第5話 ~新年は触らぬ神にたたりなし~ <後編>~
なんで、わたしは泣いているのだ……?
こんなこと、なんてことないじゃないか。
もともとわたしは王で、セドウィグは軍師。
身分違いなのも、お門違いなのも、当然で。
わたしのような女らしさのかけらもない、
つまらない女が飽きられるのも、当たり前のことだろう?
いつからわたしは、こんな思いあがった、面倒くさい女になったのだ?
「……ふ……っ……」
しかし、いくらこすっても、涙は止まらない。
まるで壊れた機械のように、
わたしはなんども溢れつづける涙を拭い続けた。
「……ハァ……」
セドウィグのため息が聞こえる。
びくり、と怯えたわたしに、降った言葉は。
「お前は、何度言わせれば気が済むのだ……」
ふわり。セドウィグの手が伸びて、強く抱きしめられる。
「お前はおれのものだ。
お前を手にするために、一体どれほど苦労したと思っている?
もう二度と、あんな七面倒くさいことはごめんだ。
お前が泣いて嫌がろうが、おれはもう、二度とお前を手放すまいよ……」
そんなことをするぐらいなら、いっそ潔く死んでやる――。
そういったセドウィグの顔はみえない。
だが、その両腕は痛いほど主張する。
ぎしり、と鳴るほどのきつい包容に、わたしはもうひとしずく涙をこぼす。
「……痛いぞ、セドウィグ……」
わたしの声を知らないふりして、いっそう固く抱きしめられる。
本格的に痛い。
まっとうな娘なら、悲鳴をあげているレベルの腕力だ。
だが、おかげでわたしの目は覚めた。
セドウィグ。
あなたはいつも大事なことを口にしない。
それでいて、言ったつもりでいる。
だが、あなたが言わないのは、
面倒くさいとか、恥ずかしいとか、そういうくだらない理由ではなく……。
あまりに強い感情に、わたしが壊れてしまわないよう、
蓋をしていてくれたのだろう?
あふれる激情に、わたしを溺れさせ、
強い束縛にわたしの翼をもいでしまわないよう、
大切に、大切に――。
ああ――。
戦いしか知らないのは、わたしだけではなかったのだな……。
あなたはいつだって、加減をしらない。
壊れものを扱うような、器用なことなど、ほとんどできやしない。
ただ、全力で愛し、全身で己をぶつける……。
でも、わたしだってそうなのだ。
戦いにあけくれ、剣を振るすべのみ上達するばかりで、
赤子ひとつ、あやせやしない。
いつだって不安で、途方にくれることばかりだ。
うまく愛すすべも、愛されるすべも知らないわたしたちは、
もどかしいほどに不器用に、
まるで足りないピースをかき集めるように、相手を抱きしめる。
いっそおかしいほどに、夢中になって、口づけする。
だが、そんなあなたが愛しいのは、
そんなあなたを愛せて、泣きたいほど嬉しいのは……。
ひょっとしたら。
わたしだけでは、なかったのかもしれない……。
不意にこみ上げたのは、あふれんばかりの愛おしさと、
胸を叩くような勇気だった。
「セディー……。わたしはがんばるぞ。
あなたにふさわしい、女らしく、巨乳の女になる。
アンナほどとはいかないかもしれないが、
今にDカップ、いやEカップぐらいになってみせる」
だから、待っていてくれ……。
そう囁いたわたしに、セドウィグは、ふっ、とわたしの体を離した。
(――あ……)
もしかして、キスされる……?
――べちんっ!!
「……いっ……?!」
額をしたたかに弾かれ、わたしは思わず声をもらした。
「あほか。まさかお前、先日のおれの話を、盗み聞きしていたな?」
「う……っ、盗み聞きではないぞ、
たまたま、偶然、耳に入ってしまったのだっ」
「確かにおれは巨乳が好きだが……、
それはあくまで嗜好の話でしかない。
おれが好きなのはお前だ。
とうに定員は一杯、
この先、一生、おれはお前以外、愛する気はない」
え……っ!
なんだ、じゃあ、わたしはひとりで勘違いして……。
悩んで、じたばた、うじうじと、いらぬ心配をしていたのか……。
「……まったくお前は……」
首をふったセドウィグは、俯いた。
「セドウィグ……?」
「――ならば、おれが、もんでやるから問題はないな……?」
くっくっく。
地の底から響いてくるような笑い声。
あ、これはやばい。
わたしは、ふらつきながら距離を取る。
「逃げても無駄だ」
手を取られ、尻餅をつく。
「いっただろう? 泣いても離さないと。
どこまで逃げようと、地獄の番犬・ケルベロスのごとく、
地の果てまで追いかけてやるとな……!」
「いや、そんなことは聞いてないぞっ!
ちょ……ひゃっ、この……! だからあなたは嫌なのだーっ!!」
わたしの悲鳴がこだまするのも、時間の問題だった。
今日の教訓:けしてセドウィグの前で泣いたり、
むやみに刺激したり、ましてや告白させてはならない。
※絶対後で美味しく食べられ、
翌日の公務に支障が出るため……(がくり)。
~fin.~




