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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第三章 『リシアンの契約α』 ~アフター・エンドロール編~
32/51

第2話 “愛染” “ヴァイオレット” ~喧騒に燐光~

「ここが、カラオケ……」


どきどきしながら、店内をながめる。

シャカシャカ、といくつもの音が聞こえてくる。


「なんだ、お前、カラオケもしらないのか?」


「……うん。聞いたことはあるんだけど、来るのははじめて。

 そうかあ……。ここで、色んな歌が歌えるんだね……!」


受付のお姉さんの、微笑ほほえましそうな表情には気がつかず、

ぼくはちょっぴり、ハイになっていた。


いそいそと個室に入り、一曲めはリキアが歌う。


「♪~」


うわ。音の洪水こうずいが、リキアの口からあふれだす。

せまい個室は、もうリキアの世界だ。


ビブラート、ファルセット。

儚く力強い声は、天上てんじょうを撃ち落とすように、

その石弓いしゆみを放つ……(?)


すごい……うまいとか、そういうレベルじゃない。

美声につぐ美声。ああ、耳がとろけそうだ――!!


ひょっとしてリキアって、歌だけで生きていけるんじゃないか。

歌のことはまるで知らないぼくだけど、これだけはわかる。

リキアこそ、天性てんせいの歌姫だ――!


ぼくは痛いほど手を打つ。


「すごい、すごいよリキア!! どうしたらそんな風に歌えるの!?」


「……な、なんだお前、絶賛ぜっさんだな……。

 まあ、ぼくだからな! 聞きほれるのも仕方ないなっ!」


リキアは、めちゃくちゃ嬉しそうだ。


「さあ次だ。お前の好きな歌を歌え。ぼくが聴いてやる」


「……あっ。曲入れてなかった……あれ、これどうやって入力……」


もたもたしているぼくの手に、リキアが触れる。

―え?!


びっくりした。なんてすべらかなんだろう。

うわ、指、細い。白魚しらうおみたいに綺麗で、きめが細かくて……。


「……ここはこうで……なんだお前、ぼくの手になんかついてるか?」


「……っ! いや、ううんっ? さあ、歌うぞー!!

 うわ~、どきどきするねー! ぼくあんまり歌ったことないんだっっ!」


「……? ずいぶんはしゃぐな、お前。

 そんなに、ぼくとカラオケできて、嬉しいのか?」


……ほっ。なんとかごまかせた……(?)



その後。



「……ぷっ、なんだお前……っ! くくっ……音外しすぎだぞ……っ!」


横でリキアが、ひーひーお腹を抱えて笑っているので、

ぼくはすっかり、歌う気力をなくしてしまった。


「……も、もういいよ……」


恥ずかしい。全身が沸騰ふっとうしそうだ。


「ばかだなお前……ここは、マイクをこう持って、姿勢はだな……」


ぼくの後ろから、リキアの手が伸びる。

どきん――……。

リキアの胸と、ぼくの背中が、音もなく密着みっちゃくする。


「……り、リキア……」


そうだ。すっかり忘れていたけど、リキアはれっきとした女の子なのだ。

口調も服装も男っぽいから、意識していなかった。

だけど……。


「ふふん。ぼくの真似まねをしていれば、完璧に歌えるようになるぞ!

 まあ、ぼくほどのヒトカラマスターになれば、

 コーチも造作ぞうさないことだからなっ!」


得意げなリキアに、ぼくは問いかける。


「ヒトカラ……?」


「ひとりでカラオケすることだ! なんだお前、そんなことも……」


はっ。リキアの動作が止まる。


「……リキア、もしかして……」


「そっ……。そんなわけないだろう? ぼくだぞ?

