第2話 “愛染” “ヴァイオレット” ~喧騒に燐光~
「ここが、カラオケ……」
どきどきしながら、店内を眺める。
シャカシャカ、といくつもの音が聞こえてくる。
「なんだ、お前、カラオケもしらないのか?」
「……うん。聞いたことはあるんだけど、来るのははじめて。
そうかあ……。ここで、色んな歌が歌えるんだね……!」
受付のお姉さんの、微笑ましそうな表情には気がつかず、
ぼくはちょっぴり、ハイになっていた。
いそいそと個室に入り、一曲めはリキアが歌う。
「♪~」
うわ。音の洪水が、リキアの口からあふれだす。
せまい個室は、もうリキアの世界だ。
ビブラート、ファルセット。
儚く力強い声は、天上を撃ち落とすように、
その石弓を放つ……(?)
すごい……うまいとか、そういうレベルじゃない。
美声につぐ美声。ああ、耳がとろけそうだ――!!
ひょっとしてリキアって、歌だけで生きていけるんじゃないか。
歌のことはまるで知らないぼくだけど、これだけはわかる。
リキアこそ、天性の歌姫だ――!
ぼくは痛いほど手を打つ。
「すごい、すごいよリキア!! どうしたらそんな風に歌えるの!?」
「……な、なんだお前、絶賛だな……。
まあ、ぼくだからな! 聞きほれるのも仕方ないなっ!」
リキアは、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「さあ次だ。お前の好きな歌を歌え。ぼくが聴いてやる」
「……あっ。曲入れてなかった……あれ、これどうやって入力……」
もたもたしているぼくの手に、リキアが触れる。
―
―え?!
びっくりした。なんてすべらかなんだろう。
うわ、指、細い。白魚みたいに綺麗で、きめが細かくて……。
「……ここはこうで……なんだお前、ぼくの手になんかついてるか?」
「……っ! いや、ううんっ? さあ、歌うぞー!!
うわ~、どきどきするねー! ぼくあんまり歌ったことないんだっっ!」
「……? ずいぶんはしゃぐな、お前。
そんなに、ぼくとカラオケできて、嬉しいのか?」
……ほっ。なんとかごまかせた……(?)
その後。
「……ぷっ、なんだお前……っ! くくっ……音外しすぎだぞ……っ!」
横でリキアが、ひーひーお腹を抱えて笑っているので、
ぼくはすっかり、歌う気力をなくしてしまった。
「……も、もういいよ……」
恥ずかしい。全身が沸騰しそうだ。
「ばかだなお前……ここは、マイクをこう持って、姿勢はだな……」
ぼくの後ろから、リキアの手が伸びる。
どきん――……。
リキアの胸と、ぼくの背中が、音もなく密着する。
「……り、リキア……」
そうだ。すっかり忘れていたけど、リキアはれっきとした女の子なのだ。
口調も服装も男っぽいから、意識していなかった。
だけど……。
「ふふん。ぼくの真似をしていれば、完璧に歌えるようになるぞ!
まあ、ぼくほどのヒトカラマスターになれば、
コーチも造作ないことだからなっ!」
得意げなリキアに、ぼくは問いかける。
「ヒトカラ……?」
「ひとりでカラオケすることだ! なんだお前、そんなことも……」
はっ。リキアの動作が止まる。
「……リキア、もしかして……」
「そっ……。そんなわけないだろう? ぼくだぞ?
この素晴らしいぼくに、友達がいないとか、
そんなわけないに決まってるじゃないか。
まったくお前というやつは、
まったく呆れた阿呆だなっ?」
まったくを連呼しながら、
ふふん、とふんぞり返るリキアに、ぼくは首を傾げて、
「……そう? まあ、それならいいんだけど……」
思ったことを言う。
「……でも、なんか吹っ切れたみたいでよかった」
「そうか?」
「うん、今のリキアのほうがすきだよ」
「……っ! ……ふん、当たり前だろう? このぼくだからな!!」
なぜか、ちょこっと頬を赤くしたリキアは、また胸をはった。
楽しい時間は過ぎてゆく……。
「リシアン。帰ってきたのか。……まあこれでも飲め。
さっき、お前がトイレ入ってる間にぼくが……、
いや、カラオケ店員の女が運んできたオレンジジュースだ!!
「……えっ?」
いつの間に。 そしてなぜ説明口調なの?
……まあいいか。
「ありがとうリキア、ちょうど、喉乾いてたんだ」
ごくっごくっ。喉に染み渡る、爽やかな柑橘の味……。
「……あ、れっ……?」
なんかくらくらしてきた……味、なんかへん……?
「……ふふっ、油断しすぎだ、リシアン。
このぼくをなめていただろう?
ぼくは目的のためなら、手段を選ばない……」
「り、リキア……」
なんでいきなりシャツをはだけさせて……。
――!!
ちょっと、胸が、ブラジャーみえてる!
ここは女子更衣室じゃ……。
「ちょっと待ったあぁあーー!!」
あれ、グリシーヌの声が……?
そこでぼくの記憶は途切れた……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふん、なんだ慌ててきて。
お前はヒーローかなにかのつもりか?」
「ヒーローじゃなくて、ヒロインと言って欲しいわね。
それにしてもいきなりリシアンを襲うとかなんなの?
あんたは野獣?」
「それこそ、美女と言って欲しいものだな。
ぼくの美しさに、お前がかなうとでも?」
「はん。とんだナルシストね。
あんたなんか男みたいな容姿だったくせに、
なに色気づいてブラとかつけてるわけ? 痴女なの?」
「つけてないほうが犯罪だろう。
こうみえてもぼくは、脱ぐとすごいぞ?
お前こそ、寄せてあげてるんじゃないか? この詐欺チチ女」
「――言ってくれるわね。
だったらみせてもらおうじゃないの、自慢のその胸を!」
「言ったな。そういうからには、お前にも脱いでもらおうか。
まあどうせたいしたことないだろうがな?」
「……なんですって……!?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ん、う……」
あれ、ぼく、意識失ってた……?
がばりと起きたぼくがみたものは……。
「「あ」」
お互いに下着姿になって、胸を触りあっている、
リキアとグリシーヌだった……。
「っっ……、キャーーー!!」
涙目になったグリシーヌの、つんざくような叫び声がこだました……。
「……っキャー、キャーーー!! キャーーーーっ!!!」
「なんだリシアン、今頃起きたのか。
この酒池肉林の世界へようこそ。
さあ、お前も脱げ!! 」
「あんたは話をややこしくするなー!!」
服で胸を隠しながら、ばふん、とグリシーヌのクッション攻撃が発動する。
「……えーーっと……」
ぼくは退場したほうがいいのだろうか。
まあ、でも……。
頬を紅潮させながらリキアにくってかかるグリシーヌと、
なにが面白いのか、笑いだすリキア。
ふたりとも、元気でよかった。
お互いにまだ険はあるけど、
意外と、うまくやっていけそうな気がする。
言いたいことをぶちまけて、お互いにぶつかりあう。
その姿は、あちらの世界のふたりより、よっぽど輝いてみえた。
グリシーヌ――いや、フリージア<自由の花>。
――ぼくのあげた名前は、きっと、今もきみのなかで生きていて。
リキア<愛染>。
――きみは、呪いを捨てて、正しくひとと関わることを、知ったんだ。
願わくば、このしあわせな時が、いつまでも続きますように……。
そんなささやかな想いは、にぎやかな喧騒にとけて、
きらきらと輝きながら、消えていった……。




