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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第四章 『リシアンの契約β』 ~ディヴァイン・ビギニング編~
38/51

~いつか咲き誇る花へ~

ぼくの物語をここまで読んでくれたあなたに、

ぼくはささやかな花束を贈ろう。


ピアニッシモ、アンダンテ、アレグロ。


ぼくの指先は、ありし日の旋律せんりつつむぐ。


思い出をなぞるように、あの物語のつづきを、ちょっとだけ教えよう。


そう、紫緒のいなくなった世界のことを――……。




「なんだよー。おれとお前のなっかだろ~?」


放課後の帰り道、そう言い放ったのは、

トオヤ。巽十夜たつみ・とおや


エメラルドのように輝く、大きな緑の瞳に、つんつんした黒髪の、

ぼくより五センチも背の大きい少年だ。


「――え!」


聞き返すぼくは12歳。


ちょうど、ぼくが語ったエンドロールから、半年がたった頃だった。


お義母さん……、

ぼくの遠い親戚しんせきにあたる、

夜宮星乃よるみや・ほしのさんに、

この夜ヶよるがおか中学に復学ふくがくさせてもらって、


リキア――この世界では、ぼくと同い年の、

愛染愛世あいそめ・あいせ”が転校してきて、


たまたま席が隣だった、トオヤに出会って。


ぼくは相変わらず、常闇の世界とこの昼の世界をいったり来たりと、

忙しい日々を送っていた。


それでも、毎日はすごく楽しい。

高等部のグリシーヌ……、

ええと、ヴァイオレットとのお付き合いもその……

順調じゅんちょうだ。


まだキスもできていないのは、うん、頑張ろう。

結構……かなり恥ずかしくて、タイミングを逃し続けているけれど、

時間がなんとかしてくれる、たぶん。


もうちょっと大人にならないと……。

それでグリシーヌをリードする……うん、それだ。


ガン無視で考えこむぼくに、トオヤはぶうたれた。


「なんだよ水臭みずくさいヤツだな~。

 おれとお前は前世からのラヴァー! 

 そういう遠慮えんりょはナシだぜ~っ」


(え、えぇ~?)


一歩下がったぼくに、すすっと近づいて肩を抱いてくるトオヤ。


「お、お前、まさかホ〇……」


ぼくより、さらにひいているリキアがつぶやく。


「なんだよ、いたのかよ愛染あいそめ~」


ぶー! と口をとがらせるトオヤ。


「最初からいただろうが!

 男、お前、まさかリシアン狙いなのか?

 冗談じゃないぞ、ただでさえグリ……、

 ヴァイオレットという女狐めぎつねがいるのに、

 まさか、今後におよんで男まで……」


トオヤのことを、意地いじでも名前で呼ばない気らしいリキアは、

やれやれと不服ふふくそうにしつつ、ぼくをちらっとみやる。


「リシアン、お前なにを目指しているんだ?

 ジゴロか? 天然ジゴロなのか?」


ジゴロ……苦笑するぼくに、トオヤがぷぷっ! と吹き出す。


「意味知ってんのか涙花るいか

 お前……おもしれえ~な。意外! 超意外なんですけど!」


お腹を抱えるトオヤ。

リキアはむっとしながらぼくの手を取る。


「いっとくがリシアンはぼくのものだ! 

 薄汚い男は引っ込んでいるんだな!」


「あっ、なんだよ愛染~! ヤル気かあ?

 いいぞ、受けてたつ!

 “いっとくが”、おれはオンナだろ~と容赦ようしゃはしないぜぇ?

 腕相撲うでずもうでも、くすぐりでも、絶対おれが勝つ!