 この素晴すばらしいぼくに、友達がいないとか、

 そんなわけないに決まってるじゃないか。

 まったくお前というやつは、

 まったくあきれた阿呆あほうだなっ?」


まったくを連呼れんこしながら、

ふふん、とふんぞり返るリキアに、ぼくは首を傾げて、


「……そう? まあ、それならいいんだけど……」


思ったことを言う。


「……でも、なんか吹っ切れたみたいでよかった」


「そうか?」


「うん、今のリキアのほうがすきだよ」


「……っ! ……ふん、当たり前だろう? このぼくだからな!!」


なぜか、ちょこっと頬を赤くしたリキアは、また胸をはった。

 



楽しい時間は過ぎてゆく……。




「リシアン。帰ってきたのか。……まあこれでも飲め。

 さっき、お前がトイレ入ってる間にぼくが……、

 いや、カラオケ店員の女が運んできたオレンジジュースだ!!


「……えっ?」


いつの間に。 そしてなぜ説明口調なの?


……まあいいか。


「ありがとうリキア、ちょうど、喉乾いてたんだ」


ごくっごくっ。喉に染み渡る、爽やかな柑橘かんきつの味……。


「……あ、れっ……?」


なんかくらくらしてきた……味、なんかへん……?


「……ふふっ、油断ゆだんしすぎだ、リシアン。

 このぼくをなめていただろう?

 ぼくは目的のためなら、手段を選ばない……」


「り、リキア……」


なんでいきなりシャツをはだけさせて……。

――!!

ちょっと、胸が、ブラジャーみえてる!

ここは女子更衣室じょしこういしつじゃ……。



「ちょっと待ったあぁあーー!!」


あれ、グリシーヌの声が……?


そこでぼくの記憶は途切とぎれた……。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ふん、なんだあわててきて。

 お前はヒーローかなにかのつもりか?」


「ヒーローじゃなくて、ヒロインと言って欲しいわね。

 それにしてもいきなりリシアンを襲うとかなんなの?

 あんたは野獣?」


「それこそ、美女と言って欲しいものだな。

 ぼくの美しさに、お前がかなうとでも?」


「はん。とんだナルシストね。

 あんたなんか男みたいな容姿だったくせに、

 なに色気づいてブラとかつけてるわけ? 痴女ちじょなの?」


「つけてないほうが犯罪だろう。

 こうみえてもぼくは、脱ぐとすごいぞ?

 お前こそ、寄せてあげてるんじゃないか? この詐欺さぎチチ女」


「――言ってくれるわね。

 だったらみせてもらおうじゃないの、自慢のその胸を!」


「言ったな。そういうからには、お前にも脱いでもらおうか。

 まあどうせたいしたことないだろうがな?」


「……なんですって……!?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……ん、う……」


あれ、ぼく、意識失ってた……?


がばりと起きたぼくがみたものは……。


「「あ」」


お互いに下着姿になって、胸を触りあっている、

リキアとグリシーヌだった……。



「っっ……、キャーーー!!」


涙目になったグリシーヌの、つんざくような叫び声がこだました……。




「……っキャー、キャーーー!! キャーーーーっ!!!」


「なんだリシアン、今頃起きたのか。

 この酒池肉林しゅちにくりんの世界へようこそ。

 さあ、お前も脱げ!! 」


「あんたは話をややこしくするなー!!」


服で胸を隠しながら、ばふん、とグリシーヌのクッション攻撃が発動する。


「……えーーっと……」


ぼくは退場したほうがいいのだろうか。


まあ、でも……。


頬を紅潮こうちょうさせながらリキアにくってかかるグリシーヌと、

なにが面白いのか、笑いだすリキア。


ふたりとも、元気でよかった。

お互いにまだけんはあるけど、

意外と、うまくやっていけそうな気がする。


言いたいことをぶちまけて、お互いにぶつかりあう。


その姿は、あちらの世界のふたりより、よっぽど輝いてみえた。


グリシーヌ――いや、フリージア<自由の花>。

――ぼくのあげた名前は、きっと、今もきみのなかで生きていて。


リキア<愛染>。

――きみは、呪いを捨てて、正しくひとと関わることを、知ったんだ。


願わくば、このしあわせな時が、いつまでも続きますように……。


そんなささやかな想いは、にぎやかな喧騒けんそうにとけて、

きらきらと輝きながら、消えていった……。



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