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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第一章 『リシアンの契約Ⅰ』
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第2話 ~アガシオンはかく語りき~

「おいおい、泣くとは何事でやんすか!! 」


慌てたようにしゃべくるその生き物は。


「これだから、今時の子どもは、惰弱だじゃくで困るのでやんす!! 」


身体の中心からぼんやりと光る、青いたましいは。


「あが、しおん……?」


ぼくは、出血を続ける拳を、力なく下げて問いかけた。


「あッ!……」


驚く声をよそに、意識は混濁こんだくした。




「目が覚めたでやんすか?」


重いまぶたを開くと、そこにいたのは、

ワニともねこともつかない、

爛々(らんらん)かつ、くりくりとした黄金色の瞳の、青い生き物だった。


「“アガシオン”……」


ぼくは、記憶を手繰り寄せ、もう一度繰り返す。


アガシオン。

実体のない精霊。

尾を引く鬼火のような、魂型の青い使い魔。


目の前で、しゅろん、と垂れていた、

そのいなずま型の触覚が、ぴりり、と立つ。


「そうでやんすよ。我はアガシオン。

 瑠璃の魔女の使い魔にして、

 古今東西ここんとうざい羅針盤らしんばん!!」



“シオと呼ぶでやんす!!”


そう言った、シオ……、

青紫色のおばけをデフォルメしたみたいな体に、

しっぽがあるから、紫尾(しお)――?は、


丸いお腹を自慢げに反らして、

ぷふん、という鼻息をもらした。


「……それはそうと、寝過ぎでやんす。

 一体何時間寝たと思ってるでやんす?

 きっかり2時間と25分も寝るなんて、我がますたーは惰弱でやんすか?

 介抱かいほうする、こっちの身にもなってくれでやんす」


再びぷふん、という謎の空気が鼻にぶつかった。


「2時間半もずっと、ぼくを介抱してくれたの?」


ぼくは小首を傾げて、彼(?)の鼻先をそっとつついた。


「き、気安く触るなでやんす!!」


相当びっくりしたらしく、触覚がびにょん!と立った。


「あと、なぜ大事な点をスルーするでやんす!!

 お前は惰弱だじゃくながらも、我のますたーになったでやんすよ!

 契約の再確認ぐらいするのが、“ぜうしき”でやんす! 」


(……常識と言いたいのかな?)


こてん、と小首を傾げつつ、再び、問いかける。


「つまり、ぼくはあの時、無意識にきみと契約を交わした。

 ――そういうこと?」


「覚えてないでやんすか……。

 まったく、我がますたーは鳥頭でやんすね…」


アガシオンは、ううん、紫尾は、そうため息をつきつつ、語りだした。


「我がますたーは、

 瑠璃るりの魔女より、聖血せいけつ継承けいしょう及び、

 契約の更新を行ったでやんす。


 聖血の継承、つまり聖なる血の力の継承は、

 ますたーがもう少し幼かりし頃、

 瑠璃の魔女より洗礼を受けたとき、しかと成立したでやんす。


 一方、我との主従の契約は、瑠璃の魔女、

 すなわちますたーの母上が、その……」


「――死んだとき、だよね?」



 ぼくは、彼の言葉をさえぎり、続けた。


「ぼくはお母さんの書斎しょさいにあった小瓶を、叩き割った。

 そのなかに封じられていたきみが、

 ぼくが拳から流した血を、よりしろにして契約を結んだ。

 ……そういうことだよね?」



「なんだ、わかってるなら、最初から言えでやんす」


頬をふくらませ、紫尾はまた、ぷふん、をした。


「そこまでわかってるなら、問題はないでやんす。

 ますたーは瑠璃の魔女の使い魔である我と、新たな契約を結んだ。

 契約内容は、もちろん……」


「ぼくが蝋燭ろうそくの灯しびととして、

 お母さんの探しものをみつけるまでのお供、だよね?」


「……言うことを先取りしないでほしいでやんす。

 我の活躍シーンが、なくなるでやんす!!」



ぴしゅん!

触覚が再び、いなずまのようにひらめいた。


「……」


ぼくは、ちいさく俯いた。


(ぼくのたったひとりのお母さんはもういない。

 これからは、ぼくひとりで――……)


「なにを黙りこんでいるでやんすか。

 まったく惰弱はこれだから、でやんす!

 ――さっさと支度したくをして、探しに行くでやんすよ!!」


顔をあげたぼくに、紫尾は言った。


「――母上の、無くしたかけらを!!」

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