第5話 ~愛と憎しみは果てなく~
青い羽衣をまとった、うら若き乙女のような天女……。
――それが、ぼくが青の神――
篠姫之神に抱いた感想だった。
「あなたが……青の神――……?」
凛とした眼差し。
薄く紅をさした頬は、瑞々(みずみず)しくて愛らしい。
唇は色づいたばかりの、花のように可憐で、ちいさい。
瞳は薄紅色で、髪は鮮やかな桜色をしている。
青の神というより、花の神――春の神といったほうがしっくりきそうだ。
ぼーっと魅入っていたぼくは、頭を振った。
そうじゃない。ぼくのすべきことは――……。
「ルキウスさんと契約したのはあなたですか――?」
『答えは是、じゃ』
どこか、からかうように、彼女は肯定する。
『ただし最初の契約――……契約もどきをしたのはわらわではない。
記憶もなにひとつ奪っておらん』
くすくすと笑いだす彼女を、はじめてぼくは、きつく見据えた。
「なにがおかしいのか、ぼくにはわかりません」
『おう、怒った怒った。誠、童じゃの。
神に善性を求めるか。いかにもヒトらしい考えじゃ。
物事はすべて陽陰一体。
わらわも例外ではない。光にして闇。
表にして裏。陽にして、陰じゃ。
――なのにどうしてか、
ヒトはわらわたちを、善きものとしてしか、捉えん。
――嘆かわしい。
そのような理想を押し付けられて、わらわたちが黙っているとでも?
――白の神の話を、聞いたろう?
あやつは、欠落の神。
洗脳の才で、民を支配することしか能のない、阿呆じゃ。
いや、それだけではないか。
無色の神は、それゆえ何色にもなれる。それこそ青色にも……な』
扇で口元を隠し、
婉然と微笑んだ、青の神はうつくしかった。
『なるほど――……ありがたい、青の神……いや、母上。
ご助言、傷み入る』
『まあなまあな!! よしよし、粉雪は誠、可愛らしい』
うって変わって、とろけそうな表情で、ルキウスさんに頬ずりする青の神。
『あの汚らしい醜女とは大違いじゃ』
その瞳に妖しい光を灯した青の神に、青の王はため息をついた。
ぼくは驚きを持って尋ねる。
粉雪さん――つまりルキウスさんは青の王で、そのお母さんが青の神――?
それじゃあ、リキアは――?
『赤の他人、いや、白の他人というべきか。
白の神の娘が、そういった名前をしていたかの』
?マークを浮かべたぼくに、青の王――ルキウスが助け舟を出す。
『初代12王たちの秘密――それはふたつの真名を持っていることじゃない。
それぞれの神の血をひいているということなんだ。
神の子としての名と、人の子としての名。
だからこそ、王たちは超常の力を持ちながらも、
現世で生きることができるんだ。
そして……リキアは――白の王により、
記憶を失ったまま、ぼくのところにやってきた。
泣きながらさまようリキアを、ほっては置けなかった。
だからぼくは、妹として彼女を迎え入れ、彼女の兄でありつづけた――』
『じゃが、そなたは白の神に騙された。
もともとリキアに記憶を抜いてよこしたのも、
病のようにみせかけ、時を止めたのも、策略じゃな』
「それを知っていて、なぜ……!」
思わず感情的になったぼくに、青の神は、言った。
『――つまらなかったからじゃ』
どこか、吐き捨てるように――……。
『粉雪は、血の繋がったわらわより、そのみすぼらしい白の娘を愛した。
わらわの怒りがわかるか?
同じ目にあわせてやりたいと思うのも当然じゃろ?
あんな醜い小娘が、粉雪の寵愛を受けるなど、
この母の誇りにかけ、許すまいよ』
そういって唇をつりあげる青の神に、
青の王は、しかしなにも言わなかった。
「どうして黙っているんですか? ルキウスさん。
篠姫さんもです。どうして……、そんな悲しいことを……」
『わからんじゃろうな。――無垢なそなたには。
ヒトという生き物は、皆がみな、そなたのように、
清くうつくしく、生まれ育つわけではない。
――坊、憎しみを知れ。
愛を知るごとに、そなたには憎しみが満ちるであろう。
それは表裏一体の、癌のようなものじゃ。
何人たりとも、その呪いからは、逃れられぬ……』
そういって、霧のように消えてゆく青の神に、ぼくは叫んだ。
「待って、待ってください!!
それじゃあ、ルキウスさんはどうなるんです――?
あなたはリキアとルキウスさんだけに、罪を背負わせようとしている――!
それは、いけないことじゃありませんか?!」
『さあな。
善悪など、所詮はヒトの世界の尺度にすぎぬ。
わらわは、わらわのしたいことだけする。
民を導くなど、酔狂な白の神にでも、
任せておけばいいのじゃ――』
そういって、今度こそ青の神は姿を消した。
後に残されたのは、うなだれるように頭を垂れた青の王と、
ぼくと、眠ったままのリキアだけ――……。




