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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第四章 『リシアンの契約β』 ~ディヴァイン・ビギニング編~
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“理緒” ~ひとつの夢が咲くとき~

ひとりになりたかったんですの、と理緒りお先生は言う。


ちょっぴりさびしそうな笑み。

それでもその口調は、

とっておきの打ち明け話をするように、ほのかに明るかった。


「大勢の男性に好かれましたわ。

 でも、それはわたくしのこの少しばかり恵まれたプロポーションと、

 女医じょいというブランドのおかげ。

 本当のわたくしをみてくれる殿方は、ひとりもおりませんでしたわ」


それに気づいたのはだいぶあと。


だからこそ、途方とほうにくれた。


「……わたくしは、ばかな女だったんですの」


ひかえめに微笑みながら、明るく、理緒先生――リオンさんは言う。


気づいた時には、初めてのお付き合いのだいぶあと。

広大な道の真ん中に、ひとりきり。


泣きべそをかきたい気持ちでいっぱいだった。

すみっこに座りこんだ。


いっそ、子どものように泣いてしまえたらどんなに楽だっただろう。


初恋にやぶれた少女のように、大泣きできたら。


そんな時でしたの、とリオンさんはちいさく微笑む。



「――御前おまえ、泣いているのでやんすか?」


疑問に思って目を上げる。


それは、ちいさな体だった。

青紫に発光する、わたあめのようにまんまるな身体。


緩やかなラインを描く、しゅるりとしたしっぽ。

ふにふにとしたマシュマロのような触覚。

えて三日月のような、きらきらした目をした、可愛いらしいお化け。


それが、わたくしの前にいた。



「御前、まさか話すこともできないのでやんすか?」



呆れたように、ぷふん、と鼻息をひとつ。


偉そうだが、それはそのチャーミングな容姿とあいまって、

どこか強がるこねこのように、可愛らしかった。


「わたくしは……」


そうだ。わたくしは、誰なのだったか。


意識が曖昧あいまいで、ひどくぼんやりしている。

視界も霧がかったようで、まるで夢のようだった。


そうか、夢。これは夢なのだ。


わたくしはおかしくなって、少し笑った。


「わたくしはリオン。ミュステーリオンですわ」


不思議とすらすらと口をついた。


子どもの頃読んだ、童話どうわに出てくる、謎解なぞときの神。


恐ろしげで、謎めいた、美しい知識の神。


あんな風に聡明そうめいで、超越した存在になれたなら、

このちっぽけな悩みなど、消し飛んでしまいそうだった。


「……そうでやんすか。ならば、そう振る舞うがいいでやんす」


一区切りすると、しゅるん、と近づき、まっすぐにわたしの瞳を覗きこむ。


「ここは昼の世界と夜の世界の狭間。――御前の望みが叶う場所。

 ……言ってみるでやんす。

 古き信託しんたくの神、オラキオスのなれの果て、

 オラシオンの名において、御前に力を与えよう」


「オラ……シオン?」

「なんでやんすか?」


「とっても素敵なお名前。それに、おそろいですわ」


「……?」


「<リオン>と<シオン>。まるでふたごの家族みたい。

……ふふ、シオンさま、あなたは素敵な紳士しんしですのね?」


その存在が、自分とはほど遠い、

高次こうじの存在だと、もう気づいていた。


だけど、その存在――きっとおとぎ話の神さま……は、

それでも、可愛くて、可愛くて、仕方なかった。


容姿ようしといい、しゃべり方といい、存在といい。


そしてなにより素敵なのは、

そんな彼とわたしは、愛称にすれば、たったのひと文字違いなのだ。


そのことが、全身を包み込むぐらい、しあわせで、たまらなかった。


……みつけた、と思った。

――賭けよう、と思った。



人間でなくなってもいい。

いっそ、今までの自分をぜんぶ捨ててしまったらいい。


わたくしは、リオン。知恵の神、ミュステーリオン。

わたくしは、このひとのくれた運命に、すべてをゆだねよう。


そう思った瞬間、胸が熱くなった。


軽やかに、踊る心音。

まるでなにかに包まれているかのように、上がる体温。


その高揚感こうようかんと、開放感といったら!!


わたくしは、微笑み、おじぎをする。


「神さま。わたくしを、あなた様のしもべにしてくださいませ」


心からの言葉だったが、

彼、いいえ、シオンさまは、やや不機嫌そうに目を細めた。


ことわるでやんす」


「……なぜ?」


なんとなく、わかっていた。

けれど、口をついたのは、疑問の言葉だった。


「御前は、自由でやんす。

 我のようななれの果てには、御前は見合わない。

 御前は、我なしでも、じゅうぶんでやんす」


「――それは…」


心ぼそそうに不満を述べるわたくしに、彼は続ける。


「だから、その翼で、羽ばたいてゆけ。

 御前は、紫の神にふさわしい。

 その美しい神格しんかくでもって、知識を、真実をう民に、

 手を差し伸べ、導くことが、御前にふさわしい生き方でやんす」


まるで、とびきりの賛辞さんじを贈るかのような言葉に、

身体が震えた。


「貴方様は……」


なんてやさしい。なんて、あたたかな、言葉だろう。

まるで、道に迷った子羊に手をさしのべる、メシアのような。


「……御前は、知恵の神ミュステーリオン。

 御前にひとつの美しい国と、たくさんの迷える民を託そう。

 御前が、御前であるために、御前が、迷わぬように。

 ――御前の望みを、叶えよう」


その言葉はもうまどろみのなかだった。

そうして、わたくしは、常闇とこやみの国の女神になった。

紫の国に立つ、知恵と神秘、知識と謎解きの神、ミュステーリオンとして。


それは、甘いだけではない、けれども祝福にみちた世界だった。

現実世界の縮図しゅくずで、そこに隠された真実を強調したような、

ゆりかごの世界だった。


――わたくしは、そうして、恋をした。


その、可愛らしい神さまの、ほんとうの姿をみることもなく。

ただ、その魂に、そのこころに、心からの崇敬すうけいを寄せた。


でも、彼がなにものだって、きっとわたしは恋をした。

人でなくとも、神でなくとも、かれただろう。


最高神オラキオスでなくとも、青の神オラシオンですらなくなっても、

ただの使い魔、紫緒しおとなっても。


わたくしにとって、あなたは最高の神さまだと、思った。


こんな取るに足らないお嬢様あがりの女医に、

その消え失せかけた最後の神権ちからをもって、

願いを叶えてくれた彼を、誰が嫌いになるだろう。


誰が恋焦こいこがれずに、いられるだろう。


だから、わたくしは、今日も微笑む。


この運命に、すべてをゆだねようと、そう決めたのだから。


――もう、わたくしは迷わない。



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