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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狂愛もの

日々の惰性を捨てようか

作者: AIR

二ヶ月ぶりくらいの投稿がこんな話……。

おそくなりましたが、あけましておめでとうございます。






 久々に時間が空いたという、今では多忙を極める友人を誘って飲みに出掛けた。

 とは言っても酒を飲むのは私だけで、妊娠している彼女はジュースに控える。

 旧知の間柄だった友人とは、ここ最近会っていないにも関わらず話が弾み、つい、嫌味な上司の愚痴にまで発展してしまった。

 普段なら誰かの陰口を叩くことなど滅多にないのだが、友人とのやり取りに回顧の念を催したのか、今日はあれこれとよく舌が回る。


 友人との別れ際、もうすぐ結婚を控える彼女に、私は笑って祝言を述べた。

 彼女も気恥ずかしそうに「ありがとう」と言った。

 その帰りの出来事だ。


 あの男に出会ったのは……。


 いくら酒を煽ってもほろ酔い程度にしかならなかった私は、タクシー代が勿体ないので夜風に当たるついで、歩いて帰路に就くことにした。

 ひんやりとした夜独特の空気が鼻腔をくすぐり、火照った肌にちょうど良い。

 なんとなしに思い立って、いつもは通らないような回り道を今日は少しばかりしてみることにした。


 子供の頃によく遊んだ公園に差し掛かると、何故だかそこは遊具がブルーシートに覆われ、敷地中に立ち入れないようにテープが張られていた。

 不思議に思ったが、そういえばいつだったか、昨今公園の遊具が続々と撤去されてるってニュースで流れてたな。

 子供が怪我して危ないから……だっけ?

 今の世の中も随分と過保護になったものだ。


 そうか。

 この公園もなのか。

 私はシートに包まれたそれらを見て、なんとも言えない気持ちになった。


 見納めにしみじみ眺めていると、ふと、本当にふと、公園の奥からこちらを覗く双眸に気がつく。

 闇に同化したようにピクリとも動かないそれは、私と同じ人間なのだろうが、どこか人間離れしているように思えた。

 気配がないから?

 無機質の塊のようだ……。


 こちらを警戒しているのか、その人はうずくまったまま、視線だけを逸らすことなく向けてくる。

 私は両手を軽く上げ、敵意の無いことを伝えながら、ゆっくりと近づいた。

 目はじぃっと私を追ってくるが、それだけだった。


 座ったままの人物は、私と同年代くらいの男で、夜の公園など似合わない洗練された空気を纏い、高尚な印象を与えるような顔立ちをしている。

 しかし瞳の奥底には野生じみた獰猛さが光り、鍛え上げられたその体格からも、舐めてかかれない雰囲気が滲み出ていた。



「……こんばんは」



 挨拶の返事は返ってこなかった。



「この公園、もう、遊具がなくなってしまうんですね。なんだか寂しいですよね。私たちの幼少期にあったものが無くなってゆくのって、なんだかこう、時代の変化を感じちゃって」



 おばさん臭い言葉になってしまったが、私はまだ華の二十代だ。

 学生時代から精神年齢が年増だと言われ続けたが、それでも23歳だ。

 ちょっとした世間話を切り出したつもりなのに、自虐ネタになってしまったような気がしないこともない。


 男は沈黙を保ったまま、けれど話を聞いてくれていたのか、警戒がいくらか和らいだように感じる。

 だから続けてみた。



「今の世の中って、窮屈だと思いません?緻密なルールに雁字搦めに縛られて、ちょっとやそっとのことですぐに批判的になる。どれだけ理想を求めてるんだって感じで。なんだか頭でっかちな人ばかりじゃないですか」



