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Re:サイクル  作者: yuu
〈2.地雨〉
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〈1.氷雨〉

日々、生きていく中で、人と人との衝突は避けられません。

ほんの些細な感情が、大きな亀裂を生んでしまう。

人間関係はいとも容易く壊れてしまう。

しかし、人が生んだ亀裂や、壊れてしまった人間関係を治すのも、また人間なのだと思います。

この日も、俺はいつもと変わらない日常を過ごすのだと、これからも、それが当たり前なのだと、そう思っていた…。





授業終了のチャイムが鳴ると、途端に教室中がざわめきだす。

勉強からの解放感。

伸びをしたくなるのも、もっともだ。



しかし、そんな空気の中で、俺はせっせと荷物をカバンに詰め込んでいた。

なぜかって、そんなの決まっている。

今日の放課後に、期待で胸を膨らませていたからだ。

「諒平、もう帰んの?」

そんな俺に声をかける男が一人。

俺の前の席に座る、咲嶋郁哉だった。

「まぁな」

「ああ、今日もデートか」

郁哉はいつも飄々としていて、つかみどころがない。

今だって、本当なら嬉しさで緩んでしまいそうな口元を抑え、わざと余裕ぶって見せた俺を、全く意に介さない返答だった。

けど、郁哉はとても信頼のおけるいい友達だ。

「そ、そうだけど」

一度うろたえた心を立て直し、少し口を尖らせてそう答えてみる。

たったこれだけのやり取りを振り返っても、郁哉と俺のどちらの方が大人かだなんて、誰でもわかる話だろう。

郁哉はそんな俺を見て小さく笑った。

時折、郁哉のクールさが羨ましい。

「呼び止めて悪かった。むこう、もうお前のこと待ってんじゃない?」

その言葉にハッとする。

そうだ、俺は一体、何のために急いで帰る用意をしてたんだよ。

「そうだった!じゃあな、郁哉」

そうして郁哉に送り出され、俺は二つ隣の教室へと向かった。



このクラスも、まだ生徒が半数ほど残っていてざわついている。

俺は入り口に立って、その中から彼女を探した。

まぁ、探すと言っても大したことはない。

なにせ、彼女はいつだって多くの友達に囲まれて、楽しそうに笑っているのだから。

つまり、教室の中で一番大きな集団を探せば、たいてい彼女もそこにいるのだ。

俺は集団の一歩手前ほどまで足を進めて、彼女を呼んだ。

「由佳利」

肩の下まで伸びた黒髪が、さらさらと揺れる。

「諒平!」

さっきまでとは違う、俺に向けられた、特別な笑顔だった。

「ごめん、遅くなった」

そう言った俺に、いくつもの視線が集まっていた。

その内の一人が口を開く。

「いいなぁ、由佳利。今日もまた彼氏のお迎えかー」

いつも通りの会話だった。

「ほんと、羨ましいよね」

「私も早く彼氏ほしい!」

そう口々に話すのは、由佳利と仲の良いユミ、アヤコ、アカネ、ミホの女子四人組だ。

「大丈夫だよ、みんなも絶対いい人見つかるから」

そう言ってフォローする由佳利に、そうそうと相槌を打ったのはミホだった。

マイは確か、他校に中学からの彼氏がいるんだとか。

「そうかなぁ?」

あとの三人は、二人のフォローで少し立ち直った模様。

「そうだよね、前向きにいかないとね!」

そんな女子高生のやり取りが終わり、俺たちは教室を後にした。



「いつもごめんね」

由佳利が申し訳なさそうな顔をしていた。

「いや、いいよ。高校生なんてあんなもんだろ。それに、羨ましがられるのも案外悪くないしな」

俺は由佳利に笑いかけた。

「そうだね」

由佳利もそれに笑顔で返してくれた。



俺の彼女、榎本由佳利は素晴らしい。

綺麗に整った顔に、白い肌、健康的で細い体、さらさらの黒髪。

おまけに頭もそこそこ良く、人当たりの良さから友達も多い。

俺の自慢の彼女だ。

もっと言ってしまえば、こんな完全無欠の彼女が、俺と付き合ってること自体不思議に思える。

そして、自分でそんなことを思いながら、俺は時折一人で落ち込む。

なんて情けないんだろう。

でも、由佳利はこんな俺のことが好きだと言ってくれた。

もちろん俺も由佳利が大好きだ。

とても大切に思っている。

なくてはならない存在なんだ。



それでは、話を日常に戻そうか。

俺たちは玄関で靴を履き替え、外に出たところでもう一度落ちあった。

俺が自然と差し出した手に、由佳利も自分の手を合わせて、俺たちは駅の方面へと歩き出す。

「放課後が楽しみすぎて、今日のホームルーム、全然話が耳に入ってこなかった」

そう話す彼女は本当に楽しそうに笑っている。

もちろん俺も、そんな彼女を見ているのが楽しくて、いつの間にか自然と笑顔になっていた。

今日の俺たちの目的地は、昨日オープンした駅前のカフェだ。

どうも、開店前からいくつかの雑誌に取り上げられていたらしく、由佳利とずっと行く約束をしていた。

由佳利はスイーツが大好きだし、俺も甘いものは好きだから、食べ物の好みが似ている。

だから、ケーキが美味しいと聞いて、俺もそのカフェのことは気になっていたんだ。

本当は、開店日の昨日に行きたかった。

でも、昨日は一学期の期末テスト真っ只中で、お互いカフェでゆったりしている暇などなかった。(特に俺が…)

