第1話 ~騎士王の恋~
黒の王を継ぎ、幾ばくかがたったころのことだった。
わたし、メイサ・オニキスは、
正式に、暁の騎士団の団長となった。
その継承式の鳳で、その男は現れた。
我が国の軍曹、セドウィグ・ダークバルド。
のちの、この国と、騎士団の軍師である――。
冠を頂くその瞬間に、颯爽と現れた彼は、
「お前は王にふさわしくない、騎士団の団長などもってのほかだ」
と、わたしを糾弾したのだ。
当然、その場は荒れに荒れた。
わたしを支持するものたちの野次と、
怒号が飛び交うなか、
当の彼だけは落ち着き払っていた。
その恐るべき勝率により、
死の戦神――<死神>とあだなされていることを知ったのは、
そのすぐあと。
だが、彼はそんなアンチ達にも屈することなく、
あくまで冷徹かつ、完璧に仕事をこなした。
勇猛な獣のように突進したかと思えば、
禿鷹のように賢く、抜け目なく。
岩のように堅牢な守りを見せたかと思えば、
疾風のように剣を振るう。
変幻自在かつ、
揺るぎないその戦術に加え、知略にも隙がない。
そんな彼が軍師となるのも、また、自明のことだった。
そんなある日。
わたしは、街なかで偶然、彼を見かけた。
声をかけようと思ったが――先約がいた。
道端で転んだ少年。
その少年に今、彼は話しかけるところだった。
「お前、そこでなにをしている?」
冷え冷えとした、冷淡な声色が響いた。
「……ひっ……」
見下ろされた少年は、その冷たい眼差しに、すっかり怯えている。
わたしは思わず駆け寄ろうとして、踏みとどまった。
「……怪我をしているのか」
射殺さんとする目つきはそのままに、セドウィグは軽くしゃがむ。
だまって鞄を開けると、小瓶のなかの透明な液体……
恐らくは水……をかけ、丁寧にそそぐと、
消毒薬を振りかけ、ややきつめに、をガーゼを巻いてゆく。
「……これでいい」
「……お、おじさん、……ありがとう……」
恐る恐る言う少年に、ぴしゃりとセドウィグは言う。
「……勘違いするな。この国のため、男子は必要だ。
お前のような、弱々しい小僧でも、例外ではない」
そのまま立ち去ろうとした彼の裾を、少年はつまんだ。
うっとおしそうに振り向いたセドウィグは、
少年の頭をぐい、と押すように触れた。
「――強くなれ、小僧。
転んだぐらいで泣くようでは、半人前にもおよばん。
何度転んでも立ち上がる男となれ。
もし万が一そうなったら……おれが雇ってやる――。
せいぜい、精進することだな」
そう言って今度こそ去っていった彼を、
少年は、ぼーっとしたように、いつまでもみつめていた。
メイサは、自分を恥じた。
セドウィグは、皆が言うような、冷淡な男ではない。
本当は温かで、誰よりも強くて、不器用で……。
「彼は……本当は優しいのだ。
彼ほど、立派な男を、わたしは知らない……」
力強く、そう囁いたメイサに、
紫緒は茶化すように言う。
「ずいぶん高く評価してるようでやんすが……。
そんなにその男がすきでやんすか?」
「……なっ……!」
驚いたように、メイサは声をあげた。
「そ、そんなわけないだろう……!
わたしは女である以前に、この騎士団の団長!
そんな恋慕など、もってのほかだ……!」
手を、わたわた、と動かすと、あう、と真っ赤になって、
付け足すように言った。
「……本当に、ほんとうに、そんなではないのだ……」
そういって、火照った顔を隠すように、冷ますように……
両頬に手をあてるメイサに、
紫緒は驚きを通りこし、ぽかんとしている。
「――そんなにいけないことなんですか? 団長が恋をすることって」
空気を読まないぼくに、メイサはひと呼吸して答える。
「仮に、わたしが誰かに恋しているとして……。
……っこ……、
公私混同するようになってからでは、遅いのだ……」
リーダーは、メンバーに恋してはならない、とメイサは繰り返す。
「頑迷な女でやんす。
いっそ認めたら、楽になるのではないでやんすか?」
「…・・紫緒」
ぼくは咎めるように、短く呼ぶ。
「……メイサさん。ぼくは思います。
あなたはきっと、誰よりも強くて、正しいひとです。
“あなたは決して公私混同なんてしない。
――なぜなら、あなたは黒の神と契約した、誇り高き騎士王。
あなたは恋を乗り越え、さらに強くなる。
そう、それがあなたの“ほんとうの名前”だから――”」
そう言って、ぼくは宙に、文字を書く。
――アレクサンドラ・オトフリート・アーダルベルト――。
……“気高く輝く、豊かな平和の守護者”……。
それが、彼女のほんとうの名前……。
ぽうっと、指先から生まれた青い光は、
きらきらした星屑をまきながら、
メイサの胸へと吸い込まれた。
「……真名の強化……いや、多重真名の調律……。
きみは、まるで魔法使いだな……」
かすかな驚きと共に、しみじみとほめてくれたメイサさんに、
ぼくは、胸をはってはにかんだ。
「……だってぼくは――<蝋燭の灯しびと>、ですから!」
「――違いない」
くすくすと微笑みあうぼくたちに、紫緒は呆れたように言う。
「……平和なやつらでやんす」
こうしてぼくたちは、メイサさんたちの住まう、
黒の国を後にしたのだった――。




