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リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第二章 『リシアンの契約Ⅱ』
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第4話 ~ひとつの祝福が満ちるとき~

その日は、うっとおしいほど、雨が降っていた。

遠くから、雷の鳴る音が聞こえ、とても耳障みみざわりだった。


ぼくの前に、引きずりだされた少女は、

まだ18になるかならないかの娘で、


紫にもみえるつややかな黒髪を長く垂らし、

へどが出るくらい麗しい顔をしていた。


「あなたが、リキアさんですね――」


彼女は、両手を後ろで縛られたまま、言った。


「――あなたに謝らなければいけないことがあります。

 わたしはあなたのたったひとりのお兄さんを奪いました。


 それこそがわたしの、“ほんとうの罪”です。

 どうぞ、わたしを裁いてくださいませ。大司教さま――。」


ぼくはあまりの怒りに、目の前が真っ赤に染まるのを感じた。


こいつが、あのときのルチア、本人だと――?!


笑わせる。どの面をして、ここに来た―?!


ぼくに裁けだと? お綺麗なことを、まあ、ぬけぬけと――!!



嵐のような激しい憤怒ふんどを、

慈悲じひめいた、酷薄な笑顔に包み、ぼくは言った。


「――よかろう。望みどおり、お前を裁いてやろう。

 だが、その前に、その忌々(いまいま)しい名前をはぎ取ってやろう。

 

 “お前は今から、聖女ルチアではない、ただの魔女だ”――!」




ぼくの言霊が、彼女の胸に吸い込まれる瞬間、青い火花が散った。


「そこまでだ、リキア大司教。

 ぼくは青の王、ルキウス・イデア――その女性を放してもらおう」


振り返ったとき、みえたのは、懐かしい、兄の姿だった。


「いけません、ルキウスさま、なぜここに――!」


駆け寄るルチアに、彼は言った。


「お前が心配だったのだ――。

 大切な妹に死なれるくらいなら、ぼくが死ぬ――」


大切な、妹?


それは、ぼくの。


ぼくの、ルキウス、ルキウスはぼくのおにいちゃんで――……ぼくは。


彼らは、聖女とヒーロー。


じゃあ、ぼくは、なんだ――?


答えは明白めいはくだった。


ぼくが、ぼくが、このぼくこそが――悪者で、邪魔者なんだと――。



「うあぁあああああああああああああああああア!!!!!!!!!」



ぼくは顔面をきむしり、

狂乱きょうらんのもとに、その呪言じゅごんを唱えた。



「“呪われろ、呪われろ!!!”

 “聖女は魔女となり、人々に石を投げられ、

 青の王は生きたまま禿鷹はげたかに喰われてしまうがいい!!!”」


ゾンビのように、目の玉を腐らせた禿鷹はげたかが、

大群のようにやってくるのに、そう時間はかからなかった。


聖女は悲鳴をあげ、王をかばったが、禿鷹の数が多すぎた。


むせ返るような血の匂いが、飛び散った臓物ぞうもつが、

ぼくの高らかな笑い声と混ざって、

ぼくはとうとう、自らの手で兄を殺めた――。



「どうだ――これがぼくの所業だ!!!

 このぼくが、ゆるされるとでも?!

 今更いまさら、まっさらなただの子どもに戻れるとでも?!

 片腹痛いわ!!

 おばかなリシアン、愚かなる無知な子ども、リシアン!!

 お前はこの世の悪をなにも知らない、箱入りのおぼっちゃんだな!!」


片手で顔を押さえ、高らかに哄笑こうしょうするぼくを、

リシアンは、ただ黙ってみつめていた。


「“できるよ”」


「……は?」


「ぼくは神さまなんて信じない。

 きみのしたことは、確かに酷いことだけど、

 そんなことを言ったら、軽率だったきみのおにいさんも酷いし、

 青の神っていうひとはさらに最低だ。

 

 罪の数ばかり数えていたら、この世界のすべてのひとが罪人だよ。

 間違いを犯さないひとなんていないし、それの重さはひとそれぞれだ。


 だから神さまに許してもらう、なんてひともいるけれど、

 ぼくはそうは思わない。


 ぼくらは、誰も裁いてはならない。その資格がないから。

 ぼくらは、互いに許しあうべきだ。

 神さまなんて頼らず、ぼくら人間の過ちは、

 ぼくら自身の責任でかたを付ける。」


「……なにを、言って……」


「だから、ぼくがゆるす。

 誰も赦してくれないなら、きみがきみ自身を赦せないなら、

 まずぼくが、その最初の人間になる。


 きみはもう、解放されるべきだ。

 すべては無理でも、まずはひとかけら、ぼくはきみに与えるよ。


 リキア・エイドス――。

 辛い出来事に耐え、今日まで命をつことのなかったきみに、

 ぼくからの心からの敬意と、心ばかりの祝福を捧げん――。


 これからは、きみは自分を赦すことができる。

 ひとを愛すことも、祝うこともできる。


 きみはきみ自身の手で、未来を掴むんだ――」




-------------------


 



そういったぼくの背からは、大きな青い翼がはためいた。

そのまま、リキアに歩みよる。


「く、来るな……!」


あまりの予想外に、おびえたような表情を浮かべる彼女の、

その細くて華奢な指を、そっとつかんだ。


「今まで生きてくれて、ありがとう……」



そのおかげで、ぼくはきみを、赦すことができたんだから――……。



ぼくの掌から、包み込んだリキアの震えが伝わってくる。


ああ――……、リキアの心が、ぼくにささやく。



(( もういやだ! 誰も憎みたくない!!


   誰か、ぼくをたすけて!! だれか、ぼくをゆるして!!


   お願い、おにいちゃん――!! ぼくを――ゆるして!!! ))



「 『“うん、わかったよ……”』 」


ぼくの身体から、ふわりと浮かびあがったひとがいた。


そのひとは――月のようにきれいな、銀色の髪をはためかせ、

瑠璃るり色の瞳をあまくゆるめて、言った。


『“リキア、おやすみ――”』


そのままその腕に包まれて、まぶたを落としたリキアを、

ぼくたちは微笑みながら見守った。


「……寝顔、赤ちゃんみたい。

 リキアって――こんなに可愛かったんだね……」


『――当然だろう? ぼくの自慢の妹なのだから』


そういって唇をほころばせた彼は、

しかし、そこで、嗚咽おえつをもらした。


『こんなに可愛い、妹を、ぼくは――何故なぜ……』


「――あなたは……神に記憶を奪われてしまったんです」


『そんなはずはない。だって青の神とは――』


「わらわを御呼およびかの? 愛しきひとよ」


鈴をならしたような声が、ぼくたちをくすぐった。


「貴方は――?」


「わらわが青の神、篠姫しのひめじゃ」



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