表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第二章 『リシアンの契約Ⅱ』
18/51

第6話 ~女神(ガデス)の憂い~

『わたくしを呼びましたか?』

 

青紫の煙とともに現れたのは、

紫の薄い布地をまとった、妙齢みょうれいの女性だった。

 

髪はこっくりとしたあでやかな深い紫。

瞳は銀箔ぎんぱくを薄く重ねたような、切れ長の瞳だった。


「まあまあ、シオンさまではありませんの!」


驚いたように口元に手をあて、

その勢いで、がばりと紫緒を抱きしめる。


「はあ……。このあどけないフォルム、

 いたいけな瞳……最高ですのっ。 」


頬ずりしだした紫の神に、紫緒はうんざり顔で、

もはや抵抗する元気さえなくしている。



(なんていうか、ギャップがすごい…)


くびれた腰の上、豊かな胸に、ぎゅうぎゅう!

と顔面を押し付けられた、紫緒の心中しんちゅうは、いかに。


「ええと、あなたが 紫の神、ミュステーリオンさんですか?」


「リオンでいいですわ」



若干じゃっかんおっかなびっくり、ぼくが問うと、

紫緒を抱きしめながら、にっこりしたリオンさんは、

女神のお手本のような、慈愛じあいにみちた笑顔をみせた。


「わたくしこそが神秘と知恵、

 知識と謎解きの神、“ミュステリオン”。

 わたくしでよければ、いくらでも頼ってくださいな」


言って、咲いたばかりの花のように微笑む紫の神は、

なんてきれいなひとなんだろう――。


「――あまり信用しないほうがいいでやんす」

ぽつり、と紫緒が漏らす。



「この女は、確かに、有益ゆうえきな知恵を与えてくれるでやんす。

 だが、それはタダではない。その代償は高くつくでやんす」


「まあ。」

とリオンさんは悲しげに吐息をもらした。


「わたくしを責めるのですね。

 シオン――いえ、神霊オラシオンさま。

 

 あなたは、つまらない規則きそくに縛られるわたくしを、

 昔から嫌ってらしたものね」


「規則……神さまにも、ルールがあるんですか?」


「ええ。神にも、さまざまなしがらみがあるんですの。

 わたくしの場合、謎賭けに答えられなければ、

 その者を食べてしまう、恐ろしい鬼神という役割も、

 演じなければならないのですわ。


 ……そう、陽が陽たるには、陰がなければならないように――、

 わたくしたち神々は、ヒトが思うより、面倒ないきものですの」



そういってしおれた花のような表情をみせ、

それでもお茶目ちゃめに、リオンさんは笑う。


「けっして万能なんかでは、ありませんわ」


そのささやかな微笑みは、ぼくの胸をぎゅっとさせた。


青の神――篠姫さんも同じことを言っていた。


ぼくはリキアやルキウスさんたちを翻弄ほんろうする、

傍若無人ぼうじゃくぶじんな篠姫さんを、

まるで心無いひとを糾弾きゅんだんするように、めた。


だけど、ぼくは篠姫さんたちのことを――

――神さまのことを、少しでも考えたことがあっただろうか。


神さまに祈れば、なんとかしてくれる――。

神さまは万能だから、完璧だから……、

ぼくたち、弱い生き物のことを、いつでも考え、

助けてくれて当然だ――そう、心の底で考えてなかっただろうか――。


「……ぼくは、傲慢ごうまんだったかもしれません――」


「……まあ。」

リオンさんは口に手をあてた。


「あなたはふしぎな子ですわね……。

 わたくしたち神の気持ちをわかろうとする……。

 今まで、そんな人間は、おりませんでしたわ」


ただひとり。とリオンさんは口もとを隠しながら言った。


それでも、今のぼくにはわかった。

そのお茶目ちゃめな表情のなかに隠した、かなしみと、さびしさと……

そしてほんのひとさじの、あきらめを。


このひとたちは――、

みんな求められ、疲れはてているのかもしれない。


もっともっと、救いを、助けを……!

そう願うひとびとに、休みなく、たくさんのものを与えつづけ……、

そうしていつしか、疲れはて、あきらめてしまったのかもしれない。

人々の望む、完璧な存在であることを…。


「……あなたは賢い子ですわ。

 きっとあなたなら、この呪いに満ちた世界を、

 変えることができるかもしれませんわね」


「リオンさん……」


「――あらやだ、時間ですわ。

 それではシオンさま、リシアン、ご機嫌よう……」


そういって青紫の濃い霧に消えていった

リオンさんの背中に、紫緒がつぶやく。


「……ごまかしだけが上手な女でやんす」


その言葉に、どこか不器用なあたたかさを感じたのは、

きっと、紫緒が優しいからだ。


いつだって、いつだって。



『悲しいなら、悲しいと言うでやんす――。

 そのために、我がいるでやんすから……』



神さまは、ひとりじゃないんだと――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