 おおよそ初対面の人に話す内容ではないけど、この時の私にはちょっとばかし厭世観が生じていて、そんなことを口走ってしまったのだと思う。

 素面に近いとは言えやっぱり酔っていたわけで、理性がうまく働いていなかったと言開きするしかあるまい。



「自分の人生うまくいかないと、世の中つまらなくなりますよねー」



 男が数回瞬きしたのをきっかけに、私は自分で何言ってんだ、と改めて冷静になり、同時に居心地も少々悪くなってしまったので、尻尾を巻いて帰ることにした。

 踵を返す直前、口直しにと買った飴を男に詫び代わりに献上しておいた。

 こんなものですまん。


 私が一方的に絡んで喋って立ち去り、その間男は一言も発しなかったわけだが、未来の私はこの時の自分を呵責するだろう。

 ちょっとあんた、何やってんの!と。

 完全な自業自得だけど、あの男と関わり合いを持つべきではなかったのだ。


 あの男から微かに香ったにおいの正体にも、いち早く気づいておくべきだった。




 数日後、仕事で疲れた私は寄り道もせず一直線にマンションへ帰ると、自分の部屋の前に誰かがいることに気がついた。

 いつか公園で会った、あの男だ。


 何故ここに、しかも私の部屋の前にいるのかと怪訝に思っていれば、男は私を見つけるなり朗らかに微笑んだ。

 ん?なんか雰囲気変わった?

 前はもっとこう、近づく者は敵!って感じの鋭さがあったような……。

 あれ?

