の援助えんじょを受けて、

黒の国の再建さいけんは予想以上に進んでいるらしい。


メイサさんとセドウィグさんがおおやけに結婚できる未来も、

もしかしたら、そう遠くはないかもしれない。


「……よし」


そこまでつづると、ぱたんと本を閉じる。


まだ薄い日記帳。

だけど、これは未来へと続く道しるべだ。


過去をしるすことで、ぼくのなかにたゆたう思考が、

カタチとなり、そしてまっすぐに、一片いっぺんしめす。


ふいに、かすかに木蓮もくれんの香りがした。


「わかってるよ」


ぼくは、シオンをなでながら言う。


「ぼくは、いつか、12の国全部を旅する。

 そして、決める。青の王になるべきか。

 誰かが、じゃない。ぼく自身がそうしたいか。

 

 そのためなら、たくさんの代償も我慢できるか。

 決して、青のきみの子どもの生まれかわりだから、だけじゃない。

 

 きみの失った、ふたりの<涙花>みたいにならないって証明するまでは、

 ぼくは青の王にはならない。そして、誰の犠牲ぎせいにもならない」


ぼくだけが、ぼくの王だ。

きみに、王を背負わせたりなんかしない。


紫緒が、ぼくを王にしたくないのと一緒だ。


ぼくだって、もう紫緒のことを、最高神だとか、青の神だとか、

そんな風にみたりしない。


紫緒は、紫緒だ。


ただの使いしおで、ただの子猫シオンだ。


――だから、安心して。

ぼくはもう、紫緒の手の届かないところに行ったりしない。

ぼくが、二度と紫緒を失いたくないように。


銀色のきずなを、たずさえていこう。

ゆりかごの世界は、そのためにある。


ぼくたちの、涙をぬぐうために。

そして、前へと続く道をしめすために。


夢の世界は、いつかは覚める。

だとしても、ぼくは、けっして忘れたりしない。


ぼくは、リシアンサス・バレンタインだ。


その名の意味を、ぼくはもう知っているのだから。



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