第1話 “愛染” ~幸せの花は咲く~
「――リシアン! 」
「…うわ!」
突然の声に振り向いた瞬間、誰かが抱きついてきた!
「――なんだお前、ぼくに会いに来たのか!」
そういって、嬉しそうににっこり笑ったのは――。
絹のような白髪に、灰ががかった青の瞳。
陶磁器のように滑らかできれいな肌――。
――もしかしなくても、リキアだった。
(ええ、え?)
ぼくは混乱する。――リキアがなんでここに?
いやそもそも、リキアってこんなキャラだったっけ?
「――ふふ、言わなくてもわかってるんだからな! 可愛いやつだ!」
そう言って、ぐりぐり、とぼくの頭に頬ずりするリキア。
びっくりしすぎて口を開いたり閉じたりするぼくに、
彼女は、うむ、とうなずいた。
「――そうだろう! 久しぶりだからな!
――うん、なんだ?
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして?
――ああ、そうか、説明がまだだったな。
ぼくは、常闇の世界の過去で、ルキウスの妹として生まれ、
仲睦まじく、平穏な日々を過ごした。
篠姫は相変わらず、気に食わなかったけどな。
……でも、ぼくはそれなりに幸せだったぞ!」
それなりに、と口では言ったものの、
ほんとうに嬉しそうに、甘い笑顔をはじけさせたリキアに、
ぼくは不覚にも、どきん、としてしまった。
同時に、花の蜜のような香りが、ふわりと漂ってきて……。
――あ、あれ? リキアって、こんなに可愛いかったっけ――?!
「……? でもきみ、なんで生きて――」
確か、無事、天寿をまっとうしたとか、
篠姫さんは言っていたような――。
「なんでとはなんだ? ぼくが生きてちゃ悪いのか?」
「……い、いや、とんでもないよ! ……そんなんじゃなくて……」
ただ、心配だった。
あれほどぼくや、お兄さんを憎んでいたリキアが、幸せに暮らせたのか。
それだけが、すごく、気がかりだったんだ――。
「……まあ、いいけどな?
どうせぼくは、嫌われて当然のことをしたわけだから。
……でも、お前が望むなら……」
言って、急にもじもじとしたじたリキア。
「――? リキア、トイレ?」
「――そんなわけないだろ!! まったくお前はデリカシーがないな!
せっかく、このぼくが、転生してまで会いに来たのに!!」
いきなり怒りだすリキアに、ぼくはまた動揺する。
「――転生?!」
「――ああ。
そもそも、こちらとあちらの世界の定義は、そんなには変わらないんだ。
まちまちだが、色々なやつが生きたり死んだり、生まれ変わったり。
お前みたいに、あちらとこちらを行き来したりできるやつも、
ちらほらいるみたいだな。
――まあ、もちろん、こっちでは、
12王なんて制度もないし、魔法ひとつ使えないけどな――」
「……いや、魔法は……あるよ」
「――なにか言ったか?」
「ううん、なんでもない。ただ、よかったなって」
この世界にもう、あんな風な呪いはないのだ――。
――でも、魔法まで、なくなったわけじゃない――。
ぼくはあの時、確かに紫緒を呼び出し、
超常の力を使った。
もちろん、一回限りの反則技だったけれど――。
リクさんが教えてくれた。
琥珀の機械王である彼の、新しい発想と指先が、
ひとつの魔法となったように……。
きっと、この世界でも、ぼくらにできることはある。
予想でしかない。ちゃんとした根拠はない。
でも、ぼくはそう信じたい……。
この世界にも、魔法は存在すると。
ぼくは、想像する。
あの世界はきっと、この世界のすべてを符号化した世界。
あの世界での呪いは、
この世界でぼくたちの生まれもった因果の証で、
あの世界の魔法もまた、
この世界でぼくらが授かった祝福を、わかりやすくしたもの――。
ならば、ぼくのすべきことは……。
思索にふけりかけたぼくに、
リキアは、驚くほど明るい笑顔で言った。
「じゃあ、カラオケ行くぞ、リシアン!
ちょうどまったくもって偶然、割引クーポンが手に入ったんだ!」
「……え?!」
リキアとカラオケ?!
「なんだ? 嫌とは言わせないぞ?
これでも、今まで、色々と我慢してきたんだ。
そのツケは払ってもらうぞ」
「……う……っ。」
そう言われると弱い。
ぼくはあちらの世界で、幾度となく、
リキアに余計なお節介をしている。
上から目線で何様だ! とか思われてても、ぜんぜんおかしくない。
あの時はただ、リキアを救いたい一心で……。
そう、後先考えず、情熱のまま、突っ走っていたのだった。
「……ぼ、ぼくでよければ……」
要するに、全面敗訴だった――。