しかし、その期末テストも今日で終わり、ようやくお目当てのカフェに行くことができる。

俺たちは久々に他愛もない会話をして、カフェにあっという間に到着した。



ドアを開けると、カランコロンとかわいらしい鈴の音が鳴った。

「いらっしゃいませ!」

鈴の音を聞いた店員が清々しい笑顔で出てくる。

「お二人様でしょうか?」

「はい」

「わかりました。すぐにご案内いたします」

それを聞いて、俺と由佳利は同時にホッと息を吐いた。

お互いそれに驚いて目を見合わせ、小さく笑う。

「こちらのお席にどうぞ」

店員に案内されたのは、窓際の一番奥の席。

お互い向き合う形でイスに座った。

「ご注文がお決まりになりましたら、お声かけください」

店員はにこやかに一例すると、また店の奥へと入って行った。

由佳利がメニューで口元を覆って、クスクスと笑う。

俺も目立たないように小さく笑っていた。

「びっくりしちゃった」

「うん、俺も」

「お店に入った時にね、席が空いてるか探して見たんだけど見当たらなくて、入れないかと思ってたの」

「うん」

「でも、店員さんがすぐに案内するって言ったから、安心しちゃって」

「俺もだよ。全く同んなじことしてた」

「本当?」

「うん」

「おもしろいね。長く一緒にいると仕草が似てくるっていうけど、これもそうなのかな?もしそうだとしたら、ちょっと嬉しい」

「俺も」

俺たちはもう一度笑いあった。

それからランチのセットメニューを頼んで、存分に頬張った。

「このドリア美味いよ!食べる?」

「うん、ちょうだい。私のパスタと交換ね」

最後に出てきたデザートも少しずつ交換して、俺たちは昼を済ませ、店を出た。



「小物もオシャレで、ご飯も美味しかったし、すごくいいお店だったね!」

「うん、ケーキも美味かった」

「また来よう?」

「そうだな」

「やった!」

由佳利は俺といると、いつもよりも少し子供っぽくなる。

いつもは本当にしっかりしていて、だれからも頼りにされているような由佳利がだ。

これも、彼氏の特権なんだろう。

こういう時、嬉しさで口元が緩んでしまう。

「どうしたの?」

ニヤニヤしているのが由佳利にばれた。

彼女が俺の顔を覗き込む。

「なーんでもないよ」

「気になる!」

「ほら、あそこのベンチ座ろ」

俺のカバンをグイグイ引っ張る彼女の頭を、ポンポンと軽く叩いて、はぐらかす。

ベンチに腰掛けた俺たちは、それからしばらく話をして、食後の休憩をとった。



それまでどんな話をしていたっけ?

あの一瞬で、俺はそこまでの会話をいとも容易く忘れてしまった。

些細だけど、俺にとってそれは、それだけ大きな事だったんだ。



どういう話の流れだったかで、なぜか俺たちは由佳利のケータイでアドレス帳を眺めていた。

「由佳利も五十音順にしてるんだ」

「うん。グループ分けにしちゃうと、どうしても学校のグループばっかり多くなるから」

「確かにそうだよなー。これは?足立祥子」

「それは、中学の時の友達」

「じゃあこれも?小川徹」

「うん。それも」

「あ、菊池、俺こいつ知ってる!」

「そうなの?」

「塾が一緒だったんだ」

「へー!」

そんな風にして、俺たちはどんどん画面をスクロールさせた。

由佳利の昔の話も聞けたし、俺と由佳利との思わぬつながりも知ることができたから、こんな他愛もない話でも、十分に楽しかった。

「これはユミだな。あ、これも知らない…」

でも、この名前が、由佳利の表情に影を落とした。

「千早つぐみ」

さっきまでのように、すぐに返事が返ってこなくなり、俺は不思議に思って、うつむく彼女を覗き込む。

そして、驚いた。

某然としているような、今にも泣き出しそうな、今にも怒り出しそうな、いや、違うか?

言葉なんかじゃ到底言い表せない、今までに見たことのない由佳利がそこにいた。

それはきっと、とてつもなく激しい動揺だったのだと思う。

由佳利は、俺には理解できない感情を必死に堪えているようだった。

こんな時、俺は一体どうしたらいいんだろう。

手探りの言動だった。

「由佳利、体調悪くなった?」

今の俺には、このくらいしか頭に浮かんでこなかった。

名前を呼ばれたからだろう、由佳利はハッとして俺を見た。

いつも通りに色白というわけではない、真っ青な顔だった。

「…やっぱり、体調悪そうだ。今日はもう帰ろう」

「……うん」

それは、やっとの思いで絞り出された声だった。

「送ってく」

俺はそっと由佳利の手を引いた。

由佳利の腕が、いつもよりも細く感じられた。



だんだんと雲が増えてきていた。

雨が降り出しそうだった。





氷雨(ひさめ)…夏の初めに降るひょうのこと。

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