後編
本日最後の投稿です。
「ちぃちゃん……! ちぃちゃんってSだよね。俺と相性バッチリだね」
テストが近づいた日、突然翔がそう言い出した。唐突すぎる。
「いや、そこで頬染める意味が分からない」
「俺、ちぃちゃんになら何されてもいいから!」
「あ、うん。とりあえず何考えたか分からないけど鼻血ふいて」
もう翔の鼻血の対応なんて手慣れたものだ。私がティッシュを渡すと、翔は受け取ってクンクンし始めた。
「ちぃちゃんの匂いつきティッシュ!」
「私が自分の匂いつけたみたいに言わないでくれないかな!? もう、制服まで鼻血で汚れちゃったじゃない。Tシャツ着てるみたいだし、上のシャツ脱いで」
これ以上汚れると大変だ。そう思ってボタンを外していくと、翔の荒い鼻息が聞こえる。
「ちぃちゃんとの初めてが外だなんて……!」
「洗濯するだけだよ、馬鹿」
翔は救いようのない幼馴染だ。
家に帰って洗濯を先にしていたら、気がつけば翔がリビングでうたた寝をしていた。まったく。翔の鼻をつねって起こす。
「寝るなら家帰りなよ」
「ちぃちゃんが、俺に触れた……! もう俺顔洗わない」
「洗って。いや、マジで」
あーぁ、テスト勉強が憂鬱だ。鼻を嬉しそうに触っている翔を無視して、勉強を進めていく。
勉強に集中しているうちに、私はいつの間にか寝てしまっていたらしい。意識が浮上していく。何か声が聞こえる。
「あぁ、ちぃちゃん! ちぃちゃんが無防備に寝てる! 安らかな寝顔が可愛い! ハァハァ……、つい息が荒くなってしまった! そうだ! 今のうちに写真をとっておいて、あとでおかずにしょう」
起こしてはいけないと思っているらしく、翔は小声だった。その後に続く、カシャッというカメラのシャッター音に飛び起きる。
「ねぇ、何。今の音」
「ナンデモナイヨー」
そう言って、目をそらして鼻血をたらしているのがあやしい。
「なんで鼻血が出てるのかなぁ」
私の視線に怯え、翔はブルブルと震え出した。私はおかまいなしに冷たい目で見る。やがて、彼は開き直って言った。
「ちぃちゃんの寝顔に興奮しました!」
「素直でよろしい。でも寝顔撮るのやめて」
「そんなっ……! もう待ち受けにしたのに!」
待ち受けって。思わずため息が出る。どうするか考えて、私も携帯を手にした。途方にくれる翔の顔を写真におさめる。
「私も鼻血たらした情けない翔を待ち受けにするから、それでいい?」
「ちぃちゃんの待ち受けになれるなら、喜んで!」
「恥ずかしがってほしかった」
「ちいちゃん、好きだよ」
彼はたまに真剣な顔をして、好きだと言ってくる。あっそと流せば彼もふざけてなかったことにしてしまうのは、これまでの経験から知っている。だからこそ、私なりに翔のことを考えた。
「こんな情けない顔を待ち受けにしてもいいって思うのは、翔だけかな」
私は初めて適当に流さなかった。彼は驚いたような顔をしている。仕方ないから私が翔の鼻血をふく。
「ちいちゃん、それってつまり……」
「さぁ? 知らない」
「っ! ちいちゃんの貴重なデレタイムが終わった!」
「そうだ。私の写真、翔の携帯から全消去したから」
翔が携帯を手放しているうちに、こっそり削除しておいた。
「お、鬼がいる! 家ではちいちゃんに会えないのに!」
「本物がいるでしょ」
「ちいちゃん! ちいちゃん、ちいちゃん、ちいちゃん! 大好き!」
「うるさい」
自宅で彼がこう言っていたのを、彼女は知らない。
「写真、二重保存しててよかったー」
それからも変わらぬ日々が続く。浮かれた翔は日帰り温泉のパンフレットを見るようになった。
「ちぃちゃん、この旅館混浴……」
「行かないからね」
「大丈夫! 鼻栓していくから!」
翔はすでに鼻栓をしていた。まだ出発もしてませんけど!
「そこまでして行きたいの!? もうすでに前かがみじゃん。行かないからね」
「ちぃちゃん……」
翔は泣き崩れる。そんなに楽しみにしていたのか。だが、よく考えてほしい。
「私たちまだ付き合い始めたばかりでしょ。早いって」
「ちぃちゃんから、付き合い始めたって言葉が出た!」
「落ち着いて」
「ちぃちゃん! 大好き!」
「はいはい、私も」
抱きしめてきた翔の腕を、受け入れるようにポンポンとたたく。ついでに胸へと伸びてきた手はつねっておいた。