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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第二章 『リシアンの契約Ⅱ』
22/51

最終話 ~この冷たい現実で~

涙をぬぐったぼくが向かったのは、診察室だった。

扉の前で、ぼくは立ち尽くす。


今からぼくがすることが、正しいことなのか。

それはぼくにも、わからなかった――。




ただ、リクさんは教えてくれた。


『――筋を通しいや。

 お前が今からすることが正しかろうが、間違っていようが、

 そこを乗り越えんと、お前は前に進めない。


 今、すべてを明らかにするんや。

 この世界でお前がなにをすべきか――それを見つけてきい』


とん、と押された背が、羽を得たように軽くなったのは、

きっと気のせいじゃない。


――リクさん。黄の国の太陽王。

あなたの指は、素敵な機械を作るためだけにあるんじゃなくて。

誰かを勇気づける、魔法でも、あるんですね――。


とんとん、と扉をノックすると、

ああ、入ってこい。と、声が返された。


扉を開けると、目が覚めるような深い赤毛の、女性が座っている。


「――さて。その様子だと、うすうす感づいているようだな。

 まあ、お前なら、遠からず気づくと思っていたが」


人を食ったように微笑む女性は、ずいぶんと印象が違っていたが、

ぼくはもうまどわされない。


「篠乃先生、いえ、――篠姫さん。あなたがすべての黒幕ですね?」


「――ああ。もちろんそうだとも。

 わたしこそが、常闇の世界のことわり

 常闇の世界のすべての法則を定めたのはわたしだ……」


――やっぱり。ぼくの頭はきんとするほど冷えていった。

同時に、足がすくむ。このひとに、ぼくは敵うのか――?

 

「――だが涙花くん?

 それがわかったとして、きみはどうする気なんだ?


 向こうの世界と違って、きみにはなにもない。

 超常の能力も、可愛い想いかのじょも……

 ――あれほど大事だった相棒さえな?」


「いえ」


ぼくは、今度こそひるまない。

ここで負けるわけにはいかない。

そう、ぼくが戦うべきは――。


「ぼくたちは。絶望的なほど弱いけれど、だからこそ戦うことができる。

 挑戦することができる。

 望むなら、この世界を切り開くことだって――。


 ――紫緒が、ぼくに教えてくれたんです。


 この世は、理不尽りふじんばかりじゃない。

 手を伸ばしてくれるひとだっている。


 ただ、信じることを止めなければ……、

 何度くじけても、立ち上がる勇気を持てば……


 そして、その目をきちんと見開けば……必ず、みえるものがある!」


ぼくは手に持ったスケッチブックの切れ端を、勢いよく突きつけた――!


目を見開いたぼくの瞳が、瑠璃色の光を放つ――……!


「紫緒…! “ぼくを助けて―!!”」


『わかったでやんす……リシアン!』



時は巻き戻る――……。


「しかし、なぜ気づいた? お前はまことに賢きわらしじゃが。

 それでも、ノーヒントで、ここまでたどり着いたとは思えんの」


「……ずっと不思議だったんです。

 青の神であるあなたが……、

 目の色も、髪も、青の色を持たなかったことが。


 12の国の神は、12種類の、それぞれの色をかんする。

 なのにあなたは青い羽衣はごろもをまとうのみで、

 身体のどこにも、青色がなかった。


 最初は、わかりませんでした。

 そういう神さまもいるのかと。

 ――でも、グリシーヌは言いました。


 力あるものほど、強く呪われる。

 名前も、色も――わたしたちは、

 誰一人、この呪いから逃れられない……と……。


 ――そう、あなたは青の王ではない……!

 

 ましてやどの色の神でも――。


 あなたはどの色にも縛られず、どの色にもなることができる――、

 すべての色をつかさどる、12の国の最高神、<虹の神>――!」


すべての勇気を振り絞り、猛々(たけだけ)しく言い放ったぼくに、

しかし篠姫さんは、動じない。


「……ほう。筋がいいのう。

 まったくもって憎らしき男のおのこよ。

 ただし、そなたはまだ気づいておらんだろう?


 常闇の世界とはなんだったのか?

 そして、なぜそなたに、超常の力が宿ったか……」


試すように笑う篠姫さんに、ぼくは、慎重に言葉をつむぐ。


「それはわかりません――。

 でも、リクさん――。

 ――かつてあの世界の、黄の国の王だったひと――は言いました。

 

 あの世界は、この世界のもうひとつの顔で、真実の姿だと。

 

 ぼくは、こう予測します。

 きっとあの世界は、ぼくらの望んだ、もうひとつの世界――。

 無力なぼくらが思い描いた、希望の世界だと――……」


「――なるほど、面白い。じゃが、それはもう過去のこと――。

 夢は覚める。どんなに楽しかろうと、苦しかろうと……。


 まあしかし、お前の夢は叶ったろう?


