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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第二章 『リシアンの契約Ⅱ』
19/51

第7話 ~すべての嘆きの果てに~

「ん……」

リキアが身震いをする。


「寒い……。おにい……」


長い睫毛まつげが揺れて、ゆっくりと開かれた。


「……っ!!」

ばっ! と激しく、腕を振り払われる。


「なんでお前が……くそ……!!」


羞恥しゅうちと怒りに染まった頬。


ぼくが思わず目を丸くすると、

リキアはいらだったようにうつむき、そして勢いよく顔を上げた。



「でてこい臆病者……!

 ぼくに言いたいことがあるなら、

 そのお綺麗なつらをみせるんだな……!!」 

 



数秒か、いや数十秒だったかもしれない。

はあはあ、と荒い息で、リキアは舌打ちをした。


「くそ……っ!!」


そのリキアの頬に触れたものがいたことは、

目をこらさなければ、すぐには気づかなかっただろう。


「リキア……」


それだけ言って、その人、ルキウスさんは、姿を現した。


その瞬間、リキアの瞳が、信じられないものをみたように、

見開かれ、そして硬直こうちょくした。


「……っ……!!」


リキアの眉が歪む。

そして、ばっ!! と勢いよく後ろを向いた。


「お前なんか……もう、もう、ぼくの前に姿を現すな。

 お前の顔なんか、みたくない……っ!」


さっきと言っていることが真逆だった。

きっと、リキアも混乱している。


ぼくを通して、ルキウスさんに抱きしめられた感触が、

眠っていたリキアに、どんな夢をみさせただろう。


どんな夢を、抱いて、打ち砕いてしまったのだろう。


そのまま荒々しく立ち去ろうとするリキアに、

ルキウスさんが、手を伸ばす。



「……待て! お前を悪者にしたのはわたしだ!

 わたしが……青の神と契約しなければ……、

 青の王などにならなければ…!」


「――違う! 謝って欲しいんじゃない!」


言って、リキアの瞳からあふれ出したのは……。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「今さら謝ったって、もう、なにも変わらないんだ……!」


ぼろ、ぼろ。


「ぼくがあなたを殺したのも!

 あなたの愛した少女をおとしめたのも!」


ぼろぼろ、ぼろ。


「――ぼくが生まれつき呪われているのも――……!」


目の前が、あふれて、にじんで――……。


――ああ、もうめちゃくちゃだ――。


胸が、火鉢ひばちでかきむしったように熱い。


ぼくは、結局、どこまでいってもみにくくて。


呪われていて。


最悪の、悪人なのだ――。




「――違うよ。」





降ってわいた声に、ぼくは振り返る。


あかつきの光が、まぶしく、ぼくの目をさした。


逆光ぎゃっこうたたずみ、ぼくに歩みよった、その少年は――。


「――リシアン!?」


「きみは、呪われてなんかいない。

 醜くもない。ほんとうは悪人ですら――。


 きみの目は、灰がかがった綺麗な青。

 きみの肌は、陶磁器とうじきみたいになめらかで、

 なによりその髪は……白銀にきらめく、初雪の色だ」


「――っ、なにを……」


「きみの呪いは、ぼくでは完全に打ち消すことができなかった。

 でも、それはなぜだろう?

 ぼくの祝福の力が、足りなかったから?

 それともきみが、生まれつき呪われすぎていたから?

 ――違うよね。


 もう、きみは気づいているはずだ。この世界のタネに。」


 目の前の少年の、あまりにまばゆい瑠璃るり色の瞳に、

 ぼくは、はっと息を飲んだ。

 あまりに清く、美しく、そして、どこまでも優しい……。

 ――こんな人間が、いままでいただろうか――。

 

 まるで、咲き誇る、真青ききよらの花<リシアンサス>――。

 

 息を吸い込み、彼は言う――。

 呪いにみちたぼくを解き放つ、終焉しゅうえんの調べを――。


「そう、すべては白の王の、完全にして不全、全にして偽善の……。

 偽りの世界<イミテーション>だったんだ!」


ガシャアァァン……


硝子細工がらすざいくの鏡が砕けちる、

破滅にして救済の音が鳴った――……。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



がしゃあぁあん……。

砕けちった世界で、ぼくとリキアはみた。

長い白髭に白い頭髪。

純白じゅんぱくのローブを羽織はおった、そのひとを――。


「リキア」


「お前は……」


リキアが言葉をなくす。


「我は白の神、白鐘しろがね。お前の、父親じゃ……」


涙の色をうかがわせる低い声。


その細くしわがれた指で、彼は、リキアに触れようとしていた。


「――ッ……」


しゃがみこんでいたリキアは、我にかえったようにその手を払いのけた。


「―ぼくに触るな……っ!」


「…………」

まゆを悲しみにらし、白の神はその手を戻した。


「お前にした仕打ちを許してくれ……。

 我は、白の民をべる神。

 いくらお前が愛しくても、

 その力をなんの代償もなく、与えてやることはできん……」


「……!」

一瞬、息をのんだリキアは、すぐにその意味を理解し、

鋭い刃のような目で、白の神をみつめる。



「我ら神とて万能ではない。

 半人はんじんである我が子に、祝福を与えるには、

 同時に、同等の呪いを与えることしかできないのだ……。


 だが、わたしにはできなかった。

 血の繋がった、お前を呪うことなど――!」


「……?! なにを言って……」


「あなたは自分の娘をどうしても呪えなかった。

 そこで、偽物の世界を作り、そこでリキアに試練を与えたんですね?