 私が混乱しているうちに、男は饒舌に今自分がここにいる経緯を説明してくれた。


 男の名は「リン」と言って、飴を貰えたことが大層嬉しかったようで、どうしてもそのお礼がしたいとのこと。

 鶴の恩返しか。

 いやいや、飴だけでそんな大袈裟な。


 てか、なんで私の家を知ってるの?と質問してみたが、華麗にスルーされた。

 なんか怖い。

 どこから漏れた?私の個人情報よ。


 流石に見知らぬ男を一人暮らしの部屋に招き入れるわけにもいかず、どうしたものかと逡巡する。

 ―――のも束の間、リンが「部屋、お邪魔してもいい?」と笑顔で掲げたゴディバの紙袋に、私は一も二もなく頷いていた。

 うん、だって、あのゴディバだよ。

 たかだか数円の飴が一粒数百円のチョコに変わったのだ、儲けものではないか。

 致し方ない。


 折角だからまあ茶でも出そうとキッチンに立つ私だったが、如何せん我が家に来客など久しぶりすぎて、茶の在り処が分からない。

 あたふたと右往左往していれば、見兼ねたのかリンが手伝ってくれた。

 というより、茶葉が見つかってからはむしろ私が邪魔だった。

 リンは手際良く茶を煎れてくれ、家庭的なことにいっさいがっさい無知な私は「へえ、すごい」と感心しながら逆にもてなされてしまう。

 女としても立つ瀬がないわ……。


 それから二人でチョコを堪能したが、これがまた絶品だった。

 リンの煎れてくれたお茶も安物なのに苦くなくて最高だったし、案外楽しいひと時を過ごせた気がする。


 そしてその翌日から、リンは頻繁に私の家にやって来るようになった。

 リンには思うところがあったが、必ず手土産を持参してくるのでつい部屋に上げてしまって、しばらくすれば、自由に出入りできるよう合鍵も渡してしまった。

 リンとは決して男女の仲になるようなことはなかったから、私としてはルームメイト(というよりハウスキーパーさん)感覚だったのだ。

 そう、少しだけ特殊な。


 恒常的な日々が変わったのは、出会って二ヶ月ほど経った頃からか。

 リンは“それ”を隠すこともしなくなり、むしろ気づいてほしいと言わんばかりに言外に訴えてくるようになった。

 指摘すれば面倒事しか転がってこないのだろうと、私はあえて触れないが。


 そんな膠着状態のまっただ中。

 元カレから久しぶりに会えないかという旨のメールが届き、なら今夜、と急遽会うことになった。

 もはや半分同棲に近い生活をしていたリンに今夜は遅くなることを伝えれば、リンもニコニコと頷いてくれる。

 その笑顔に、どことなく違和感を覚えたが、さして気に留めなかった。


 夜の繁華街の一郭、賑わいを見せる居酒屋で元カレと落ち合う。

 元カレと会うのに洒落た店など余計な事しか舞い込んでこないように思い、がやがやうるさく人で溢れる場所そこを選んだ。

 彼は私を見て感慨深そうに目尻を下げたが、私はと言えば自覚はしている、きっと、随分と冷めた面持ちだっただろう。


 酒を飲む前に聞いた。

「私と二人きりで会って大丈夫なの?」と。


 彼は、罰が悪そうに頭を掻いて、「……ああ、まあ」と煮え切らない回答を口にした。



「久しぶりだな、未希みき


「名前で呼ばないで。私たち、もうそういう関係じゃないでしょ」


「……ごめん。いや、本当。何を今更って感じだよな。でも俺、未希に誤解だけはしてほしくなくて……」



 名前で呼ぶなと言ったのに、こいつには学習能力というものがないのか。

 そっとため息をつく。



「誤解って?もう過去のことでしょ。半年も前のこと、何を蒸し返そうっての」


「違うんだ、そうじゃなくて……」


「あんたは浮気して、あげくその子孕ませて、責任を取るために結婚した。だから私と別れた。それが全てじゃない。他に何があるわけ?」


「……」



 本当は知ってる。

 彼とは中学の頃からの付き合いだから、私一筋だった彼が自ら他の女と寝たんじゃないってことくらい。


 浮気の真相は簡単なものだ。

 酒に弱い彼を泥酔させて、彼に想いを寄せるある女が誘い、一夜の過ちだったならそれで片付くものの、なんとお腹に子供ができた。

 その既成事実を盾に、彼に結婚を迫って、私たちは破綻した。

 それだけのことだ。


 当時の私は当然傷付き、事のあらましを知って相手の女に怒りの激情も湧いた。

 しかし半年も経てば自然と傷も癒え、あの頃がおかしかったくらいになんともなくなった。

 それをこの男は、いつまでも女々しいことありゃしない。



「ごめん、俺、誘われた時のこと、まったく覚えてないんだ……。今でも後悔してる。なんであの時酒なんて呑んじまったんだろう、って」


「後悔したって時間が巻戻るわけじゃないじゃん」


「悪かった……。なあ未希、俺まだお前のこと好きなんだよ。彼女と一緒にいても、いつも頭には未希のことばかりで、諦められないんだ」



 知るか、って感じだよねもう。


 冷たいと思う?

 でもね、事実は彼の思う以上に複雑なんだよ。

 何故なら相手の女は私の友人……リンに会った夜、共に飲みに出掛けた彼女であるからだ。


 彼女は彼が私の彼氏だったことを知らないし、彼もまた、彼女が私の友人であることを知らない。

 結局私は、友情と恋愛の板挟みにあって、どちらも責めきれずに考えることを放棄した。

 つまり逃げ出したのだ。


 なのに今更まだお前が好きだなんて、はっきり言って迷惑でしかない。

 あんたが甘いから、付け入る隙なんて見せるから、こんなことになったんじゃないの。

 責任なんて取らず、知らんぷりを突き通せば良かったものを。

 ……まあ、そんな甘ちゃんだから、私も彼が好きだったのだろう。


 もう、過去でしかないけど。



「あのさ、好きだなんて言われても迷惑なんだけど。あんた覚悟あるの?ねえ。奥さんとお腹の子供捨てて私のところに来る覚悟、ある?……ないでしょ。中途半端なことしないで。

 それに赤ちゃん産まれたらきっと変わるよ。子供が可愛くて仕方なくなるから。もうこの話はやめにしよう。これから先、二人きりで会うことも。なんのために私、あんたたちの披露宴に出席しなかったと思ってんのよ」



