{マイ side}
「マイって、なんか偉そうだよね」
それは突然のことだった。
私、梶田マイがこの中学に転校してきたのは、二年の時。
私はパパの仕事の関係で、小学三年生の頃からアメリカで暮らしていた。
いわゆる帰国子女ってやつだ。
まぁ、アメリカで暮らしていたとは言っても、両親ともに日本人だったため、もちろん日本語も普通に話すことができた。
日本の中学で初めて仲良くなったのは、キョウコとメイだった。
「アメリカってどんな感じ?」
「英語ペラペラなんだね!」
最初はそんな風に、二人とも帰国子女の私に興味津々だった。
でも、どんどん日が進むにつれて、二人の態度は冷たくなっていった。
そして、修学旅行も無事に終わった秋頃のこと。
「マイってさ、なんか偉そうだよね」
トイレに入っている時聞こえた、それはキョウコの声だった。
「うん。英語の問題でも、私たちが分かんないって言ったら、バカにしてくるし。自分が帰国子女だからって、私たちのこと見下してるんだよ」
一緒になって聞こえてくるのも、やはりメイの声だ。
「そうそう。それに、これ可愛いよねって話振っても、私は嫌いとかっていうし。ちょっとぐらい話合わせなよって思わない?」
「わかる!」
私は耐え切れなくなって、トイレを飛び出した。
「ずっと私のこと、そんな風に思ってたの?」
「マイ!」
二人は一度驚いた顔をしたけど、すぐに顔を見合わせて、無言でトイレを去って行った。
それからの毎日は、ただただ孤独に過ごすしかなかった。
キョウコやメイ以外のクラスの女子も、必要以上に私と話そうとはしなかった。
三年生になって、新しいクラスはメイとは離れ、キョウコと同じになった。
私は多分、無意識のうちに、キョウコのことばかり見ていたんだと思う。
「話しに行かないの?」
突然の背後からの声に驚いて振り返ると、そこには千早つぐみが立っていた。
千早つぐみは、かわいくて、頭が良くて、明るくて、優しくて、いつもクラスの中心にいるような、私とは対照的に友達の多い子だった。
「千早さんには関係ないじゃん」
いつもの悪いクセだった。
大抵のひとが、こういった態度に呆れて私の元を去って行った。
そのことが分かっているのに、クセというのはなかなか直せないもので、私は自分をどんどん嫌いになっていった。
「ねぇ」
垂れ下がっていた左手に、温もりを感じる。
「梶田さん、私と友達になってよ」
彼女の笑顔が、まぶしかった。
「ずっと梶田さんと友達になりたかったんだ」
その手はとても温かかった。
それから私は、自然と千早に引っ張られ、彼女が仲のいいグループに馴染んでいった。
「みんな、デパートの中に新しくできた雑貨屋さん知ってる?」
「あ、知ってる!」
「あそこ可愛いよね!」
「私も前に行ったけど、そんなに好きじゃなかったな」
さっきまでの賑やかな雰囲気は、私の一言で消えてしまった。
「あ、ごめん」
過去の経験から、私はだいぶ臆病になっていた。
でも、そんな私をフォローしてくれるのは、いつだって千早だった。
「イエス、ノーがはっきりしてるのは、外国の特徴だよね。私もこの雑貨屋行ったけど、どっちかっていうと、前からある一階の雑貨屋の方が好きだよ」
千早と目があって、彼女がニッコリと笑う。
「マイは?」
「私も」
千早はいつだって私を優しく助けてくれる。
私は、そんな千早が大好きだった。
だから、千早があんな状態になってしまった時も、自分からできる限り話しかけに行った。
千早が私にしてくれたように。
卒業式の日。
「千早」
「マイ」
「…卒業、寂しいね」
「うん」
「私、千早と別れたくないな」
「…私も」
「千早、中央 受けるんでしょ?」
「うん。マイは、前期で西高受かったんだよね」
「そう、国際科。将来も、英語の使える仕事につきたいから」
「そっか」
この日は風が強くって、朝には満開だった校庭の桜も、式の後にはだいぶ散ってしまっていた。
「もう帰るね。ばいばい、マイ」
一気に涙がこみ上げた。
向けられた背に、私は精一杯に叫んだ。
「千早!中央、受かったら教えてね!」
千早は一度私を振り返って微笑むと、またゆっくりと歩き出した。
「千早、ごめんね…」
千早には届かない、小さな声だった。
県立高校、後期選抜の合格発表の日。
昼食を済ませて自分の部屋に戻ると、私のケータイがチカチカと光っていた。
ケータイを開けてメールを確認すると、由佳利たちの合格を知らせるメールが入っていた。
どうやら、みんな受かったらしい。
そして画面をスクロールさせると、最後に彼女の名前があった。
差出人:千早つぐみ
>中央高校、受かったよ。
私はケータイを握りしめたまま、声を殺してしばらく泣き続けた。
>マイ、ありがとう。