 

 青の王のもとに、記憶を奪ったリキアをよこし、

 リキアが王となるよう取りはからった」


「ああ、そうだとも……まさかお前が、青の王を殺めてしまうとは……。

 いくら偽の世界とはいえ、リキア、お前には申し訳ないことをした……」


「偽の、世界だって……?」


「そうだ。

 お前たちの魂を、我が作った世界に招待しょうたいし、

 ずっと見守っておった。

 

 ゆえに、青の王も、その愛し子ルチアも、真の世界では死んでおらぬ。

 青の王は天寿てんじゅをまっとうし、

 ルチアは聖女として最後まで生きた」


「そんな都合のいい嘘に、ぼくがだまされるとでも……?!」


「――いや。本当じゃ」


そう、歌うように言いながら現れたのは、

青の神、篠姫しのひめだった……。



「我が同胞どうほうの試練、とくと見学させてもらった。


 リシアン、今代こんだいの青の王としてはまあ、合格じゃ。

 まこと素晴すばらしい幕引きじゃった。


 対して白の王の娘はなんと貧弱ひんじゃくなことか。

 これではこの常闇の世界の、真実の姿には立ち向かえまいよ……」


「真実の、姿……?」

ぼくとリキアは、狐につままれたような顔をした。



「まあ、それはそれ、じゃ。

 じゃが、リキア、白の、そなたら家族には、愛がある。

 

 我が子を千尋せんじんの谷に突き落としつつも、

 けして呪いきることはできなんだ父の情……。

 血の繋がりがなくとも、お互いを思わずにはいられない、

 兄妹の情……合格じゃ。


 わらわは愛と憎を司る青の神、

 そなたらに青の祝福……今一度、やり直す権利を与えたもう。


 粉雪<ルキウス>、愛染<リキア>、

 そなたらは一度赤子に戻られよ。

 そしてもう一度、その生をまっとうするのじゃ……。

 そう、今度こそ、本物の兄妹として――……」



眩い光があたりを消し飛ばす。


すべてはゼロになり……ゼロから、1が始まる。


新たな物語が、今、はじまりをげようとしていた――。







ぼくが恐る恐る目を開けると、

リキアもルキウスさんも、そして白の神もいなかった。


残っているのは、ぼくと、篠姫さんのみ―。


「一体なにが……」

ぼくは混乱していた。リキアとルキウスさんが、やり直す……?

それじゃあ、ふたりはどこに……?

そして、偽物ではない本当の世界では、

一体どんな歴史になっているんだ…?


「リシアン、不思議そうな顔をしておるな?

 まあ順をおって説明してやろう。

 まず、リキアが粉雪こなゆきを殺め、

 聖女ルチアをおとしめたのは、

 偽の世界での出来事だといったじゃろう?

 

 この世界では、ルキウスは貧しい民たちを救うため、

 青の王となり、のちの聖女ルチアを拾い、

 ルチアはそなたの知る通り、古代ルチア教の聖女となった。

 まあ、ルチアはのちに自決じけつしておるがの…。


「ルチアさんは、助からなかった――?!」


「ああ。もともとそういう定めじゃ。

 ルチアは、迷える人々を救う代わりに、自分をにえとした。

 この常闇の世界に、<第一の朝焼け>をもたらすためにな――……」


「第一の朝焼け……、そういえば、お義母さんは言っていました。

 ルチアさんが、夜明けの世界へと人々を導いたって……」


「そう。そこが鍵なのじゃ。

 この世界は、何度も夜明けを迎えている。

 しかし、何度、朝焼けが訪れようと、リセットされる。

 

 この常闇の世界は呪われている……。

 我ら神ですら太刀打たちうちできない、

 <大いなる病>にかかっておるのじゃ……」


「大いなる、病……」

ちり、と頭が、焼け付くような痛みをかすめた。


「なんだ、なにか知っている様じゃの」


「いえ……、ぼくは知りません……“ぼく”は……」


……?

頭がくらくらする。 ぼくは、何かを忘れている――?


「まあ、大事にせい。

 どうせ我らが神は、みな不全ふぜんなのじゃ。

 あまりに強すぎるゆえ、もとから、容易よういに戦うことはできん。

 ……ゆえに歴史は、そなたら、弱き者が変えるためにある――。

 そう、ルチアが、

 自殺にも等しい覚悟で<涙花るいか>を生んだからこそ、

 愛染<リキア>は、偽の世界から解放された」


(涙花……?)


謎めいた言葉とともに、後ろを向いた篠姫さんは、

思いだしたように振り返った。


「――ああ、さっきの答えじゃが、

 リキアもルキウスも、この世界の過去に、赤子として飛ばされ、

 仲睦なかむつまじくその生をまっとうしたようじゃ。

 まあ、もとはといえば、かような仕打ちをしたのはこのわらわじゃ。

 今度こそは、大目にみてやろうかの……」


そう言って

群青ぐんじょうの霧に身を包んだ篠姫さんは、

今度こそ消えていった――。


疑問符ぎもんふを浮かべた、ぼくを置いて。


わからないことだらけだ。


偽りの世界にあっても、神様である篠姫さんは本物だったのか――。

すると、篠姫さんこそが黒幕だったのかもしれない。

白の神の作った偽物の世界に、なぜ篠姫さんが……?


そして、常闇の世界とは、なんなんだろう。

ぼくは、その答えを知っている気がする。


――そういえば、紫緒は今回、一度も話しかけてこなかった。

あのおしゃべりな紫緒が……。


ふいに、恐ろしい考えが胸をよぎった。


――常闇。すなわち、明けない夜の世界。涙花。

もしかして、ぼくは――……。



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