第3話 ~ひとつの悪が芽吹くとき~
「ぼくはただの魔法使い……<蝋燭の灯しびと>だよ」
そういって微笑みながら、まるで誇らしげに秘め事を言うように、
唇に指をあてたリシアンに、ぼくは言った。
「なにを……お前なんて、なにも知らないくせに……。
教えてやろう。ぼくがお前の先祖にしたことを。
ぼくの罪を知ってなお、お前はそんな綺麗ごとがいえるかな―?」
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ぼくとおにいちゃんは、年の離れた兄妹だった。
ぼくは生まれつき、老人のようなみにくい白髪で、
おにいちゃんは、月の精のようなうつくしい銀髪だった。
それでも、おにいちゃんだけはぼくを憐れむことも、
気味悪がることもなかった。
いつも一緒だったし、ケンカひとつしたことが無かった。
それどころか、たまに離れたときにぼくがいじめられると、
いつだってヒーローのように駆けつけて、助けてくれた。
ぼくの自慢のおにいちゃんだった。
だけど、そんなある日、ぼくは奇病にかかった。
ぼくの体は7歳のまま育たなくなり、
おにいちゃんはぼくの体を治すため、青の神と契約し、青の王となった。
ただし、そこには致命的な欠陥があった。
契約の代償は、おにいちゃんがぼくを忘れることだった。
そう、おにいちゃんは騙されたのだ――。
ぼくは、その後2年、体だけはすくすくと育った。
だけどおにいちゃんは、ついにぼくを思い出すことなく、
とある孤児を引き取った。
みなしごルチア、禁じられた森に捨てられた、罪子ルチア。
不遇な身の上ゆえか、おにいちゃんの愛を一身に受け、
うつくしく愛らしく育った彼女が、
おにいちゃんをひとりじめするのに、そう時間はかからなかった。
ぼくははじめて、運命を呪った。
いや、おにいちゃんを呪ったのだ。
やさしく清らかなおにいちゃんの体が、
その瞬間、ひどく汚らしいものに思えた。
一番汚らしいのはぼくだと、ぼくは素直に認めることが出来なかった。
そしてぼくは、今度こそ、運命に呪われた。
『こんな身体、時など止まったままでいい!
ルキウス・イデアに呪いを!!
ぼくを苦しめた青の神よ、落ちぶれて後悔するがいい!!』
そう叫んだその時、お前よ、と話しかけてきたものがいた。
『お前よ、白の王になる気はないか。
その見事な白髪、欠落した心――。
素晴らしく、我に相応しい。
我はあまねく子らの父、白の神だ。
民を束ねよ、リキア。多くの魂を支配し、存分に呪え。
――我は全にして不全、善にして偽善の神。お前に力をやろう――。』
白の神から授けられた力は、愚かな人々を魅了し、導く力だった。
代償は、永遠に死なず、大人にもなれないこと。
つまりは、ていのいい不老不死だった。
好都合、とぼくは思った。
ぼくは白の神との盟約により、迷える群衆をまとめ、
白の聖王として、当時一部の地方に伝わっていた、
ゾロアシュトラ教を参考に、ひとつの宗教を作った。
それが今の帝国統一宗教、聖カトリキア教だ。
これまで散々に虐げられてきたぼくが、
がめ奉られ、ひれ伏されるのは気分がよかった。
性別を隠し、聖カトリキアの大司教となったぼくは、
少なくとも表面上は、素晴らしい君主を務めていたと思う。
だが、心の奥底には、自分を裏切った兄や、
その原因となった、青の神への復讐心を募らせていた。
ある日、聖ルチアなる女が、世間を騒がせていることを知った。
聞けば、
「すべての人々には聖なる星が宿っている。
その星々を磨き、清めるお手伝いをさせてください」と神に祈り、
聖女として聖なる力を得たという。
民衆は、彼女こそが聖王女だ、メシアだ、
と感謝感激し、崇拝しはじめているという。
ぼくはいらだった。
ぼくを差し置いて、メシアだと?
気に入らない。
それにルチアという名がさらにぼくの激情に火をつけた。
兄が我が子のように可愛がっていたみなしごの、
憎たらしいほど愛らしい姿が、何度もフラッシュバックし、
何度も悪夢をみた。
兄が、ぼくを指していう。
『なんという醜い姿だ。
老人のように白い髪、うす暗い青の瞳。
なんでお前なんかをかばってやったんだろう。
――ほら、ルチア、見なさい。あれがぼくの“妹だった物”だ――』
けらけら、と兄が可笑しそうに笑う。
抱きかかえられたルチアが、けたけた、と人形のように笑う――。
憎い、憎い――!
この世界のすべてが。
聖ルチア。まずはそいつをぼくの前に引きずり出して、
鞭で打ち、その穢わらしい頭を踏みつけてやろう。
ああ、愉しい。
その日が楽しみだ――。