 あっ、いて! おい、石投げるのは卑怯ひきょうだぞ、

 オンナのくせにきょうぼ……いて! いててっ!」


トオヤはすっかり頭にきたらしいリキアに、小石を投げられまくっている。

だったら、おちょくるようなことしなければいいのに……。


夕暮れの河原沿かわらぞい、ぼくたち三人は笑いながら歩いてゆく。


あの常闇の世界だけでなく、

このげんじつの世界でも、ぼくには友達ができた。


狭かった世界は少しずつ広がり、朝焼けの世界に染まりゆくなかで、

ぼくの胸に生まれでたのは、

ほんの少しのなつかしさと、あふれだすようなさびしさ。


あれから、昼の世界で目覚めたあと、

何度、常闇の世界に戻っても、紫緒に会うことは叶わなかった。


まるで存在ごと抜け落ちたように、足りないピース。


それは、まるで、ぼくを救った代償のように――。


あのとき、確かに崖から落ちたぼく。

前後の記憶はないけれど、

たぶん、あの時ぼくを包んだぬくもりは、きっと紫緒だ。


青紫の使い魔――ぼくの相棒は、昼の世界では、

“篠姫さんを倒した”時だけしか姿を表していない。


まるで、空気中にとけて消えてしまったように、

かすかなにおいのみを残して、いなくなってしまった。


しゃらん、という鈴の音と共に、ぼくは我に返った。


目の前にいるのは、お義母さんの飼い猫、シオンだ。


そういえば、紫緒のことを考えているときだった。

この子が寄ってくるのは。


まるで、ぼくがいる! とばかりに、金貨色の目を爛々とさせながら。


そうすると、急にぼくの記憶は、曖昧あいまいとなって、

苦しいほどの寂しさは、消えてしまう。


そうだね、きみがいる。

――きみはまるで、ぼくの魔法使いだ。


そっとそのビロードのような、青にもみえる背中をでると、

気持ち良さそうに、すりよってくる。


なんだか、嬉しくて、その身体に顔をうずめるように抱きしめた。


紫緒。きみのいなくなった世界では、今日も星がまたたく。


失ったものは取り戻せない。

でも、だからこそ、今ぼくのなかに、そばにあるものが、

まるで奇跡みたいに輝いて、その闇を照らしてくれる。


こっちでやんす、と、まるで月夜のランタンのように。

海原うなばら羅針盤らしんばんのように。


じわり、とき出すしずくは、

柔らかなぬくもりが、やさしく吸い取っていった。


紫緒……もしきみに会えたら、

その時はきみに、二度ととけない魔法を贈ろう。


それは、ぼくのわがままだ。身勝手で、子どもっぽい願いだ。


だけど、きっときみは、こう言うだろう。


『仕方がないやつでやんす。

 ――わかった、これからも、ずっといてやるでやんす。


 その代わり、この契約は破棄不可能はきふかのう

 おまえは死ぬまで、この我と一緒。


 なにせ、おまえときたら、

 まだまだ、ぜんぜん、危なっかしいでやんすからね?』


そう、それがぼくの二番目の願い。

そしてきっと、最後の願いだ。


ぼくの世界は、紫緒ではじまり、紫緒で終わる。


ぼくの最初のあいぼう。最初の友達。


きみは、古今東西の羅針盤、そして世界一の使い魔<アガシオン>。


ぼくの世界を照らす、月夜の道しるべ――。


永遠に歌おう。 きみとの歌を。


それは、こんな晩を照らす、常闇の子守歌。


やさしいゆりかごのなかの、祝福のカンタータ。


ぼくは、将来きっと、この出来事を、

ぼくに訪れたすべての音色を、書き留めるだろう。


その本のタイトルはもう決まっている。


『リシアンの契約』


ほくはその本を、常闇の世界を訪れる、次のぼくに捧げようと思う。


ぼくが、<夜宮涙花よるみや・るいか>が、そうであったように。


次の蝋燭ろうそくの灯しびとは、どんなひとなんだろう。


でもきっと、ぼくと同じ12歳の、青い瞳をした少年だと思う。


ぼくは、いずれ青の王となり、その子の誕生を待つだろう。


真青き清らの花<リシアンサス>は、いつだって、何度だって咲き誇る。


そう、聖なる夜の物語は、何度でも語りがれる。


もしかしたら、その時、紫緒は目覚めるのかもしれない。


次のぼくを、朝焼けに導くために。


その時を心待ちに、ぼくは、ふたつの世界を生き抜く。


特に激しく、時に穏やかな音色に導かれながら。


ぼくはぼくの人生をまっとうする。


たとえその時が訪れなくても、ぼくは絶望なんてしない。


なぜなら、あの日あの時、紫緒に出会えたことが、

あの常闇の世界に導かれたことこそが、

ぼくのなによりの福音ふくいんなのだから。


ふと、空耳が耳をかすめた。


『なにをいっちょまえのことを言っているでやんす。

 惰弱だじゃくがかっこつけてるんじゃないでやんすよ?』


ぼくは、思わず振り返る。


窓の向こう、青紫の煙が、ぷふん、とはじけた。



満点の星がきらきらと、まるでひとつの奇跡のように、瞬いていた。

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