第4話 ~新年は触らぬ神にたたりなし~ <前編>
ある日のことだった。
風は冷たくも、麗らかな日差しが降りそそぐ、午後。
わたしは親愛なる軍師セドウィグや、
我が騎士団の誉れ高き兵士たちと共に、
つかの間の休暇をとっていた。
いくら多忙とはいえ、過ぎた疲労は毒となり、
全体のパフォーマンスを著しく鈍らせる。
そうなっては本末転倒だ。
――ということで、年に数度、こうして自国で、
まとまった休みを満喫するのも、
我が民の仕事で、権利である。
特に、今は年末だ。
輝かしい新年を迎えるために、
せめて今だけは、家族とゆっくり団欒して欲しい。
わたしは日ごとに増えゆく責務に後ろ髪ひかれつつも、
部下や兵士達一同の、愛あるバッシングにより、
半強制的に仕事を休まされていた。
それでも、溜まった事務作業ぐらいやる、
というわがままを聞かせてもらい、
(ただし、王でなければ書けない重要書類を除き、
ほとんどは、部下が無理やり奪いとっていった)
わたしは久々に、のんびりとした日常を過ごしていた。
そんな時である。
セドウィグとメイド達が、
愉快に談笑しているのをみかけてしまったのは。
あのセドウィグが、他人と親しげに話している……!
わたしは驚きに、思わず聞き耳を立てた。
「……まあ、それではセドウィグさまは巨乳派なんですのね?
わたくしなんかどうです?」
「冗談は、その胸だけにしておけ。おれは……以外興味はない」
なんだと……! セディーが、巨乳以外に興味がないだって…!?
知らなかった。彼の恋人を自認しておきながら……。
しかも、胸、胸だと……?
わたしは、自分の胸をそっと確かめる。
……小さい。両手で包んでしまえそうだ。
そう、わたしはいまだCカップなのだ。
背ばかり大きいくせに、とんでもない貧乳……。
ずーん、と落ち込みかけたわたしだが、すぐに思いなおす。
小さければ、大きくすればいいのだ……!
手始めに、メイドのなかでも一番の巨乳(Gカップ)かつ、
器量よしで有名な、アンナのもとへと向かった。
「あら! まあまあ……!
メイサさまが、そのようなことをおっしゃるなんて」
「む……そんなに意外だろうか……」
「くすくす……すみません。
……ですが、さすがは、わたくしたちのメイサさまですわ。
いつまでたっても、お可愛いらしい」
「む……」
にっこり。
からかわれたようで赤面するわたしに、
アンナは、いつものたおやかな笑顔を浮かべた。
「そのままのメイサさまが一番素敵だと、わたくしは思いますわ」
「そ、そうだろうか……ありがとう。そう言ってもらえるとほっとするな」
「いえいえ……わたくしでよければ、なんでもご相談に乗りますわ」
蜂蜜のように甘いその笑顔に、
わたしは大いに癒やされたのだった。
次に向かったのは、少々性格に癖はあるが、
有能かつ、Fカップのメイド、ジョゼフィーヌ。
「……あら? メイサさまではありませんの。ごきげんよう。
……え、胸? なんてことをおっしゃるんです?
大きさより形ですわ。
メイサさんの慎ましく美しい、
お椀型の完璧なお胸こそ、皆の憧れ。
くだらん男の妄言など、聞き流してしまえばいいのですわ」
「そ、そうか……」
なぜだか、やたらと細かい賛辞にちょっとひきつつ、
わたしは思いなおす。
「いや、しかし、今後のことを思うと、
もう少し大きくても、いいような気がするな……」
「あらまあ。お熱いことで……。私の失言でしたわ。
どうかさらりと、聞き流してくださいませ。
ちなみに後日、じっくりと詳細を聞かせてくださいませね?」
にまり。
いたずらっぽく微笑む彼女に、やはりわたしは赤面する。
「う、うむ……すまないな。
ありがとう。少し前向きに考えられそうだ」
とは言ったものの、2連続で笑われてしまった。
やはり、柄ではないのだろうか……。
これで最後にしよう、と向かったのは、メイドのなかでも最年少だが、
よく気がきくことに定評のある、
ジュリアンヌ(Eカップ)のもとだった。
「……え! わたしですか?
わたしではあまり、参考にならないような……!」
頬を染め、あせあせと、手をぱたぱたする様子は、
思わずくらくらするほど、可愛いらしい。
「そんなことはないぞ。
ジュリアンヌは、わたしよりツーサイズは大きいだろう?
