〈4.村雨〉
月曜の夜。
俺は、中学時代の友達に電話をかけていた。
三回ほどのコールで電話がつながる。
z『はい』
『もしもし、俺、諒平だけど』
『ああ、諒平!久しぶりだな!』
『久しぶり。あの、いきなりで悪いんだけどさ、中学の時に塾一緒だった菊池って覚えてる?』
『覚えてるよ』
『お前、あいつの連絡先知らない?』
もちろん、あの事を調べるためだった。
由佳利にもユミにも聞けない。
それなら、それ以外のルートで調べて行くしかなかった。
菊池とは、前に由佳利のアドレス帳で見かけた知り合いのことだ。
中学自体は違ったけど、塾が同じでそれなりに話したりしていたから、割と覚えている。
『知ってるよ。連絡先送ろうか?』
『ああ、ありがとう!』
『おう!』
電話を切って少しすると、すぐに菊池の連絡先が送られてきた。
すぐさまその番号に電話をかける。
しかし、そう何もかもうまく行くはずはなく、菊池は電話に出なかった。
そのため、俺は菊池にメールを入れておいた。
>中学の時、塾で一緒だった堀内諒平です。聞きたいことがあるので、電話できるようになったらメールください。
すると、それからほんの十分ほどでメールが返ってきた。
>堀内 久しぶり!今なら電話できるよ。
俺はもう一度、菊池に電話をかけた。
z『もしもしー?堀内?』
『うん。菊池 久しぶり』
『おー、ほんと久しぶりだな!それで、聞きたいことって?』
一度心臓が大きく波打った。
多分、緊張しているんだと思う。
『あの、さ。お前、千早つぐみって知ってる?』
人の名前を口にするだけで、こんなにも緊張するなんて、なんともおかしな話だ。
『ああ、千早?知ってるよ。中学同じだったし』
『じゃあ…』
ここからが本題だ。
『今、どこの高校行ってるかわかる?』
学校さえ特定できればこっちのものだ。
『あー、高校かぁ。あんま自信ないんだけど、千早なら多分、中央だと思うぜ?あいつ頭良かったから』
曖昧な返答だけど、手がかりには違いない。
『そっか。ありがと』
『いや、いいよ!ていうかさ、なんでいきなり千早?』
その質問にドキリとする。
『お前って北高だったよな?千早と知り合いなの?』
『いや、まだ会ったことはないんだけど、名前だけ…』
『へー!お前千早狙いかよぉ』
『違うって!』
相変わらずテンションの高い奴だと思った。
『本当かよー!』
『ほんとほんと。俺彼女いるし』
『まじで⁉︎そうなんだ!』
どうでもいい、男子高生の会話だった。
ここまでは…。
『そういや北高だったら、榎本とか三浦がいるんじゃない?』
いきなりの名前に驚きと疑問が残る。
『三浦?』
榎本は由佳利のことだから、もちろんわかる。
しかし、三浦は初耳だった。
『知らないの?三浦ユミ』
納得できた。
初めて会った時から、ユミのことは下の名前でしか呼んだことがなかったので、苗字を知らなくても、不思議ではなかった。
『あいつら、確か千早と仲良かったと思うけど』
『そうなんだ』
由佳利たちは"千早つぐみ"と仲が良かった。
初めて知ったことだった。
『あー、でも、最後はあんま仲良くなかったみたいだけど』
少し引っかかる話だった。
『最後?』
『ああ。多分、卒業前の三ヶ月くらい?』
『なんで?』
詳しく聞きたい話だった。
『さぁ?でも、結構 噂にはなってたかな。千早が榎本いじめてるとか、榎本が千早いじめてるとか。まぁ、あいつら学年でも目立ってたから』
いじめという言葉に、背筋がゾッとした。
"千早つぐみ"が由佳利をいじめていた。
由佳利が"千早つぐみ"をいじめていた。
どちらにせよ、それが真実なら、到底信じることなんてできない。
俺の知っている由佳利は、いじめもいじめられもするような人間には、とても思えなかった。
『俺は最後クラス違ったから、本当のことはよくわかんないんだけどな』
俺はこれから、何があっても、ちゃんと"千早つぐみ"について調べていけるんだろうか?
