表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リシアンの契約 ~呪われた世界と聖なる夜の仔~  作者: 水森已愛
第一章 『リシアンの契約Ⅰ』
11/51

最終話 ~きみの、ほんとうのなまえ~

『人は、後ろ向きで歩き続けていられるほど、よくできていない。

 そもそも、そんなことになんの意味がある?


 現在を捨て、現実を捨て、未来を捨て、

 過去という幻のみと戯れて悲しみに浸る。

 なんという悦楽、なんという愚かさよ!


 正直に言おう。

 我はお前を、そんな牢獄に残したくない。

 悲しみにくれるお前を、みたくない。

 わかってくれるか? ――“リシアンサス”――』



はじめて聞いた。

それは、ぼくの本当の名前だ――。


ぼくのなかのなにかが弾け、

すべてを消し飛ばすような、鮮烈なひかりがあたりを満たした。


目の前に、きらきらと(またた)きながら、なにかが落ちてくる。



そうじゃ、とミソラは声に出さず、語る。


ぼくの――無くした鍵。

母さんの残した、最後のひとかけら。


『――“いずれ咲く、真青き清らの花”よ。


 おまえに訪れるいくつの困難も、

 必ずおまえを、栄光の未来へと導くだろう。


 清らの花、ここに咲きたり。

 すべては忘却ぼうきゃくの彼方より咲きし、到達の調べ―。


 ――今ここに……必然の誓約をうたう。


 うたえやうたえ。


 根源こんげんより満ちる我が血潮よ、

 洗礼を以ち、聖血を以て、この祝詞のりとまじなえ。


 この歓喜と栄光が――祝福と幸福が、

 愛しき我が子リシアンサスに受け継がれることを――


 もって、

 我が契約(やくそく)成就じょうじゅと、す――』


――そうだ。


あの日、洗礼の日に、――最初の約束の日に――

母さんは、確かにぼくにそのまじないをくれたんだ。


ぼくの手を取り、その聖なる血を、力を、ぼくに注いでくれたんだ。


あのしあわせな鳥籠とりかごの日々より、

母さんのなによりのしあわせより、ぼくのしあわせを祈って。


ぼくのために、その命をくれたんだ。


そうだ。

あのとき、あの日――。


『……リシアン! ――……リシアン!!』


ぼくは流行り病で倒れ。


『リシアン……目を開けて……開けておくれ……!! 』


意識を失い。


『リシアン……っ!! 』


母さんの洗礼を、受けたのだ。


母さんはあの時――まるで子どもみたいに、ぼくにしがみ付き、

ぽろぽろと、はらはらと、涙をこぼし。


やがて、決意した。


我が子を失うという奈落ならくの恐怖を、

必ず自分の命にかけ、救ってみせるという毅然きぜんさに包んで――。


その祝詞のりとを、神に捧げたのだ。


(――きみも――それを知ってたんでしょ? 紫尾。

 ううん……“紫緒”。)


紫色のしっぽの名前の、ぼくの従者あいぼう


ぼくとお母さんの契約を――。

約束を果たしてくれた、大切なともだち。



――名前は、「力」だ――。


名前という呪文は、名乗った瞬間から、あるいはそれを与えた瞬間から――。

そのものに、絶対の力を与える。


そう振る舞わずにはいられないという、

絶対の束縛そくばくと引き換えに、


常に、そのように振る舞うことができるという、

絶対の権利を与えてくれるのだ。


母さんが、ぼくの本当の名前を、

最後の鍵に、祈りの言葉にしてくれたように。


紫尾は、あの日、ぼくと契約したあのときから――、


紫緒として、ぼくのそばにいて、

導くことを、誓ってくれたのだ。


『……やれやれ、仕方がないでやんすね……』


その不器用な言葉と、最大の誠意をもって。


『……――分かった。誓うでやんす、“リシアンサス”』


助けて、という声にならない悲鳴を、

そのねことも、ワニともつかない、

爛々(らんらん)とした黄金の瞳をしばばたかせ…、

聞き届けて、くれたのだ。



ううん――それだけじゃない。


紫緒が叶えてくれたのは――それじゃない。



うすっぺらで、一時しのぎなその願いの向こう側の――。


“ほんとうの、願い”、だったんだ。



「何、泣いてるでやんす……」


紫尾が、ぼくの紫緒が、とがめるように言う。


「――違う。嬉しいんだ……」


ぼくは笑っていた。


笑いながら、ぽろぽろと雫をおとすぼくを、


紫緒は、どこか他人ごとのように見やって。



その触角しょっかくを、照れくさそうにぴしゅん、として。



いつもの、ぷふん、をした。




やや蛇足ぎみの解説です。

読後感を崩すという方は、お読みにならないでください。


最終話の意味がよくわからなくて、

答えあわせをしたい、という方はつづきからどうぞ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「紫尾」と「紫緒」の違い。


本文だけではわかりにくいかと思うので、少し解説をば。



尾…しっぽ


緒… 繊維をよった細長い線状のものの総称。糸やひもなど

  長く続くこと。また、そのもの。「息の―が絶える」

  命。生命。

  魂をつなぐもの。玉の緒。


そして、この話での「緒」は、このすべてを含んだ意味なのです。


約束の糸、絆であり。

それはいつまでも、ながくながく続くものであり。

命を懸けた誓いであり。

それはつまるところ、魂と魂を繋ぐ、約束なのです。


どうでしょうか?


リシアンはそれをもっとシンプルな言葉で語っています。


「ぼくの傍にいて、導くことを、誓ってくれたのだ。」


そう。紫の“緒”は、一緒の「緒」なのです。


そしてそれこそが、紫尾がリシアンに贈る、

さいしょでさいごの、“ほんとうの願い”への答えで、応えなのでした。


以上、蛇足ながらも、最終話の解説でした!〃▽〃♥

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