 ひとりぼっちのお前が、かけがえのない相棒を得て、

 物語の主人公よろしく、魔法使いになる夢を――。


 よかったな、リシアン。

 もう二度と戻れないが――……楽しかったろう?


 これからはこのげんじつの世界で、

 甘い夢を思い出しながら、ひとり楽しく過ごすんだな?」


茶化ちゃかすように言う篠姫さんを、ぼくは静かにみつめた。


「――いいえ、篠姫さん。ぼくはもう、ひとりじゃない――」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



うずくまる篠姫さんを見下ろすように、ぼくは立つ。


紫緒は、たった一度、その力を解き放つと、消えてしまった。


残ったのは燃えたようにみすぼらしくなった、

スケッチブックの一枚だけ。


たぶん、この世界では二度と会えないだろう。


世界のことわりを無視して、無理やり契約をしたのだから。


『たった一度でいい。ぼくを助けて――!』


奇跡は起こった。

ぼくの力は、これでもう終わりだ。


蝋燭ろうそくの灯しびと、リシアンはあちらの世界での話。

この世界でのぼくは、ただの涙花<無力な子ども>なのだから―。


「たわけが……わらわを倒しても、なにも変わらんというのに……」


よろめきながら、篠姫さんはつぶやく。


「この世界にヒトがある限り、恨みも怒りも、絶望も尽きない。

 押し込めた闇が、形となり、またあの常闇の世界を作るだろう――。


 覚めない夢の世界は、時に悪夢となり、

 得た祝福のぶんだけ、呪いとなろうが、

 それでもリシアン、そなたはあの世界で幸福だったはずじゃ――。


 ならば、なぜこのわらわを裁く……?

 そなたは結局、正義のヒーローでもやりたかったのか?」


「――いいえ。ぼくは、最初から最後まで、ヒーローにはなりません。

 どんな悪人も、ほんとうは、飢えたひとだから。

 

 ぼくが――ぼくらがすべきことは、幸せに飢え乾いたひとを、

 それゆえに間違ってしまうひとを、なじることでも、倒すことでもない。

 

 その手をとって、その乾いた口に、優しい水をさしてあげることです。

 

 でも、ぼくにあなたは助けられないから。

 ……少しだけ、時間をください。


 あなたがもし、

 あの常闇の世界のことわりんだひとなら、

 ぼくはきっと、あの世界こそ、ぼくたちの希望だったと信じたい。

 

 きっと、みんなが求める願いが、あそこでは叶えられた。

 

 あなたは言いました。陽には陰が……祝福には呪いが……。

 

 それは、どうしようもない、世界の法則です。

 片方だけでは、成立しえない、万物ばんぶつの法則です。


 ――ですが、それでもきっと、あなたは欲しかったはずです。

 自分のお子さんが……。

 ――“粉雪”さんは、あなたが亡くした息子さんですね?

 流産りゅうざんし、そのうえ子宮をなくしたあなたこそ、

 あの世界を誰より求めていた――」


「……お見通しと言うわけか。

 勝手に個人情報を盗み見るとは――。まことに生意気なぼんじゃ。

 ――ならば、次にわらわが言う言葉もわかっていよう?」


「――はい。あの世界でまた会いましょう。

 たとえ呪われた世界でも――

 あそこには、ぼくたちの未来のかけらが眠っている。

 

 あの世界はつまり……。

 ぼくらが、現実に立ち向かうための、ひとときの揺りかご。

 

 そして、ぼくたちはそこで知るんです。

 ほんとうの願いと、その叶えかたを」


両親に見放されたぼくは、骨折を機に、病院に預けられた。


ぼくはもう知っている。そのまま、両親には二度と会えないと。

その代わり、この病院に、ひとりの女性が訪れるのも。


夜宮星乃よるみや・ほしのさん――

――そう、ぼくの、お義母さん――。


いずれ、別れる定めとしても、ぼくはもう怖がったりしない。

何度だって愛そう。

喪失そうしつの痛みも、やがてはぼくらを強くする。


そして、そこにこそ、あたたかな救いがあるのだ。


ぼくらの望む未来を、取り戻そう。


夜の呪い<ナイトメア>はなくならない。


なぜなら、死は生の代償。悲しみは幸せの代償。

誰一人、なんの代償もなしに、なにかを得ることはできない。


死は生をはらみ、悲しみは幸せを生み……、

――だからこそぼくらは進んでいける。


終わりない旅をしよう。


そこには、願いと呪いと、祝福と希望があって……

喪失そうしつ奪還だっかんの物語はつづく。


ぼくらは諦めない。

たとえ、限られた命でも――いずれ咲き誇る権利までは、奪えない。


だから、精一杯生きて、その生をまっとうする。

愛して、憎んで、悲しんで、喜ぼう。

怒って、笑って、失って、得て。


そうだよね、紫緒。

たとえきみに会えなくても、きみがくれたものはなくならない――。


ぼくは、こぶしを握りしめた。


野ばらにそよぐ風。

窓の向こう、一匹の黒ねこが、にゃあん、と鳴いた――。




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