〈3.俄雨〉
あれから教室へ戻ると、俺の席で郁哉と直斗が待っていた。
「ユミに会って、聞いてきた…」
俺はそれだけ言うと、イスに座って机に突っ伏した。
「どうだった?」
自分の中でもまだ整理できていないのに、どう説明すればいいんだろう?
俺はとりあえず、ユミの言ったことをそのまま伝える。
「中学の時の、ただのクラスメートだって…」
「それだけ?他に何か言ってなかったの?」
「由佳利が本当に大事なら、もうその名前は忘れろって…」
頭を思いっきり殴られたような衝撃だった。
「なんだよ、それ。意味深すぎるだろ」
郁哉が呆れたように言う。
「様子はどうだったの?」
直斗にそう聞かれ、ユミの顔を思い出していた。
「すごい驚いてたよ、全然余裕なくなってて。あんなの、訳ありですって言ってるようなもんだ」
あの時もそう思っていたのに、最後の一言で何も言えなくなった。
そんな自分が情けない。
「それで?お前はこれからどうすんの?」
「気になるよ。由佳利のことは何でも知りたい」
「うん」
「でも、ユミの言ったことも一理あるのかもって、思って。どうしたらいいのか、分からなくなった…」
頭が真っ白になりそうだ。
おれが、千早つぐみのことを知る、千早つぐみのことを忘れる。
どちらの選択が由佳利にとって幸せなんだろう。
今の俺には、それがわからない。
そこでチャイムが鳴った。
教室中で、ガタガタとイスを引く音が聞こえる。
「直斗?」
郁哉はもともと、俺の前の席だからいい。
でも、直斗はまだ俺の机の隣に立ったままだった。
「もうチャイム鳴ったけど…」
俺がそう言うと、直斗はうんとうなづいた。
「諒平」
「何…?」
「どうしたらいいかは、誰にも分からないんじゃない?」
至極、当たり前のことだった。
けれど、俺はそれをすっかり忘れてしまっていた。
「諒平はどうしたいの?俺は、諒平がいいと思ってやったことなら、いい結果にも、結びついていくと思うけど…」
直斗はそれだけ言い残して、自分の席へと戻って行った。
"諒平はどうしたいの?"
授業中、直斗の言葉がずっと頭についていた。
俺は一体、どうしたいんだろう?
それでも、答えは出なかった。
チャイムが鳴り、休み時間に入る。
すると、由佳利がうちのクラスにやって来た。
「諒平」
「由佳利、どうした?」
全然平気ではなかったけど、無理矢理、平気なフリをした。
「どうしたの?なんか今日、疲れてるみたい」
やっぱり、そんな上っ面だけの装いは、由佳利には通用しない。
「大丈夫。テスト疲れがまだ残ってるだけだから」
「そっか、それなら良かった」
由佳利は笑顔だった。
「今日ね、みんなと遊ぶ約束しちゃったから、一緒に帰れない。ごめんね」
どうやら、由佳利はそれを伝えに来たようだった。
「わかった」
そして由佳利は自分のクラスへと帰って行った。
「なんだ、榎本笑ってたじゃん」
由佳利の姿が見えなくなると、郁哉が俺の方を振り返ってそう言った。
「お前が気にしすぎてただけなんじゃない?」
「違うよ」
即答だった。
「全然、笑ってなかった」
そう、由佳利は全然笑ってなかった。
笑っていたけど、笑っていなかった。
これも、俺だからわかる違いなのかもしれない。
あの笑顔は、作られた偽物だった。
その時、俺は決心した。
"千早つぐみ"について調べることを…。
俄雨…突然に降ってきて,すぐに止んでしまう雨