第2話 ~アガシオンはかく語りき~
「おいおい、泣くとは何事でやんすか!! 」
慌てたようにしゃべくるその生き物は。
「これだから、今時の子どもは、惰弱で困るのでやんす!! 」
身体の中心からぼんやりと光る、青いたましいは。
「あが、しおん……?」
ぼくは、出血を続ける拳を、力なく下げて問いかけた。
「あッ!……」
驚く声をよそに、意識は混濁した。
「目が覚めたでやんすか?」
重いまぶたを開くと、そこにいたのは、
ワニともねこともつかない、
爛々(らんらん)かつ、くりくりとした黄金色の瞳の、青い生き物だった。
「“アガシオン”……」
ぼくは、記憶を手繰り寄せ、もう一度繰り返す。
アガシオン。
実体のない精霊。
尾を引く鬼火のような、魂型の青い使い魔。
目の前で、しゅろん、と垂れていた、
そのいなずま型の触覚が、ぴりり、と立つ。
「そうでやんすよ。我はアガシオン。
瑠璃の魔女の使い魔にして、
古今東西の羅針盤!!」
“シオと呼ぶでやんす!!”
そう言った、シオ……、
青紫色のおばけをデフォルメしたみたいな体に、
しっぽがあるから、紫尾――?は、
丸いお腹を自慢げに反らして、
ぷふん、という鼻息をもらした。
「……それはそうと、寝過ぎでやんす。
一体何時間寝たと思ってるでやんす?
きっかり2時間と25分も寝るなんて、我がますたーは惰弱でやんすか?
介抱する、こっちの身にもなってくれでやんす」
再びぷふん、という謎の空気が鼻にぶつかった。
「2時間半もずっと、ぼくを介抱してくれたの?」
ぼくは小首を傾げて、彼(?)の鼻先をそっとつついた。
「き、気安く触るなでやんす!!」
相当びっくりしたらしく、触覚がびにょん!と立った。
「あと、なぜ大事な点をスルーするでやんす!!
お前は惰弱ながらも、我のますたーになったでやんすよ!
契約の再確認ぐらいするのが、“ぜうしき”でやんす! 」
(……常識と言いたいのかな?)
こてん、と小首を傾げつつ、再び、問いかける。
「つまり、ぼくはあの時、無意識にきみと契約を交わした。
――そういうこと?」
「覚えてないでやんすか……。
まったく、我がますたーは鳥頭でやんすね…」
アガシオンは、ううん、紫尾は、そうため息をつきつつ、語りだした。
「我がますたーは、
瑠璃の魔女より、聖血の継承及び、
契約の更新を行ったでやんす。
聖血の継承、つまり聖なる血の力の継承は、
ますたーがもう少し幼かりし頃、
瑠璃の魔女より洗礼を受けたとき、しかと成立したでやんす。
一方、我との主従の契約は、瑠璃の魔女、
すなわちますたーの母上が、その……」
「――死んだとき、だよね?」
ぼくは、彼の言葉をさえぎり、続けた。
「ぼくはお母さんの書斎にあった小瓶を、叩き割った。
そのなかに封じられていたきみが、
ぼくが拳から流した血を、よりしろにして契約を結んだ。
……そういうことだよね?」
「なんだ、わかってるなら、最初から言えでやんす」
頬をふくらませ、紫尾はまた、ぷふん、をした。
「そこまでわかってるなら、問題はないでやんす。
ますたーは瑠璃の魔女の使い魔である我と、新たな契約を結んだ。
契約内容は、もちろん……」
「ぼくが蝋燭の灯しびととして、
お母さんの探しものをみつけるまでのお供、だよね?」
「……言うことを先取りしないでほしいでやんす。
我の活躍シーンが、なくなるでやんす!!」
ぴしゅん!
触覚が再び、いなずまのようにひらめいた。
「……」
ぼくは、ちいさく俯いた。
(ぼくのたったひとりのお母さんはもういない。
これからは、ぼくひとりで――……)
「なにを黙りこんでいるでやんすか。
まったく惰弱はこれだから、でやんす!
――さっさと支度をして、探しに行くでやんすよ!!」
顔をあげたぼくに、紫尾は言った。
「――母上の、無くしたかけらを!!」