その若さで、それだけのボリュームは充分すごいと思うのだ。
もしかして、なにか秘訣があるのか……?」
ついでに、その女子力も分けて欲しい……!
とまでは、さすがに言えなかったが。
さすがに、3連続でくすくす笑われるのは勘弁である。
悪気がないことは充分にわかっているのだが、
やはり気恥ずかしいものがある。
おかげで、ちょっとすがるような口調になってしまった。
「とんでもないです!
でも、ええと……あっ、
ミルクとストレッチが効果的だとは、よく聞きますわ」
わたしも、朝と寝る前に、必ずミルクを飲んでいるんです。
と照れながら、はにかむジュリアンヌ。
「確かに、ミルクは効くらしいな。
ストレッチか……剣の稽古は常にしているのだが……。
祭事用の剣舞も、毎日舞っているしな。
なにか、特別なストレッチが必要なのだろうか……」
ふむ、と考えこむわたしに、ジュリアンヌはぽん、と手を叩く。
「ああ、そうですわ!
今、わたしたちの間で、流行っているストレッチがありますの。
簡単で、しかも、よく効くと評判なんですよ!」
「……そうか! その答えが聞きたかったのだ。
ありがとう、ジュリアンヌ! これでなんとかなりそうだ!」
嬉しくて思わず顔をほころばせたわたしに、
ジュリアンヌは、なぜか真っ赤な顔で、こくこくとうなずいていた。
公務終了。自室に戻ったわたしは、さっそくそれを試してみる。
ええと……まず、四つんばいになる。
さらに両手を伸ばし、胸を床方向にしならせるように伸ばし……、
お尻を後ろに引き、高く突き出す……。
こ、これはなんというか、間違っても人前ではできんな……。
恥ずかしがりつつ、3セットほど行ったところだった。
「……なにをしている」
背後から聞こえたのは、いつものぞくっとするほどの低音。
「せ、セドウィグ!
あなたこそいきなりなんだ! ノックぐらいしろっ!」
おかげで胸は、ばくばく!と早鐘を打ってしまう。
「――したのだが。やはり最近のお前は、腑抜けているな。
それでも、この国の王か?」
「……む。確かに最近は刺客の気配もないし、
スパイのにおいもしない。
あなたのいう通り、少し油断していたかもしれないな」
むろん、これが部外者や悪意を持つ者、並びに身内の中の裏切り者なら、
わたしの“心眼”で、
即座に勘付いている。
まがりなきにも、黒の神と契約した騎士王。
戦と陰謀には、めっぽう強いのだ。
だが、白の国に敗北したのは、ひとえにわたしの力不足。
本来なら、国民に愛想を尽かされて当然なのである。
しょぼん、としたわたしの頭を、わし、となで、セドウィグは言う。
「――で、そのポーズはなんだ?」
「……はっ」
かあっとなりつつ、慌てて姿勢を正す。
元のポーズのままだった!
あまりに動揺しすぎて、色々とおかしいぞ!!
「いや、なんでもないのだ、なんでも……」
彼の前では、どうもわたしは駄目だ。
帝王学も、王としてのプライドもなにもかも吹っ飛び、
勝手に舞い上がって、阿呆なことばかりやってしまう……。
「なんでもないことをやるような、お前ではあるまい?
それに、その型……若い娘の間で流行っているとかいう、新しい……」
びくっ。
「――ダイエット法だろう?
お前ダイエットは成功したと言っていたくせに、
それ以上ガリ痩せする気か?
その貧相な胸が更に貧相になる前に、
やめてほしいものだな」
「ひ……貧相……」
わたしは涙目になる。
(……やはり、わたしでは不満なのだな、セドウィグ……。
こんな女らしさのかけらもない性格と、この胸では仕方ないか……)
「すまない、セドウィグ……わたしときたら、慢心していた。
やはり、あなたに相応しいのはアンナのような、
器量よしの女なのかもしれない……」
「お前……?」
セドウィグが、次の言葉を述べる前に、わたしは言った。
「いや、それ以上言うな! わかっているんだ。
わたしではあなたに釣り合わない……わたしは、わたしでは……」
ひっく。
あれ、なんだ……?
ぼろぼろと、わたしの目から、なにかがこぼれ落ちる。
なんで、わたしは泣いているのだ……?