そんな不安に駆られていた。
『そうだ!』
菊池の突然の声に、心臓が飛び跳ねる。
『中学から一緒の、梶田マイって奴がいるんだ!』
『その人が、どうしたの?』
『梶田も千早と仲良かったんだよ。あと、多分、梶田は最後まで千早と仲良かったと思うぞ。卒業式の日に話してるのも見たし』
新たな手がかりだった。
『梶田に連絡とってみる?』
『ああ、頼む』
また連絡する。
そう言って菊池は電話を切っていった。
菊池のおかげで大分と助かった。
俺は菊池の連絡を待った。
新たな手がかりへの期待と不安で、なんだかとても変な気分だった。
突然、ケータイのバイブが鳴った。
z『もしもし!』
菊池からの着信だった。
『もしもし。あのさ…』
予想外の話だった。
『梶田が、お前と直接会って話したいってさ』
『え…?』
突然のことで、声にならない声だった。
『梶田の連絡先は送っとくから、あとはそっちでやってくれ』
苦笑い気味にそう言って、菊池は電話を切った。
最後に"梶田は性格キツイから気をつけろよ!"と、それだけ付け加えて。
俺は仕方なく、その梶田マイにメールを送った。
>はじめまして、堀内諒平といいます。
菊池に性格がキツイと言われたことが頭に残って、同い年と分かっていても、文面が丁寧になってしまう。
返信はすぐに来た。
>梶田マイです。早速だけど、いつなら予定が空いてるか教えてください。
向こうも敬語なのは、きっと俺に合わせてくれているのだろう。
それから俺たちは、何度かメールをやりとりして、水曜にファミレスで待ち合わせをした。
水曜日。
由佳利には"中学の時の友達と会う"と言って、放課後はそそくさと学校を出てきた。
待ち合わせのファミレスに着いて、梶田マイにメールを送る。
>着きました。
返信が来る。
>もう入ってます。西高の制服のままだから、すぐにわかると思います。一応、ドリンクバーの近く。
そのメールを見て、それらしき人を探す。
彼女の言ったとおり、割とすぐに見つけることができた。
テーブルに近づいていくと、彼女の少し釣り気味な目が俺に向いた。
「堀内諒平さん?」
スッと通る声だった。
「あ、はい。初めまして」
軽く会釈して、腰掛ける。
「何か注文します?私、ドリンクバー頼んでるんですけど」
「じゃあ、俺もドリンクバーにします」
店員を呼んでドリンクバーを注文し、コーラをコップに入れて、もう一度席に戻った。
染めているらしい茶色の髪はゆるく巻かれ、目元は綺麗に化粧が施されていた。
制服の着崩し方を見ると、割とギャルに近いのかもしれないと思った。
全体的な見た目も、菊池の言っていた通り、少しキツそうに見えた。
「ていうか…」
まずは梶田マイが口を開いた。
「同い年なんだし、タメでいいよ」
「わ、わかった」
突然で少し緊張する。
「それで、まず私から質問させてほしいんだけど」
いきなりの展開にびっくりした。
さっきも感じたことだけど、なにかと唐突な人だなと思った。
「どうして千早のことが知りたいの?」
俺は答えに戸惑った。
何と説明すればいいのか。
由佳利の名前を出してもいいのか。
そんな事を考えて答えに悩んでいると、しびれを切らしたのか、またも彼女が口を開いた。
「ごめん。ちょっと答えにくかったかもね」
この一言で、彼女の印象が少しだけ変わった。
「じゃあ、質問変えるね」
どうやら、それなりに融通はききそうだ。
「どこで千早のことを知ったの?」
この質問に答えるべく、俺はまたも頭の中に考えを巡らせた。
やはり"千早つぐみ"の話をするには、由佳利の名前は出すしかなさそうだった。
俺は心を決めて話し始める。
「俺、北高なんだけど、実は榎本由佳利と付き合ってるんだ」
「…そうだったんだ」
彼女はとても驚いた顔をしていた。
「それで、千早の名前は由佳利から聞いたの?」
「聞いた、わけじゃない。たまたま知ったんだ」
「…そう」
俺には、彼女が少し残念がっているように見えた。
「それで、由佳利の、千早さんの名前を聞いたときの様子がおかしかったり、その日からもずっと元気がなくて」
「なるほどね。それで気になって調べ出したってわけか…」
彼女は落としていた視線を俺に向けた。
「本当はね、千早にただの興味本位で近づこうとしてる奴なら、すぐに追っ払ってやるつもりだったの」
その言葉に心臓がバクバク鳴った。
なんともおっかない人だ。
「でも、そういうことなら邪魔はしない」
「それじゃあ、由佳利と千早さんのこと、教えてもらえないかな?」
このまま順調に事が進むと思っていた。
でも、それは俺の勘違いだった。
「それは無理」
即答だった。
どうやら彼女は、俺が思っている以上に厄介そうだ。
「え、どうして?」
「だって、私が全部話しちゃったら、何の意味もないじゃない」
彼女の言っている意味が、全く理解できなかった。
「堀内くんは、由佳利が大事なんでしょう?」
「うん」
少しズレた質問に驚く。
「それなら、やっぱり私からは話せない。由佳利のことを助けたいなら、ちゃんと自分で調べて。本当のことは、由佳利か千早から直接聞いて」