 波風立てないために決まってるでしょう。


 自分で言っておきながら反吐が出そうだ。

 中途半端なのは一体誰のことか。

 ああ、だから嫌なんだよ。

 このうまくいかない世の中はさ。



「未希……」



 彼がまだ何か言いたそうにしていたが、視線で殺した。

 代わりに、私は話題を捻出する。



「あんたの奥さん、先日通り魔に襲われたんだって?今も入院中なんでしょ。奥さんがそんな目に遭ってるのに、あんたは他の女と逢引って、なかなか酷いと思わない?」


「なんで知って……」


「看護師に知り合いがいるの」



 まあ、嘘だけど。

 直接本人から電話があったね。

「街で通り魔に襲われた~!」って。

 元気そうなお声で何よりだったわ。

 見舞いに数回足を運んでるけど、この男と鉢合わせにならないよう時間を調節しているし、彼からしてみれば奥さんと無関係な私が事情を知っていること、さぞ不思議だっただろう。



「奥さんのためにも、今日は早めにお開きにしよう。あんたの奢りでいいわよね?」



 有無を言わさぬ威圧感を放てば、彼も弱々しく首を縦に振った。




「……送ってく。家の場所、変わってないよな?」


「いらない。人に見られでもしたら元も子もないわ」


「でも危ないだろ……。近頃この界隈で通り魔殺人が多発してるってニュースやってたし」


「だから大丈夫だってば」



 店を出た後、そんな感じの攻防を人目のつかない路地裏でやっていた私たち。

 これ以上は収拾がつかなくなりそうだからさっさと帰ってしまいたいんだけど、そしたら絶対こいつはついてくるよな、と本日何度目かのため息を吐きたくなった。



「ああもう分かった、タクシー拾ってかえ……」


「ミキ」



 出費がかさむが仕方ない。

 そう思って口に出せば、私の言葉は最後まで紡がれることはなく、第三者の声によって遮られた。



「―――リン」



 なんで、ここにいるの?


 明かりの少ない路地裏、声を掛けられるまでリンがいたことにまったく気が付かなかった。

 隣の彼が、知り合いか?なんて顔をしてくるけど、……待って。

 リンの様子が、いつもと違う。


 悪い予感がした。

 とっても悪い予感。


 ギラリと鋭く刺さる眼差しは、獲物を見つけた肉食獣のようで。

 少なくとも、私がいる時にこんな表情を見せることはなかったのに。


 リン、まさか。

 あんたは、最後のしがらみさえ解いてしまおうというのか。


 リンが一歩一歩こちらに進んでくるその都度、暗がりに隠されていた彼の全貌が明らかになってくる。



「ひぃ……っ!」



 隣で情けない声が上がった。


 無理もない。

 リンの服装は黒だから目立たないものの、露出した手足、それに顔には真っ赤な鮮血・・がかかっている。

 どうやったらそんな血の量を浴びるんだ?ってくらい、酷いもんだ。


 極めつけは、手に持っている同じく血濡れたバタフライナイフ。

 その格好はもう、先程人を殺してきました、って証言しているようなもの。


 覚悟はしていたはずなんだけどな。

 いざ実際の場面に出くわすと、こうも足が竦んでしまうのか。



「リン……」



 震えているのか、絞りだした声は思いの外か細かった。



「ミキ、迎えに来たよ。あんまり遅いから、暇つぶしに遊んできちゃった」



 何をして遊んだのか、想像するだけで吐き気を催す。

 元カレは何がなんだか、状況についていけないのか、恐怖で声が出せないのか、茫然自失していた。


 リンはそんな彼を一瞥すると、忌々しそうに片眉を上げる。

 バタフライナイフの刀身ブレードをくるくると出し入れする、所謂開閉アクションと俗に呼ばれる行為を易々と片手で弄りながら、何の躊躇いもなく、一気に元カレに向かって投げた。



