第1話 ~祝福の果実~
「人呼んでブラックメイデン……黒の乙女か」
うららかな午後である。ここは王宮の回廊。
まだ冷たい風を感じながら、わたし――騎士王メイサと、
その腹心・軍師セドウィグは、連れ立って歩いていた。
「なにをいいだすかと思えば……いきなりどうしたのだ?」
「いや、お前のことを、兵士たちがそう呼んでいたからな。
それにしても、乙女とは……。乙女という年か?」
むか。
その言葉に、わたしはつい、カッとなった。
「っ、自分などおじさんではないかっ!」
なんだかんだでもう24である。
年の件はけっこう気にしていた。
そう、わたしはいまだに未婚なのだ…。
白の国との戦争に、騎士団の指揮。
家を失った国民の救済と、各国に散らばった民の先導。
多忙をきわめていたわたしは、すっかり婚期を逃していた。
「――もう一度言ってみろ。次はその腕を折る。」
おじさん呼ばわりされ、
冷え冷えとした気配を放つセドウィグに、少したじろぐ。
「王に向かってなんてことをいうのだ!
セディー、貴様それでもこの国の軍師か!!」
「じゃあ、その二の腕を触る」
「妙に現実的になったな! さっ、触らせないぞ!
あなたがやるとなんだかやらしいのだっ!」
じり、と後退するわたしと、ずい、と近寄ってくるセドウィグ。
――コントか?
ちらちらと覗いてくる野次馬に、わたしは冷静になった。
「――こ、こらセディー! 人前だぞ、
わたしたちの関係が知れたらどうする!」
ひそひそと言うわたしに、セドウィグは呆れたように言う。
「この期に及んで、
未だにばれていないと思っていたのか…」
「? なんのことだ?」
「……知らぬが仏か。」
独り言を言う、セドウィグに気を取られたわたしは、
周囲の生暖かい目に気づかない。
軍師セドウィグと、騎士王メイサが付き合っているというのは、
今や公然の事実であり、暗黙の了解だった。
だが、たちの悪い噂や批判にならないのは、やはりメイサの人徳か。
相手が相手だけに、はじめこそ騒然としたものの、
それまでの誇り高く、毅然とした女王のイメージから、
あまりに可愛らしい乙女に変貌したメイサと、
そのおしどりっぷりに、
今では、騎士乙女メイサとその夫を見守る会
<ブラックメイデン・ラヴァーチェイン>
などという有志まで集まるほどだ。
しかし、どれほど熱狂されようと、
誰ひとり略奪に走るものがいないのは、
やはり女王としてのメイサの品格と、
ふたりの度をこえたお似合いっぷりに、
誰もかなわないことが、一目瞭然だからであろう。
もともと黒の民は王を筆頭として、
素晴らしい目利きだ。
もちろん、その対象は他人だけではなく、自らにも及ぶ。
自分たちの領分をわきまえていて、当然なのである。
敵国である白の国と比較され、
盲目の白、心眼の黒と言われているぐらいである―。
まあ、ともあれ。
今日も、黒の国は絶賛復興中。
まだまだ、夜明けには程遠い。
だが、この国は、少しずつ美しい蕾を咲かせようとしていた。
そう、メイサの一途な純情が届き、甘き果実を実らせたように……。
咲き誇るには、まだ早いが……。
(今一度、見守っていてくれ……)
腹に宿りし、ちいさな命もまた――。
セドウィグは、満足そうなメイサの横顔をみつめると、
みえないように、そっと手を繋いだ……。
――黒の国は、今日も快晴だ。




