第3話 “セドリック” ~死神の悩み~
「夜宮か。ちょうどよかった。お前を探していた」
出会いがしらにそう言ったのが、
黒の国の軍師、セドウィグさんこと、セドリック・ダークバート先生だ。
「正直、お前のケガなど、どうでもいいんだが……。
しかしお前には借りがあるからな。――こっちに来い。傷をみてやる」
そういって、セドリック先生……、
(ややこしいから、あちらの世界の名前で、呼ぶことにする)
セドウィグさんは診察室に案内してくれた。
「ふむ……まあ、大丈夫だろう」
手慣れた様子で、膝からしたを軽く触診すると、
あっさりと結論を出す。
「本来、このような軽傷など、治療するには及ばない。
……といいたいところだが、暇だからなおしてやろう」
「え……っ!」
お医者さんで、しかも外科医さんって、
ものすごく忙しいんじゃあ……と顔に出ていたんだろう。
「夜ヶ丘病院は、特別な患者のみしか扱わない。よって常に暇だ」
と丁寧に教えてくれた。
「特別な……って、もしかして、ぼくたちみたいに、
あちらの世界にもいる人達ですか……?」
「ああ。<ドリームダイバー>……。
あちらの世界で存在出来る者たちは、そう呼ばれている。
“神に呪われ、女神に愛され、世界に求められし者――”
……まあ、お前は知らなくていい話だ」
そう言って、ぼくの頭を撫でたセドウィグさんは、まるで……。
(お父さん、みたいだ……)
頬が緩んで、赤く染まる音がする。
「……セドウィグさん……」
「それで、手術の話だが、うまくいきそうだ。
もともと、骨一本やられた程度だ。
多少、複雑に折れているため、手術を要するが、心配はない。
おれが腕によりをかけ、完璧になおしてやる……」
なでなで。
ぼくの頭を優しく撫でながら、セドウィグさんは続ける。
ぼくは思わず、とろけそうになる。
セドウィグさんが、僕のお父さんだったらいいのに……。
たまらなくなって、思わず微笑んだときだった。
「……まあ私怨で、多少、痛くすることはあるかもしれんがな」
「え……っ」
急にぼくの笑みがひっこむ。
気のせいか、周りの温度が2℃ほど下がった気がする。
いや、2℃どころじゃない……!
冷え冷えとした外気のなか、
ぼくは頬につたう冷たい汗を感じた。
――いや。きっと聞き違いだ。うん、そうだ。
「……も、もう一度伺っても……?」
喉が張り付くように渇き、ぼくは思わず、敬語で話していた。
「最近、メイサがお前のことばかり話しているのだ」
え……っっ。
さらに初耳だ。
でも、それって……。
「こんなガキにまで、嫉妬するのか、と思っているだろう」
「いや、そんな……」
「そう顔に書いてある。まあ自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うがな。
正直、あの女が他の男に笑いかけるだけで、
くだらん劣情が湧き出てくる。
いっそ鳥籠に囲ってしまおうかと、
本気で思っているぐらいだ」
そう、皮肉気に笑うセドウィグさん。
普通にこわい……、
さすがに引き気味のぼくに、セドウィグさんは言った。
「――冗談だ。」
(……えーーっ……。)
更に一歩下がったぼくに、セドウィグさんは一歩つめてきた。
もう一歩下がると、
人を殺しそうなものすごい眼光で、2歩つめてくる。
「……ひゃっ……」
手を掴まれそうだ……!
思わず悲鳴をあげかけると、
「こらセディー、子どもをいじめるなといつも言ってるだろう!」
と慌てて現れたのは、まさに本人――メイサさんだった。
「いじめてるつもりはなかったのだがな」
ぱっと手を引っ込めて、シニカルに笑むセドウィグさん。
「――嘘だ。人さらいのような、目つきだったぞ」
「心外だな。おれはちょっと遊んでやろうとしていただけだ」
「あなたがやると、そうは見えないのだ。
実際、どの子も怯えて、泣き出しているじゃないか」
「そんなつもりはないのだがな」
「せめて、笑いかけてやってくれないか。
その目つきが怖いと、こちらに苦情も届いているぞ」
「……こうか?」
ニヤリ……と歯をみせて笑ったセドウィグさんに、
ぼくはさらにびくっ、とする。
すごくこわい。
まるで子どもたちを補食する野獣か、
手負いかつ、空腹のオオカミみたいだ。
「……わたしが間違っていた。
今すぐやめてくれ。さらに犯罪度が増したぞ」
「……酷い言いぐさだな」
確かにちょっとひどい。
でもえーっと……さすがに、訂正しようがない……。
お医者さんがこんなんで、大丈夫なんだろうか……。
いらぬ心配をしてしまうぼくに、メイサさんは、
「腕は良いのだがな。腕だけは」と肩をすくめた。
「――言うな。今夜は覚悟していろ」
「……ひゃっ! 子どもの前で何を言っているんだ! まだ昼間だぞっ!」
耳まで赤く染めたメイサさんと、
「どうせわからんだろうが」
と、悪びれる様子がまったくない、セドウィグさん。
美女と野獣ってこういうことを言うのかな……。
セドウィグさんも、顔立ちはかなり整っているのに……。
もったいない、とぼくは少し、しょっぱい気持ちになる。
無駄のない体つきに、端正な顔。
どちらも、ギリシャ彫刻みたいに完璧だ。
控えめに言っても、普通だったら美男子のはずなのに。
尋常ではない、目つきの悪さと、危ない言動のせいで、
すべてがマイナスベクトルになっているというか……。
「わかるに決まっているだろうが!
今時の子どもは早熟なのだぞ!」
「お前は気にしすぎだ」
「あなたが気にしなさすぎなのだっ!」
気がつくと、すっかりふたりの世界で、
仲良く痴話喧嘩をしていたので、
いたたまれなくなったぼくは、そっと廊下を後にした――。