「ぐっ!」



 うめき声が聞こえ、私が振り向いたときには、彼の肩にナイフが突き刺さっていた。



「リン!」


「ミキ、危ないよ。最初はね、両肩。次に腕と足、最後に頭か心の臓かな?お腹の中ぐちゃぐちゃにするのもいいね」



 いいわけあるか。



「リン、やめて」


「なんで?こいつ、ミキのこと傷付けたんでしょ。報いを受けるのは然るべきことだよ」


「私は望んでない」


「庇うの?俺、許せないよ」



 話したこともないのに、どうして私たちの事情を知っているのかとか、野暮なことはこの際聞かない。

 ただね、後生だから、私の前で物騒な発言と行動は控えて。


 ―――折角、今まで気づかないフリをしてきたのに……。



「リン、私を見て。私だけを見て」



 彼が望む言葉を、私は口にする羽目になってしまった。


 リンは待ってましたとばかりに破顔一笑する。

 痛みに顔を歪める元カレの存在を視界から追い出して、私だけを瞳に映した後、血にまみれたその手で私の手を取った。

 ドロリとした、なんとも形容しづらい感触が肌に吸い付いた。



「うん。ようやく手に入れた。ミキ、ずっと知らん顔するんだもの。酷いよ」



 そりゃ当たり前だろう。

 ここのところ、私の家に来るときは必ずと言っていいほど血のにおいを纏ってきて、初めて会った時と同じだったから、深い言及は絶対にしてはいけないと自分を戒めていた。

 したら最後、私の日常は跡形もなく崩れるのだと、第六感が警鐘を鳴らしていたから。


 知ろうとしなければ無関係でいられる。

 被害に遭った人たちには弔意を表するけど、だからと言って私が無闇に口出しするわけにもいかない。

 リンが逆上して襲ってくる可能性もあったし、まあ万が一だろうが……。

 私だって人間だ、自分の命が何よりも大切なのだ。

 利己的で何が悪い。保身、バンザイ。

 もういっそ開き直ってやる。


 リンはニコニコ笑って、内心どうにでもなれ、と涙目である私の手の先にそっと口付けた。

 えらくキザなやつだ。


 しかも次の瞬間、表通りにキキィ!と派手なブレーキ音を轟かせて、黒のワンボックスカーが止まった。

 それを見たリンは、私を抱えてそちらに向かう。

 あーあ、全身血だらけになってしまうじゃないか……。



「未希っ!!」



 元カレが負傷した肩を庇いながら私の名を叫んだ。


 ……そうだね。

 お別れしなきゃね。



「バイバイ―――柊真しゅうま



 多分もう、ここには帰ってこれないから。


 元カレは最後、どんな表情かおをしていただろうか。

 後に思い出そうとしてみても、まったく記憶に刷り込まれていなかったため無理だった。


 中に押し込められたのと同時に、車が発進する。

 荒々しい運転だった。

 ハンドルを握っているのは、リンよりも歳上の、40前後の厳つい男で、助手席にも同じような男がいた。

 リンの仲間らしい。



「リン、さっさと着替えろ。おら、嬢ちゃんも。ウェットティッシュで血ぃ拭って、香水もふんだんにつけとけ」



 仲間ということは、この人らも犯罪者か……。

 うん、見た目通りの認識でOKだな。


 助手席の男に着替えの服を渡されるも、え?まさかここで着替えろって?

 私は恥じらいを忘れない慎ましやかな女の子だぞ。



「早くしろ。空港に着くまで時間がない」



 ……渋ると面倒臭そうなので、大人しく汚れた上着だけ着替えることにした。

 下は……ええ。

 羞恥心を捨てて普通に着替えた。

 リンが凝視していたから、一発殴っといてやったけど。


 それにしても空港ってことは海外に逃亡?

 私もだよね?

