第3話 ~―優しい死神― ヴァルキューレの純情~
「やっとおれのものになる覚悟ができたか、
……おれの<ヴァルキューレ>――」
そう言って、どこか恍惚としたように、
わたしをみつめてくるセドウィグに、わたしは照れに照れた。
その瞳の熱さ……まるで、願ってやまない翼を……。
この世の、<至上の宝>を手にしたかのような――。
「やめてくれ。あなたにほめ言葉は似合わない……」
不意打ちだった。
だって<ヴァルキューレ>なんて……。
ようするに、戦場の戦士たちを守護する、戦乙女……のことだろう?
勝敗を決し、勇敢なる戦士たちを、
天上の楽園<ヴァルハラ>へと導く半神半人の女神――……。
(……め、女神……っ!)
きっと小粋なジョークを言ったつもりなのだろう。
だが、セドウィグが言うと、冗談に聞こえない……!
「――というか、誉めすぎだろう……!」
恥ずかしさの絶頂で、思わず突っ込みが口に出てしまった。
いよいよあわあわとして、手をぱたぱたと振っていると……。
「ほめているのではない。ただおれが言いたかっただけだ」
そうあっさりと言った。
……だけならまだいいが……。
いっそう満足げにわたしの瞳をみつめてきた……!
わたしは、こらえきれずに顔をそらす。
「ふ、ふてぶてしいな。あなたというひとは……」
「そのあなたと言うのはやめないか。――たまには別の声をききたい」
な……!?
ぱしり、と腕を掴まれた。
その言葉が不意打ちなほど甘かったので、
わたしは激しく狼狽した。
やめて欲しい。
この男は、どれだけわたしを惚れさせれば、気が済むのだ…!
いつも、気難しいことしか言わないのに。
(反則だ……っ!)
「“セディー”」
「――え?」
突然降ってわいた見知らぬ単語に、
わたしはつぶっていた目をあけ、顔を覆っていた手をどけた。
「おれのことはセディーと。――そう呼べ」
「命令系なのだな……」
「――嫌か?」
「……いや。あなたらしい」
いつも触れてくれないあなたが、求めてくれるなんて……。
ああ。わたしは、果報者だな……。
ひとりでにやにやしていると、
わたしの心を読んだように、セドウィグ……セディーは言った。
「……今更だ」
「……そうだな」
わたしは苦笑する。
そうなのだ。
あなたはいつだってわたしをみてくれた。
雨の日も、晴れの日も、嵐の日も……。
そう、あなたがいたから、わたしはほんとうの意味での王になれたのだ。
そして、あなたがわたしを女にしてくれた――。
この手は、剣を握るためだけに、あるのではなく。
誰かの頬に触れ、誰かの背中に触れ、
誰かの子を抱くためにあると、その身をもって、教えてくれたのだ。
いまだ覚めやらん甘き夢。
――わたしは、あなたの子が欲しい……。
そして、いつかはあなたと共にゆこう。
青空の彼方に、焦がれてやまない、朝焼けの世界に…。
きっと、あなたとなら、わたしはどこまでもゆけるのだから……。
わたしのないしょの恋人。
もうちょっと。もうすこしだけ。
わたしの恋人でいてくれないか――。
絶対、後悔はさせない。
あなたの良き妻には……まあ、なれないかもしれないが……。
なんなら、この身を捧げたっていい。
あなたが、そう呼ぶのなら。
戦乙女<ヴァルキューレ>の名にかけて……、
あなたを世界一の、しあわせ者にしてみせる――。
ゆっくりと押し倒されていく感覚に、わたしは静かな時の流れを感じた。
高鳴る胸と、一瞬が永久となるような、長い長い、一秒。
なあ……セドウィグ。
わたしは、ほんとうに果報者だな――。
くらくらする頭で、どうにかそれだけ考え、
わたしは、静かに身をゆだねた……。
それは、ひとりの優しい死神と、
純潔にして、可憐の戦乙女<ヴァルキューレ>の物語――……。