 ええー、マンションの契約とかどうなるの……。

 マジ勘弁。


 やっぱりあの時、公園で、リンなんかに話し掛けるんじゃなかった。


 リンの正体はあれだ、神出鬼没の連続殺人鬼。

 屠った人の数は両手で足りず。

 リンが公園にいたのも、人を殺して仲間が迎えに来るまでの間、そこに身を潜めていたそうな。

 薄々そうなんじゃないかって勘付いてたけど、改めて仲間の人たちからリンの伝説を聞くと、戦々恐々とする。

 しかも彼、あれで齢30は越えてるんだって。

 下手すれば未成年にも見えるし、アンチエイジング医療もびっくりの抗老ぶりだよね。


 不本意だがリンに気に入られてしまった私は、国を出た後も、ずっとリンとその仲間たちと共にいることとなった。



「ミキ、言ったでしょ。世の中つまらないって。だから、楽しいことを見つけに行けばいい、俺の傍でね」



 私は、リンの“特別”らしい。

 周囲の人たちが言うには、リンが人間に優しいなどまず有り得ないことで、ましてや笑い掛けるなど、天地開闢以来の大椿事だと。

 ふぅん、だなんてそれを軽くあしらう私にも驚かれた。

 なんで。



「ねえリン。最後、彼を見逃したのはどうして?」



 仲間の人たちにそれとなく祖国のことを聞けば、リンはなんと私の身の回りの人たちを虐殺していたとか。

 道理で会社では上司が連日欠勤、私の同僚や先輩方にもちょくちょく休みが見られていたのか。

 単なる流行り風邪だと思ってた私は妙に納得した。


 これは仲間の人たちの考察だが、リンは私の近くに自分が認めた人間以外がいることを良しとしないんだろう、と。

 なるほど得心が行ったが、では何故、最後の最後、私の元カレを生かしたのか疑念が浮かんだ。

 確かに私が暗に殺さないでと言ったが、リンならそれでもってしまうはずだ。

 国を出てから半年以上行動を共にして、リンの性格もだいたい分かってきた私が断言する、間違いない。



「どうして、かあ。うん、殺しちゃうのも良かったんだけど、あいつには特に苦しんで死んでほしかったから、生かすことにした」


「生きることで苦しむの?」


「そう。あいつの伴侶の腹には、もう新しい命は宿らない。頑張ったんだよ?母体は生かしたまま、なかの子だけを潰すの」


「まさか赤ちゃんを……殺したの?」



 嘘でしょ?

 見舞いに行った時、友人は普段と何一つ変わらなかった。

 流産させたなんて聞いてないし、思いもしなかった。

 あれは空元気だったというのか……。



「可哀想だよね。夫婦の柔軟剤になるはずだったものがなくなって、今後の可能性も見込めない。女は一縷の望み、唯一円満な家庭を築けたかもしれないかすがいを失って、男は愛してもいない女とのつがいを演じなければならない。かと言って、見捨てることもできないんだから、あーあドロ沼だ。

 でも、ミキは嬉しいよね?」



 悪気なんてこれっぽっちも感じていない無邪気な笑顔。

 ……やめよう、リンはこういうやつだ。

 割りと始めからそうだった。


 だがいくらなんでも嬉しくはないよ。

 この世に芽吹いてもいない命が摘まれてしまったことに、喜べるわけない。

 そう、喜べはしないが、別段悲しくもなかった。

 何も感じないと答えたら、リンはなんて言うだろう。

 そっか、と笑われそうな気がする。


 私もおかしいかな?

 うん、おかしい。


 一緒だね、リンがそう言って私にキスをした。




 日本での私は、凶悪犯に攫われたお姫様扱いらしい。

 他でもない元カレが誘拐されたのだと警察に証言したようで、完全なる被害者になっていた。

 私たちの足取りは一向に掴めていないそうだけど……。

 その分だと国を出たことも分かってないのかな?

 被害者にせよリンの仲間扱いにせよ、私は当分、リンの傍から離れられることはないのかもしれない。


 本当、世の中、うまくいかないことばっか。



 てゆーか元カレさん。

 私を最後に目撃したと警察に証言しちゃったら、二人きりで会っていたこと、奥さんにバレちゃうんじゃ?

 うわ、ますますドロ沼……。




 -END-



読了ありがとうございますm(_ _)m

厭世観にまみれたどうしようもなくドロドロ?な話が書きたかった結果、こうなりました。

終盤投げやり。

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